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5W1H  作者: ハムスター
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03.意味のない会話

 翌朝、俺はマンションを出たところで、俺と同じく学校へ行くのであろう人物に遭遇した。

「あ、綾ちゃん。おはよう」

「あ……どうも」

 今回の事件の通報者にして容疑者の一人、利子ちゃんの同級生にして友人の佐倉綾ちゃんである。

 綾ちゃんは住む部屋の階が三つ違ったので、同じ階に住んでいた利子ちゃん程に親密だったわけではないが、

 一応顔見知り程度の関係はある。

「なんか、登校も寂しくなっちゃったね」

「そうですね……」

 しみじみと言った感じでため息混じりに返答する綾ちゃんの顔を窺いつつ、少し不躾だったかと反省。

「まぁ、利子ちゃんは幸いにも一命をとりとめたみたいだし、回復するまでの辛抱だよね」

 フォローのつもりではなかったが、何となくフォローっぽくなってしまった。

 イメージダウンに繋がりやしないだろうかと何となく気にかける。言葉選びは大事だなぁと一人で納得した。

「そう、ですね……」

 ふむふむ。

「それじゃあ、俺はこっちだから。じゃあね、綾ちゃん」


* * *


「御社が一昨日、夜に屋上に行ったのはなぜだ?」

「それはもちろん、自動販売機を使うためだよ。なぜかあのマンションは、自販機が屋上にしかない」

 教室の左端の列に位置する俺の席の目の前に立った御社は、やれやれといった感じで言った。

 情報交換とかこつけて御社に質問をするわけだが、このような行動理由などは、御社が答えてもあまり参考にはならない。

 嘘である可能性が否めないからだ。

 だが、情報量の多さはディスアドバンテージにはならないというポジティブシンキングに従い、まずは聞いてみる。

 情報は取捨選択が可能という言葉で色々と合理化することが今は許されると、勝手に信じ込んでいる。

「お前、部屋どこだっけ」

「2階の202だ。赤月は確か、4階の405だったね」

 2階か。同じマンションという認識だけで、どこに住んでるのかなんて考えたことすらなかった。

 ……ふむ。2階ねぇ。なるほど。

「しかしお前はよく俺の部屋番号を知ってたな」

「博識でしょ」

「グーグル先生が何でも教えてくれる時代となっては陰の薄い存在だよな」

「結構色々な人に失礼だから、撤回のお勧めだけはしておくよ」

「案ずるなかれ。教養がある人なら、若者の世迷い言ひとつ、眼中に入るには値しないって」

 くだらない出任せの言い合いは一旦休題。

「好きな飲み物とかはあるか?」

 聞くと、御社は小首を傾げた。

「それは、本題のほうと関係あるのかい?」

「いや、個人的興味が沸いたから聞いてみただけ」

 そのセリフに、なぜか御社はクスリと嬉しそうに笑うと、答えた。

「フルーツ牛乳」

「む!!ブルータス、お前もか!!」

 フルーツ牛乳の価値を解する人間が身近にいた。

「嬉しい奇遇だ。俺もフルーツ牛乳信者だからな」

「ほう。それは僕にとっても嬉しい奇遇だよ」

「そっかそっか、じゃあ今日の放課後あたりにでもフルーツ牛乳について鉄板で語り合うとしようか」

「……はは。しかし、コンビニにも置いて欲しいもんだよね、フルーツ牛乳」

「全くだな」

 話しながら思った。

 御社も普通に会話できるんだな。

 なんだかいつも暗い雰囲気で、無表情で、クラスでは孤立していた奴だが、意外と人間的な面もある。

 意外や意外。男口調は変わらないけど。

「……っと。HRが始まるな」

 教室には、担任教師が入ってきていた。

「じゃあ、また後ほど」

 そう言って、御社は自分の席へと踵を返した。

 背を向けた瞬間に、御社の流れるような黒髪がなびいて、仄かに柚子のような香りが漂った。

 人は見かけによらないとは、よく言ったものだ。


* * *


 今回の事件のことは、学校でもかなり話題になっていた。

 別にこの学校の生徒がどうにかなった訳でもないのに(俺らは容疑者になったが)、なぜそうすぐに話題になるかな。

 休み時間には、同じクラスの生徒にたびたび話しかけられた。

「中学生が飛び降りたんだって?」

「警察に何か聞かれた?」

 正直、相手をするのは気が進まなかったが、口コミも重要な情報源である。

 適当に返事をしつつ、必要とあらばさりげなく情報を引き出した。

 結果としてわかったのは、誰もが皆まだこの事件を自殺未遂と認識していること。

 どうやら、警察はまだ情報を漏らしていないらしい。

 まぁ、当事者の俺さえ、目撃した御社からの情報がなければ自殺未遂だと思っていたはずだし、当たり前といえば当たり前だが。

 しかし、言うまでもなく御社以外のソースでこの情報の裏づけを取れないと、ちょいと面倒なことになるんだよな。


「俺は、フルーツ牛乳はやっぱり瓶の方がいいと思うんだが」

「それは僕も同感だよ。屋上の自販機はなぜか紙パックなんだよね」

 帰り道、俺は御社と帰路を共にしていた。

 考えてみれば、住んでいるマンションは同じなのに、登下校は一度も一緒になったことがなかった。

「しかし、屋上まで買いに行くのは面倒だけど、屋上からの風景を見渡しながら飲むのもまた乙だよねぇ」

「ほぅ、なかなかマロンを解する人間だなお前」

 ……なんだか随分、くだらない話題でばかり盛り上がっている感じがするのは否めないが。

 ごく普通に会話をしていても、内心ではまだ御社への疑心は濃い。

 できることなら、もっとましな知り合い方をしたかった、と何となく思ってしまう。


* * *


 部屋に戻るやいなや、布団に倒れこんでみた。精神の疲労を行動に表してみたつもりだ、一応。


 時遡る事10分。

 マンションに帰った俺たちは、ロビーに入るや否やポリ公に遭遇した。

 そして、昨日と同じような内容の質問を受け、同じような答えを返した。

 ただ、質問から開放されたあと、何となく聞いてみた。

 『佐倉さんにも同じような質問をしたんですか?』と。

 するとポリ公は眉をピクリとさせて、「思い当たる節がありますよ~」という意思表示に勤めてくれた。

 これ幸いと御社から聞いたことを話す形でポリ公に確認をとった。表情の変化によって「That is true.」と意思表示してくれた

 ポリ公の気遣いに山よりも低く海よりも浅く感謝。

 新たなるソースの出現により、御社の話は事実レベルでの確証がとれたことになる。まずは、一安心。

 ちなみに、ポリ公からは口止めされた。

 はなから口外する気などないのだが、お小遣いをせびらなかったことは小さな後悔だ。嘘100%濃縮還元中。


 そんなわけで布団に倒れこんではみたが、制服のまま倒れてると布団が汚れるな。

 せめて着替えようかな……とか考えてもみるが、一度横になるとどうも起きるのが面倒くさい。


 というわけで起き上がるのをあきらめ、頭の中で昨日の出来事について考え始めることにした。

 御社に話を聞いたときから思っていたが、今回の件は、結構不自然な点がひとつある。

 これは当日のタイムテーブルを書き出してみるとよくわかることだ。


 PM10:00頃 俺が自販機を利用しに屋上へ。

 PM10:05頃 利子ちゃん(おそらく自販機利用のため)屋上へ。部屋に戻る俺と遭遇。

 PM10:30頃 御社、自販機を利用しに屋上へ。利子ちゃんが地上にいるのを確認。

 PM10:35頃 佐倉綾ちゃん(これまた恐らく自販機利用のため)屋上へ。


 その日は気温が低く風も吹いていたから、人はあまり外へ出たくはなかっただろう。

 それなのに午後10時台……夜遅くと言って遜色ない時間帯に、わずか30分で4人もの人間が自販機を利用しに屋上へと向かう。

 しかも、このマンションはエレベーターが5階までしかなく、屋上へ行くには階段をのぼる必要がある。

 自販機は特別安いわけでもなく、隣にあるコンビニの方が明らかに有用だ。

 「そういうこともあるだろ」と言われればそれまでなのだが、これはちょっと偶然で片付けるのも勿体無い。

 誰かの意思が介入している可能性は高いのだから、頭の隅に置いておく価値は充分にあると言っていいだろう。

 そして、自分の無実を証明できる証拠を持たない容疑者候補の学生×3。

 しかも、これはよく調べたわけではないから分からないが、その3人はおよそ被害者……利子ちゃんに殺意を向ける理由がない。

 「……なんだかなぁ」

 まったく、奇妙なことばっかりだ。

 とりあえず、考えることとか現実とか色々放棄して夢の淵へと一人旅することにした。

 ……結局、着替えてない。睡魔に勝るものはないよね。

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