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5W1H  作者: ハムスター
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05.形なき共有

 顔面すれすれに迫る刃。

「だから、話してね?全部」

 不釣合いな御社の笑顔。

 だから。

 だからこいつの真意はわからない。

「……何でそんなにこだわるんだ?」

「え?」

 御社の笑顔が崩れた。

 動揺が表情から見て取れる。

 御社は俺に、『命が惜しいなら事件の犯人を教えろ』と言っているのだ。

 なぜ?

「なぜそこまで、犯人にこだわる?」

「それは……」

「だいたい、あの時何があったかなんて誰も知りはしないじゃないか」

 俺は、何があったかなんて知らないし、利子ちゃんが落ちたことも後から聞いて知ったくらいだ。

 『君は知ってるんだろ?』と御社は言ったが、俺は何も知らない。

「それにお前にとってだって、俺は不確定要素の一つだ。俺の発言に信憑性なんかないんだぞ?」

「……そんなことはどうでもいいんだ。情報は僕が取捨選択すればいいだけの話だよ」

「なるほど」

「だから君は知っていることを話してくれればいい。僕も出来ることなら人を殺めたくない」

 そもそも包丁を首や左胸に向けない時点で殺意は薄そうなのだが、まぁいい。

 もういいだろう。

 もう、今までのようなつかず離れずの距離感を保つ必要はもうない。

「結論から言うと、俺は何も知らない」

「嘘をつけ!!君は分かっているんだろう?あの時何があったか、誰がやったのか!!」

「まぁ待て。ツッコミは話を最後まで聞いてからにしろよ」

「……」

「俺は知っていることなんてこれっぽっちもない。本当だ。何も見てないからな」

「それは、そうだけど……」

「ただ、『憶測』なら一つある。あくまで憶測の域を出ないし、立証も出来ないけどな」

「本当かい!?誰なんだ、犯人は?佐倉か?佐倉綾か?」

 御社は、包丁を投げ捨てて掴みかかってきた。

 やめろ、フローリングに傷がいったらどうする。

「いや、落ち着けよ。色々とヤバいぞ、今のお前」

「落ち着ける訳ないじゃないか!!だって僕は……」

「僕は?」

「……いや、ごめん。なんでもない。取り乱した」

 御社は俯いた。やはり、この事件に関して、只ならぬ事情を抱えているのかもしれない。

 あえて追及はしないが。

「憶測が正しいとするなら、今回の事件に関してお前が言うところの『犯人』はちょっと厄介なのだ」

「なんで?」

「言うなれば、たくさんいるんだよ、犯人が」

「たくさん?どういうことだい?」

「利子ちゃんを殺そうとした特定の人間による仕業ではない、ということだな。つか、うまく説明できない」

「全く意味が分からないよ?」

 まぁそうだろうな。

「まだお前を完全に信用しているわけではないから、全ては話せない。だが、50%は信用している」

「微妙な数字だね」

「これでも精一杯の譲歩だろ」

 あくまで、御社の無実は俺の憶測が正しかったらの話なのだから。

 あと、一応殺されかけたしね、さっき。

「御社、50%信頼の証を見せよう」

「証?」

「憶測の信用度を上げるための重要な調べ物をする。だから御社、お前もそれに付き合え」

 そう言うと、俺は手を差し出した。

 御社はまたいつもの無表情に戻り、俺の目を見つめながら手を握った。

 腹を探り合う物同士の握手。

 ただし、以前の握手とは少し違う、ほんの少しだけ前向きな握手だった。


* * *


「おはよう、敬司」

「ああ、うん」

「なんだよ、『ああ、うん』って。せっかくの朝の挨拶なのにひどいじゃないか」

「おはよう?」

「なんで疑問形にするんだい?」

「知らん」

 俺が御社に殺されかけた(?)翌日、二人は珍しく一緒にマンションを出ようとしていた。

 まぁ、待ち合わせをしたからなのだが。(同じ高校なのに、なぜか朝こいつと朝一緒だったことが無い)

 くだらない会話をしていると、階段からおりてきた綾ちゃんがロビーに入ってきた。

「おはよう綾ちゃん」

「あ、おはようございます。赤月さん、御社さん」

「こら敬司。僕とこの子の扱いの差はなんだい」

「朝からうるさいよお前」

 俺と御社との無駄口の叩き合いに、綾ちゃんは若干引き気味だった。

「そういえば、手袋見つかったよ。箪笥に普通に入ってた。よかったよかった」

「ははは、それはよかったですね」

「しばらくは手袋が役立ちそうだなぁ」

「まぁ、もうすぐ4月も中旬ですし、だんだん暖かくなるんじゃないですか?」

「いや、ここらは場所的にも寒いし。俺は寒がりだし」

「ははは、そうですか。大変ですね」

 軽く会話をしたのち、綾ちゃんはいつも通り俺とは反対側へと歩いていった。


* * *


 登校中。

「シカトなんてひどいよ。僕泣きそう」

「お前が泣いたりしたら、普段のお前しか知らないクラスの連中は驚愕しそうだな」

「僕は真面目に悲しんでるんだよ」

「無口無表情キャラで通してるクセに、今頃シカト云々でごちゃごちゃ言うなよ」

「はぁ……もういいよ。敬司はそうやっていっつも意地悪なんだもん」

 やはり、俺とこいつが会話するとろくなことにならない。

 軽口と悪ノリの連鎖ばかりで話が進まないのだ。

「ところで敬司、重要な調べ物っていうのは何なんだい?」

「そのうちにわかるさ」

「うーん……」

 釈然としない様子だったが、しぶしぶ納得してくれたようだ。

「それと、朝の待ち合わせを『7時33分きっかりにロビーに来い』なんて言ってきたのはなんでだったの?」

「それは、その時間きっかりであることが重要だからだ。特に今日」

「なんで7時33分なの?」

「毎朝、およそ7時33分に綾ちゃんがロビーに入ってくるからだ。1、2分の誤差はあれどほぼ33分にね」

「へぇ……そうなんだ。ずいぶん規則正しい人なんだね、その子」

「どうやら、登校前に7時15分から7時半までの占い番組を見るのが日課らしい」

「僕は占い番組を見るくらいなら寝るけどなぁ」

「同感だ。朝早く起きる奴の気は知れんな」

 特に、朝が寒い時期というのは布団から出られない。綾ちゃんはどうなんだろう。

「でも、なんでわざわざ時間を合わせたんだい?学校も反対方向だし、特に意味はないじゃないか」

「否。ある」

 御社は首をかしげた。

「どんな?」

「目の保養だ。綾ちゃんはかわい……うお!?」

 突如、胸倉を掴まれた。

「ねぇ、敬司。あの女とどういう関係なの?教えて?」

 目の前にはまた、不気味なまでの御社の笑顔があった。流れるような黒髪からは、いつものように柚子の香りがする。

 その光景は、昨日のものと酷似しており、また背筋がぞくりとした。

「おい、どうしたんだ。というか手、離せ」

「じゃあ話して?怒らないから。……話せ。さもなくば……」

「なるほど。『離す』と『話す』をかけてるのか。あんまり上手くないな」

 胸倉を掴んでいた手が離れたと思った瞬間、首を掴まれた。

「……ねぇ。何なの?あの女」

「佐倉綾、中学2年生。俺たちが住むマンションの住人」

「それだけ?」

「いや、他に何があるんだよ」

 どうやら、昨日と今日のこいつの豹変ぶりには、綾ちゃんが関わっていそうだ。

 首から手が離される。

「……まぁ、それならいいけど。ごめんね、苦しかった?」

「俺は65%くらい大丈夫だ」

「うん、それ結構危険だよね」

「まぁ案ずるなかれ。お前こそ大丈夫なのか?」

「僕を心配してくれてるの?」

「というか、突然豹変するから精神科医を紹介しようかなと」

「……いや。何でもないよ。ごめん」

 うーむ。やっぱりこいつはようわからん。

「話を戻そうか。ま、目の保養というのは冗談だが、綾ちゃんと登校時間を合わせる意味はあった」

 あれ、なんか御社がすごい嬉しそうだ。さっきまでとは打って変わって、自然な笑顔を見せている。

 理解不能だが、楽しそうなのでよしとしよう。

「これから、俺は調べ物の一環として綾ちゃんに話を聞きに行くことになる。ただ、不自然な形にしたくない」

「どういうこと?」

「正直、これだけが警察にはない俺たちのアドバンテージだ。俺たちは、綾ちゃんと純粋な知り合いとして話ができる」

「それは確かにそうだね」

「だから、彼女の何気ない発言から情報を得ることができる。ただし、一度警戒されてしまったらそれまでだ」

「なるほど」

 そう。『調べ物』はその点、なかなかに厄介だ。

「だから、直接事件に関する質問は極力避ける。話を聞きに行く時も、できるだけ鉢合わせを装う」

「それで今朝、わざわざ7時33分なんかに指定したんだね」

「しかも、あえて俺とお前が同時に登校するところを見せておけば、この先二人で話を聞きに行くことになっても警戒されづらい」

「でも、容疑者のうち残り二人だと多少警戒されるのは仕方ないと思うけど」

「まぁな。ただ、布石はあって損はないだろ」

「……まだ『調べ物』が何かは教えてくれないの?」

「それは、まだもう少し我慢してくれ」

「言うと思った。……わかったよ。『憶測』とやらが立証されたら、僕は信用してもらえるんでしょ?」

 御社はそう言って、心なしか寂しげに笑った。

「……そうだな」

 言ってから自分で不思議になった。

 なぜ今、俺は嘘をついたんだろう?

 この『憶測』が立証される手立てなどないのに。

「さ、急ごうぜ。遅刻する」

 考えるのをやめたくなった俺は、とりあえず走ることにした。

「え、まだ全然余裕あるよ……って、待ってよ!!どうしたの?」

 慌ててついてくる御社。

 ま、考えごとはまた後にしよう。

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