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昨日の分の仕事が残っているので、朝は早くに出社した。

フロアには朝井さんだけが出社していたので、気まずさのあまり引き返してしまいそうになる足を無理矢理踏ん張り、深呼吸をする。


「おはようございます」

「あ、おはよう。…昨日はよく眠れた?」


肩を竦めて、わざと明るい雰囲気で話しかけていることがわかり、少しだけ気持ちが楽になった。


「…はい」

「理由は多分本人の口から話すと思うから言わないけど、里中さんにはちゃんと拒否権があるんだからね? あんなわけのわからないことに巻き込まれる必要なんてないんだから!」


口調が段々、嫌悪感を含み始め、最後の方では少し声み荒げたので昨日の朝井さんの違和感を思い出す。


「…朝井さんは」


そう言うと、続きの言葉を紡ぐ前に後ろから大きな声で「おはようございまーす」と社員の男の子が出社してきたので、会話は途切れてしまった。


朝井さんは、このわけのわからない話に反対なんですね、と言う言葉を無理矢理飲み込んだのは、結果としてよかったのかもしれない。




それから昨日の仕事に取り掛かり、有耶無耶な現状にパニックを起こす余裕もなく、昼休みに突入した。


「里中さん。ちょっといいかな?」


この既視感は心臓に悪い、と悪態をつける暇もなく、既に私の背後に回り込んでいた朝井さんは私の肩に手を置きながら「会議室に」と、笑顔を浮かべながら言った。


昨夜同様、無言で後ろをついていくと、会議室には既に新見さんがスタンバイしていた。


「遅い」


開口一番の悪態に、目を瞠ると隣に立つ朝井さんは舌打ちを会議室いっぱいに響かせた。


「退社まで待てそうにないみたいだからお昼休みに呼びつけたんだ。ごめんね?」

「いえ、私としてもそわそわして仕事に集中できていなかったので…」

「ほら、連れてきたんだからお前話せよ。俺はまだ仕事があるから戻る」


そう言い捨てると、振り返ることなく会議室を後にした。


少し気まずい空気が流れ、どうしたもんかとうねると「座りなさい」という声が響いた。おとなしく新見さんと向かい合うように座るとタイミングを見計らったように話し始めた。


「とりあえず、ここに署名して」


そう言ってスーツの胸ポケットから取り出した紙を広げると、そこには【婚姻届】と書かれてあった。既に新見さんは記入していたようで、片側が埋められていた。


「判子がないので、持って帰ってもいいですか?」

「構わない。…それで、なにが聞きたい?」


サインさえしてくれれば、後は興味がないといったあからさまな態度に思わず苦笑してしまった。


「えっと、そうですね…。結婚報告は会社にしなくてもいいんですよね?」

「…なぜ?」


器用に片方の眉にだけ、釣り上げさせた。


「えっと、期間が決められてましたよね…? だったら、報告しないほうが、お互い良いのではないかと思ったので…」

「なるほど。それはどちらでも。君に任せる」


その言葉の裏側に「言ってもいいが、面倒を起こすなよ」という意味合いがあるように聞こえた。


「結婚式など、そう言ったことも無くていいですか?」

「…そんなことより、他に聞くことがあるだろ」


新見さんは呆れるように、ため息をこぼしながら言った。


「た、たとえば…?」

「こんなわけのわからん話を持ちかけてきた理由だとか、なぜ自分がだとか」

「はぁ。教えてください」

「俺の噂は知っているか?」


そういわれ、一瞬脳が機能停止したようで、固まってしまったがすぐに動き始めた。


「すみません、噂には疎い方なので…」

「同性愛者だと、社内で噂になっている。もちろん、そんな性癖は無いし、事実無根だが、このままでは少し厄介な事になりつつあったので、今回このような提案を君に申し出ている」

「提案、ですか」

「ああ。それに…。君が選ばれた理由に突出するものはない」

「……はぁ。そう、ですか」


どっちにしても答えになっていないのではないか。そう思ったが、そもそも理由なんてどうだってよかった。


「私は、どうしたらいいですか?」

「特になにも。上には俺から報告しておく。上の誤解さえ解ければその辺の社員の噂など、どうでもいい。君は特に何もしなくていい。会社を辞めても辞めなくてもそれもどちらでも。辞めたとしても給料と同じだけの金は払おう」

「…えっと、それはつまり。そのお金で別々の家で過ごすと言う意味ですか?」

「どう変換したらその答えにたどり着くのかは理解できないが、全く違う。昨夜も言ったように、結婚に承諾してもらった以上、生活は共に過ごしてもらう。こちらの親への報告も参加して貰う。ついでに今後の生活基盤だが、君は今どのあたりに住んでいるんだ?」

「来宮駅周辺です」

「申し訳ないが、俺のマンションに移って貰う。マンションは解約してくれ」

「え? 解約、ですか?」

「ああ。何か問題でも?」


そういうと少し面倒そうに顔を歪めたので、一瞬ひるんでしまったが、いつあのマンションに戻るかもわからない曖昧な現状と、あの可愛らしいマンションを手放すことは抵抗があり、恐る恐る口を開く。


「いえ…。ただ、今のマンションの外観が可愛くて気に入っていたので…」

「それなら今のところまだ解約はいいだろう。他に質問は?」


あっさりと引き下がってくれ、私の意見も耳を傾けてくれる姿勢に、もう頭はピンク色に染まりそうだったが、この脳が使い物にならなくなっては台無しだと思い、必死に酸素を送り込み脳を働かせた。


「…いつから引越しですか?」

「今週の金曜日までに。解約する必要がない今、明日からでも少しずつ荷物をこちらに移動してきたらいい。家具などの必要なものはこちらで揃える。他には?」

「先ほど仰っていた、ご両親の報告って」

「それは、今週の土曜日か日曜日に。堅苦しく考えなくて構わない。他には?」


流れて行く会話にふと、本当に私はこの人と結婚するのだろうか、という疑問が浮かぶ。


「…いえ、特には」

「だったら、今日の終了時、社の前で待っていてくれ。荷物を運ぶのを手伝おう」

「え?! いえ、大丈夫です!」

「君は俺の家を知らないだろ。NO残業DAYの日でよかったな。手間が省ける」


そう言うと新見さんは席を立ったので、私も慌てて席を立った。


「では、夜に」


そう言うと、朝井さん同様、一度も振り返ることなく会議室を後にした。



すみません。

読み直さずに投稿していますので、誤字脱字があるとおもいます。

報告していただけると助かります。


2011.0608.誤字訂正。

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