02.上辺だけの結託
「きみ、間山利子を殺そうとしただろ」
俺にぶつけられたのは、突拍子もない発言。
そして、日常生活にはあまり縁のないワード。
それを意味もなく頭の中で噛み砕く。がつがつ。そして残骸を転がす。ごろごろ。うーむ。
そして、灰色の脳細胞が導き出した結論。
「……いや、あいにく何の話か意味不明だ」
俺は、教室から離れることで、その会話を強制的に断ち切った。
むー。
俺、なんか悪い事したっけ?
* * *
学校の自動販売機は1階にある。
だが、よくよく考えればどの教室も2階より上にあるのだから、自動販売機は2階に置いて欲しいものだ。
俺達高1の教室は2階にあるからまだしも、3階や4階に教室があったら、自動販売機まで行く気にもならないだろう。
そうやってパシリを助長するような環境を作るから、イジメがなくならないのだ。そのへん、大人はどう考えているのだろう。
……などといわれもない説教に仕立て上げた愚痴を心の中でこぼしつつ、自販機に100円玉を入れてみた。
あいにく、学校の自動販売機にフルーツ牛乳はない。なんたることだ。
そして、どれにしよう。考えてなかった。
モニターに写る100という数字が期待のこもった熱い目線でこちらを見つめてきて困った。
「どれにしようかな、天の神様の言うとおり……」
などと古典的なネタを使ってみたり。
でも大抵、これをやった時に限って、指は絶対に買いたくない飲み物で止まるんだよね。
俺の指は……
「ぬ」
青汁で止まっていた。
俺の好み云々はいいとして、学校の自動販売機で青汁を売って売れるのか?
……考えていると、俺の後ろからにゅっと手が伸びてきて、青汁のボタンを押した。
「男たるもの、迷ってはいかんよ」
イニシャルM.Mの某女史が出現した。
「おい御社。俺は甘党だ。何が悲しくてこんないかにもモヤッとしそうな液体を口にせねばならんのだ」
「見た目よりはスッキリするよ、多分」
「頭は糖分を糧に働くんだよ。糖分のない飲み物など総じてみんな『モヤッと』だ」
くっ、手元に緑色のトゲトゲボールがあったらこいつにぶつけられるのに。
言い知れぬ後悔に襲われつつも、手元の青汁に視線を移す。
「赤月は差し迫って頭を働かせなければならない理由でもあるのかい?」
未確認生命物体M(以下Mと表記)は、ニヤニヤしながらそんなことをのたまった。
「まぁ、学生だしな」
「学生だから勉強するってかい?きみみたいな奴を、常識に踊らされる人形と言うんだよ」
Mよ、それはお前の成績で言っていい台詞じゃない。
せめて、学年で上半分に入ってから言ってくれ。
「常識が凡庸という考え方には賛同しかねるな。常識とは思った以上に価値あるものだと何となく思うが」
「情熱で青汁がぬるくなっても弊社は一切の責任を負いかねるよ」
「案ずるには及ばない。これはお前への餞別だ。というか、甘党の俺にはハードルが高い。マジで」
「涙をも忘れるほどの感謝を感じつつも謹んで遠慮させて頂くよ。生憎、近い間に旅の予定はないからね」
「間山利子が飛び降りた後の屋上の様子を見るに、どうも自発的な飛び降りではなさそうなんだ」
聞いてもいないのに始められた御社の説明に、ひとまずは耳を傾けることにする。
「自分から飛び降りをするといったら、理由はまず間違いなく自殺だ。でも、自殺にしては現場がちょっと変だったんだよ」
「遺書がなかったとか?」
「それもある。あと、彼女が履いていたと思われる靴が地上に散らばっていたんだ。自殺する人は普通、靴をそろえてから飛び降りるだろう?」
「お前もなかなかに常識に踊らされてるな」
「何だかんだ言って、主張はあっても権力がないのが若者という生き物なんじゃないのかい」
「あと金もない。ここ重要」
「今のご時世、大人こそ金に困ってると思うけど」
「さぁ、それはどうだか」
「話を戻そう。決定的なのは、屋上に落ちていた上着の胸の部分が破れていたことだ。これはおそらく彼女……間山利子のものなんだけどね」
む……何となく分かってきた。
「要するに、屋上で何者かと揉み合いになった挙句、利子ちゃんは落とされたと……こう言いたいわけか」
「まぁ、そうだね」
「しかしよく知ってるな。俺のところには今朝警察が来たけど、『捜査上の秘密』ばっかりで全く情報なんてくれなかった」
御社は、しばし下を向いた後、顔を上げて言った。
「間山利子が地上に落ちているのを最初に発見したのは僕だから」
……なるほど。
「そして、後から知った事だが、僕が屋上に向かう30分ほど前に、きみも屋上に行っている。
きみはそこで彼女を屋上から落としたんだ」
淡々と話す御社は無表情であり、何を考えているのかはうかがい知れない。
だが、話はだいたい読めてきた。
今の話が全て本当だとするなら、
「お前、容疑者筆頭候補ってことか」
「……話が早くて助かるよ」
御社は、肩をすくめながら言った。
なるほど。これじゃあポリ公は事件の内容を話せないわけだよ。
結果的に御社からあっさり聞けちゃったけどさ。
「……ん~」
なんだか非常に困ったことになってきた。
どうやら俺はこの件に関して無関与ではいられない立場に立たされたらしい。
「ついでに言っておくと、第一発見者は僕だけど、通報したのは僕じゃない」
「ゑ?」
思わず旧字体にしてしまった。
どういうことだ?
「佐倉綾、知っているかな?」
「一応」
佐倉綾。利子ちゃんの同級生だった中学生だ。
二人は仲が良いのか、一緒に登校する様子をよく見かけていた。
俺も何度か会話をしたことはあったな。
「僕が地上に落ちている被害者を発見したまさに直後に、佐倉綾が屋上に入ってきたんだ。
僕はその時携帯電話を部屋に忘れてたから、佐倉綾が通報したんだ」
……?
それはおかしい。
「……とまぁ、事件の概要は以上だよ」
「ぬ」
ということは、容疑者候補は3人。俺と、御社と、佐倉。
とりあえず、事件については遅かれ早かれ情報が来るはずだから、今の話が全てホラである可能性は皆無に等しい。
御社にはここで嘘をつくメリットがないだろう。
だとしたら……
「御社」
「ん?」
「お前の目的は何だ?」
「結託だよ」
「……Hoe?」
一応、ローマ字読みです。はい。
「身の潔白を証明するために、きみの協力を得たい。そのために情報を流したんだよ」
おかしいな、答えが『いいえ』か『No』の二択だよ。
選択できるように見せかけて、じつは選択肢自体が行動範囲を制限するというギャルゲ選択肢の典型的な罠みたいだ。
「……仮にお前が犯人だったら俺はどうする?濡れ衣を着せられて終わり、ということも充分考えられる」
俺の言葉に、御社は心なしか悲しげな表情を見せた。
「信じてくれ。僕は真相を知りたい。そして無罪を証明したい。それだけなんだ」
おいおいおい。
どこまで胡散くさい話なんだよ。
「ふぅ……」
だが、俺もこの事件を無視するわけにはいかない。
俺も容疑者であり、無実を証明できるものも何も無い。
……となれば、名目上だけでも御社と手を組んでおくのは手だ。
少なくとも、俺が何かをするという内容は契約には含まれない。
「わかった。受けよう」
言うと、御社はわずかに微笑んだ。
「ああ、よろしく」
こうして、容疑者候補である俺と御社真雪の、上辺だけの歪な結託が成立した。
御社が差し出してきた右手を弱く握り返す。
冷えた俺の手に、御社の手からわずかに熱が送り込まれてきて、幽かな違和感を残した。