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遅くなりました。すみません。

鏡に映る自分の情けない表情と対面すると、泣き叫びたくなった。


何が。


何が気に食わないのだろう。私という、存在そのものに嫌悪感があるように思えてならない。

そこまで考え、鏡から視線を外し、溜息を吐き出した。

…そんなこと今更では無いか。


行き場をなくした想いを流すように、手を洗ってトイレから出た。





「君は、何をしているんだ」


トイレのドアに向かい合うようにして立っていたのか、目の前に急に現れた彼に驚き、無様に目を見開く。


「に、新見さん?」


間の抜けた声色に自分でも嫌になったが、それ以上に彼の顔が歪んだので、息を呑んだ。


「…君は、」


呆れたような声に、ついに見捨てられるのではないか。そう思うと、形振り構わず縋り付いてしまいそうになる。

どうしたらいいのかわからない。目の前にあるあの逞しい腕にしがみつけばいいのか? それとも泣き叫べばいいのか?

頭の中でぐるぐると流れる思考がどれも的外れに思え、振り払うように頭を軽く振ると、視界の端で澪の姿が見えた。


「サトに新見さん?」


この場に似つかわしくない澪の透き通った声が響いた。


「み、澪」


状況についてこれないのは、トイレを出た瞬間からだ。もう私の脳は機能することすら放棄していた。


「どうしたの? サトと新見さんの組み合わせなんて意外。もしかして、新見さん口説いてんですかー?」


ニヤニヤとした表情でこちらに近づいてくると、終いには新見さんの腕を突ついた。なんてツワモノなの。


「…工藤。お前酔ってるのか?」 

「まさか。親友の貞操の危機を救いに来たんですよ。天の使いですよー」


澪の呆れた対応に目も向けず、彼は私の方へ意味ありげに視線を向けた。


「…君は、言ってないのか?」


その言葉の指す終着点がわからず、あたふたと視線を彷徨わすと、彼は興味がなくなったのか澪に向き直った。


「工藤、この後の予定は?」

「何ですか? 私、新見さんタイプじゃないですよ」

「…この子を送って貰いたいんだが」

「サトを? サト、そんなに体調悪いの? ごめんね。気づかなくて」

「なっ! だ、大丈夫です! わ、私まだ」

「いいから。工藤もそのままウチで休むといい。俺はまだ仕事があるから」


そう言うと座席へ戻ろうとしたので、思わず腕を掴んだ。彼は掴んでいる手を振りほどく仕草もせずに、すぐに振り返り私をただ見つめ返した。その眼は、なんだ、と語っていた。


「あ、あの。澪を家に、ですか?」

「そう言ってる」

「私、一人で帰れますし、その…。言っていいんですか?」

「…好きにしろ」


そう言うと、もう話すことがないと判断されたのか、一度も振り返ることなく、座敷へと戻って行った。


「…サト、なんなの? さっきの態度といい、意味わかんないんですけど」


当然の抗議に両手を挙げて降参したくなった。なんだったら、白旗さえ振ってやりたいほどに。


「…詳しく話すから、とりあえず澪の荷物を…」

「あー、それなら一応、トイレに立つ時持ってきといたから平気。このまま退席していいってことだよね?」

「…多分。挨拶できないのがちょっと不安だけど、このまま帰らして貰おう」


どうせ、宴会はぐちゃぐちゃになっていて話なんてまともに聞いていないのだし。

そう、自分を慰めつつ、静かに店を後にした。



外気は少し冷んやりしていて、沸騰しきった脳みそにはちょうどよかった。


「さっきの話だけど、もしかして、聞いてはいけないものを聞いてしまった感じ?」


澪には珍しく、恐る恐る聞く仕草がなんだか可愛らしくて、緊張していた糸がパツンと一つ切れた想いだった。


「ううん。大丈夫」


微笑んでみせると、その真意を探ろうと真剣な瞳でじっとこちらの表情をみつめた。


「…そう。それならいいんだけど」

「澪こそ、今から大丈夫?」

「あ、それは全然問題ない。一人暮らしだし、明日特に予定もないし。サトも一人暮らしなんでしょ? 確か、私の二つ先の駅だよね?」


そう聞かれ、思わず苦笑した。


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