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大変お待たせしました。申し訳ございません。

メイクが終わり、カバンのなかに貴重品と携帯を入れリビングに戻ると、澪はテレビの前のソファーに家主のように堂々と座り、朝の天気予報を見ていた。新見さんは雑誌の続きを読んでいるようで、テーブルから離れていない。


「お待たせしました」


テーブルに目をやると、朝食のお皿が綺麗に片付けられていた。澪が片付けたのだろうか?


「もう出る?」


澪がテレビから視線をこちらに投げながら聞いてきたので、その視線のバトンを受け取り、新見さんへ回した。


「ああ」


新見さんもしっかりバトンを受け取ってくれたらしく、雑誌をたたみ立ち上がった。

そんな仕草だけで、私の胸は高鳴ったのだから、自分はもうどうしようもないな、と呆れた。


「サトがデートかー。あたしも永谷くん誘ってみようかなー」

「なっ!」


またしても投じられた爆弾発言に目を見開いて驚いていると、私の言葉を奪うように「なんだ、工藤。フリーなのか?」と新見さんが珍しく驚いた声を出した。


「ええ。私のような美人がフリーなんですよ。これが」

「絞殺されたいのか?」

「新見さんってホント、やな奴ですね」

「それはこっちのセリフだ」


一緒に仕事をした仲だからだろうか、澪と新見さんの親密度に胸がざわついた。痛みというよりも、砂のような重たくざらついた物が体内に蓄積されていくようだった。


「サト、早く行こう?」


澪は新見さんを、視界に入りない様に器用にこちらに歩み寄り、私の肩を触った。


「あ、うん…」

「…車を前まで回してくる」


そう言うと新見さんは先に出て行った。


「…ホントになんであんな奴と結婚したのやら。もし虐められたら今度からはすぐに、報告してね?」


両手で私の両肩を触ると、顔を覗き込む様にして言い放った。

私は頷くことしかできず、下を向いてこの嫌な感情から逃げ出したい、と思っていた。



ロビーを出るとすでに新見さんが車を回してくれていたので、スムーズに乗車することができた。

澪と二人で後部座席に座ろうとしたが新見さんが「君は助手席に」と待ったをかけられ、素直に助手席に座った。確かに、澪を降ろした後、後部座席に座っているのはバランスが悪いだろう、と勝手に結論付けながら。


「工藤の家はどの辺りなんだ?」

「新松中です。駅近なんで、駅のロータリーで大丈夫です」


そう言うと、無言で車を発進させた。


「一声かけてくれることがマナーでは?」


澪の抗議もむなしく、沈黙で返された。その様子にむっとしながらも声を荒らげるような行動には移らず、「何か音楽かけない?」と言った。


「サトは普段、どんな音楽聴くの?」


運転席の後ろに座る澪は、助手席と運転席の間から顔をのぞかせ、聞いてきた。


「普段…。音楽には疎いほうだかなぁ。どちらかと言えば、洋楽のほうが多いかな?」

「クラシック?」

「まさか」


どんなイメージを抱いているか考えたくないが、クラシックは聴かない。こんなこと言っては、いけないのだろうけど昔からクラシックを聞くと眠たくなってしまうたちなのだ。


「そう? なんかサトに似合うと思ったんだけど。CDがないならラジオでもいいよ?」


CDがあるのかはわからないが、じっと黙って聞いていた新見さんが無言でラジオの電源を入れた。そこからは懐かしい洋楽がちょうど流れてきたので、口元が緩んだ。


「これ、なんて曲だっけ?」

「Oh, Pretty Womanだよ。映画の主題歌になったよね」

「あー、リチャードギアの? あれは男前だったね。シャンパンに苺!」


澪は興奮するあまり、前の座席である運転席の背もたれをバシバシと叩いた。その行動にギョッとし、新見さんを覗くと、しっかりと眉間にしわを刻み、不満を露わにしてからラジオの電源を切った。


「えー。今からサビだったのにー」


その大胆な行動に私は驚きを通り越して嫉妬しそうで慌てて窓の外に視線をそらした。

嫉妬しそうで? …白々しい。もうとっくに嫉妬心が燃えているというのに。



澪はラジオを消されたことに文句を言い放つと満足したようで、今日一日どう過ごすかということに心を躍らしていた。その様子に苦笑しつつも相槌をうち、話に加わっているとあっという間に最寄り駅に到着した。そこで澪を降ろすと、車内は静けさと気まずさが漂った。私は特有の逃げグセから視線を窓の外へと向け、この現実から逃避することにした。が、すぐに新見さんの手によって現実に戻された。


「母から聞いたとおり、明日のパーティーに参加してもらう」

「はぁ、」

「工藤など、友人を誘っても良いことになっているが、呼んだところで君はかまっていられないと思うので、誘わないことを勧める」

そう言われ、私が新見さんの勧めを蹴るはずもなく、すぐに頷いた。


「…何か欲しい物は?」


全く話の流れとは逸れた投げかけに、私は思わず新見さんをまじまじと見つめた。

新見さんが運転中で、こちらを見ないということがわかっていたということもあるが、じっくり眺められる機会に、存分に浸った。


「どうした?」


信号が赤になったのか、車は無音で止まり、眺めていた私と視線が合った。

新見さんの瞳は漆黒で美しく、眺めれば眺めるほど輝きを増すように見え、吸い込まれそうになった。近づいていってしまいそうな身体を理性で抑える。


何か話さなければ。

視線を外さなければ。


そういった考えが頭をよぎったが、行動に移すことはできない。

固まって眺めていると、新見さんの顔が徐々に近づいてきた。


いや、私が近づいているのか?

もう、なにがなんだかわからない!


パニックに陥る寸前のところで、後ろからクラクションを鳴らされ、驚きビクッと身体が反応し、前を見ると信号がいつのまにか青へと切り替わっていた。


未だに発進しようとしない新見さんに、不思議に思いつつ「…信号…」と囁くと、盛大にため息を吐き捨ててからまた無言で発進した。


一体、なにが、どうなったの?


わからないが、新見さんをもう一度見る勇気もなく、フロントガラスに映る風景をぼんやりと眺めていた。



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