黒幕に対する、聖女の第一印象は最悪でした
「セレスティス教会から参りました、シャノンと申します。本日より、オルティス学園の一員として共に学ばせていただきます。未熟な身ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします」
不思議な蒼鉛色の髪と同色の瞳に、二年生のクラスメイトたちの視線が釘付けになった。彼女の一礼にあわせて、金属のような輝きを帯びた青灰色の髪が、複雑な色の変化をみせた。
制服への装飾は、教会の関係者であることを示す銀のダイヤ形のラペルピンのみ。
セレスティス教会の最大の秘密、ヴェールに包まれていた存在が、学生たちの前でしゃべって動いている。
その品のある身のこなしと、ため息の出るような美しい笑みは、想像していた聖女の印象を裏切らなかった。
クレイグ・ペリグリンは、読んでいた本から目を離し、冷めた目で彼女を一瞥する。
(セレスティス教会秘蔵の『移しの器』か――学園にわざわざやってきて、何の真似だ?)
これまでの『移しの器』は、教会の外に出ることはなく、大切に守られながら育ち、やがて祭壇の上で神を受け入れて眠りにつく――彼にとっては、ただそれだけの存在だった。
彼が考えを巡らせたのはわずかな時間で、すぐにクラスの浮ついた空気を遮断するように、頬杖をついて再び本を読みはじめた。
♢
編入して間もない頃こそ、目立った成績のないシャノンだったが、授業を素直に吸収し友人たちの協力を得ながら努力を続け、進級する頃には実践魔術を除いて成績上位に食い込むようになっていた。
クレイグは、彼女の質問が学習内容の本質を突いていることや、個人研究の着眼点がいいことなど、彼女の能力の片鱗を編入当初から見出していたため、その結果には特段の驚きはなかった。
しかし、彼は次第に彼女の努力に疑問を覚えるようになっていた。
♢
シャノンは、このところ自分に向けられる視線が気になっていた。視線の主は、二年生のときのクラスメイト、クレイグ・ペリグリンだ。
彼女自身は、生まれつきの目立つ容姿に加え、特殊な立場に身を置いていたため、見られることには慣れていた。しかし、その男の視線は……何かが違う。
(――憐れみ? 蔑み? ……いずれにせよ、ろくでもないわね)
ひとりになった瞬間、彼女は顔をしかめて深いため息をついた。ともかく、これまで通り気づかないふりをして、接近しないように気をつけるしかない。
顔に垂れていた横髪を、ピンできれいに止め直して、彼女は再び教室に戻った。
♢
その日の放課後、シャノンは図書室で調べものをしていた。
学ぶための時間は、いくらあっても足りない。まして、時間制限付きの自分にとっては、オルティス学園に在籍している間だけが、この世界について知るためのチャンスだった。それは、面白いことばかりではなかった。彼女や、彼女の大事な人にかかわる、残酷な事実に行きあたることもあった。
それでも、シャノンにとって、知らないままこの生を終えることは、それこそ死ぬよりおそろしいことだった。
彼女の手元には、この国の歴史に関する本が何冊も置かれていた。
向かいの席に、人が座る気配がした。彼女は構わず書かれた古語の翻訳を続ける。この国の成り立ちを学ぼうとすると、繰り返し出てくるフレーズがあるのだ。それは、厳しい戒律や難しい法律について書かれている文章の中で、まるでお伽噺のような響きを持っていた。
「『器』にとって『宝』となるものが、必ず必要となる」
(一体何のこと? 何かの暗号……?)
シャノンは考え込むように、一度目を閉じた。
「聖女様は、随分と熱心に勉強されますね」
席の向かいから、声をかけられる。シャノンは驚いた表情が表に出ないよう取り繕うと、笑顔で返答した。
「ペリグリン様、ごきげんよう」
彼は放課後の時間帯は、学園から首席の特典として与えられている専用の研究室で過ごしているはずだった。
(――油断したわね)
窓の外には、夜が訪れようとしている。
いつの間にか、図書室には二人以外に利用者がいなくなっていた。
シャノンは自分の迂闊さに、舌打ちでもしたい気分になった。
「調子はいかがかな、シャノン殿。不躾で申し訳ない。貴女に聞いてみたいことがあるんだ」
目の前のクレイグは、頬杖をついたままどこか冷めた目でシャノンにそう言った。
シャノンは心の中でため息をつくと、口を開いた。
「ご質問、承ります」
これで彼の気が済むのであれば、その方がいい。望むところだ。
クレイグは、シャノンの読んでいた本に目をやりながら言った。
「貴女は、この学園を卒業したら『器』を担う立場だろう。なぜ、わざわざ学園で学ぶ必要がある? 手仕事品でも残した方が、世のためになるのでは?」
そういう部分で、彼が自分のことを気にしているのだろうと薄々感じていたシャノンは、それでも、そのあまりに配慮を欠いた言葉に絶句した。彼女の沈黙を待って、クレイグがさらに続ける。
「私はただ、それが不思議だったんだ。学園には、この国が誇る知識のすべてが集約されていると言っても過言じゃない。学びは活かしてこそ価値を持つものだ。貴女は得た学びをどこで活かすつもりなんだ。祭壇の上で見る夢か?」
シャノンは、咄嗟にテーブルに置かれた本のタイトルを翻訳することで、血が沸騰しそうになるほどの怒りを鎮めた。
クレイグは、うつむいたシャノンを気にかけるように、顔をのぞき込んだ。
再びシャノンがクレイグに顔を向けたとき、彼女はまさに聖母の慈愛を感じさせる笑みを浮かべていた。クレイグはたじろいだ様子をみせた。
「ふふ……。ペリグリン様。わたくしが学んだことは、誰にも、それこそ神にも奪うことはできません。一体、誰がわたくしの学びの是非を裁定するというのです?」
シャノンの笑顔の奥、蒼鉛色の双眸が強い意思の光を宿し、クレイグを真っ直ぐに射貫く。クレイグは、その視線から目をそらせなかった。
「貴方は、わたくしよりも、ずっと長く生きるおつもりで学んでいらっしゃるのですね。誰しも、明日のことなどわからないというのに、大変滑稽なことですわね? それとも、貴方の命の価値とわたくしの命の価値は、違うとお考えかしら? 貴方は今日、この瞬間を迎えるまでに、一体この世界に何を残してこられたというのです?」
淡々と、静かなトーンでシャノンは告げる。
「ところで、貴方がわたくしにおっしゃった無礼な言葉は、今まさにわたくしごときにかまけていらっしゃる貴方に、そのままお返しできそうですね。意味は、おわかりいただけますか?」
クレイグは、瞬きも忘れてシャノンを見つめていた。
「ご質問は以上でよろしいでしょうか? でしたら、わたくしはこれにて失礼いたします」
笑顔のまま優雅に一礼をして、机の本を全て本棚に戻してから、シャノンは図書室を後にした。
残されたクレイグは、彼女から告げられた言葉と、自分が彼女を激怒させてしまったらしいという事実をぐるぐると脳内で考え、しばらくそこから動けないままだった。
♢
その晩、クレイグ・ペリグリンの姿は、魔道具工学研究室にあった。
彼は酷く落ち込み、部屋に入るなり机に突っ伏して一言も話さないままだった。オルティス学園の若き教授アルベリヒは、青年のお悩み相談は専門外なのだが、大人としては対応せざるを得ない。
「ほら、コーヒーをいれ直したぞ。今度は冷めないうちに飲め」
「……」
「そろそろ、何があったのか話してくれないか。俺もお前が気になって仕事が手につかん」
アルベリヒの言葉に、クレイグはのろのろと体を起こして、口を開いた。
「……教会の……」
耳の検査かと思うような音量で、クレイグが言う。
「あん?」
「教会の……『移しの器』のシャノン様をご存じですか」
「そりゃ、知らんわけないだろ。本人を直接『器』だなんて呼ぶんじゃねぇぞ? シャノンがどうした?」
アルベリヒの言葉に、顔色の悪いクレイグの顔から、さらに血の気が引いたように見える。
「『器』に『器』というと、何か失礼になりますか……?」
「おいおい! そんなところからか。俺も大概だが、お前は本当に唐変木だな!」
どかっとクレイグの向かいの席に座り、アルベリヒはあきれた声で言った。
のっけからこれでは、この先は聞くのもおそろしいが、アルベリヒはコーヒーを飲みつつクレイグの言葉を待った。
「私は、シャノン様に……たぶん、とんでもないことを言ってしまいました」
「わかった。前置きはいいから。なんて言ったんだ?」
「『器』がなぜ学園で学ぶ必要があるのか、何に役立つのか?と聞きました」
アルベリヒは怒鳴りつけそうになるのをぐっとこらえて、
「クレイグ……それは駄目だ。彼女を酷く傷つける言葉だ」
と、諭すように伝える。今の彼なら、それで十分届くだろう。
「……はい」
「念のために聞くが、他にも何かヤバそうな発言はしたのか」
「学んだことは『祭壇の上で見る夢』にでも活かすのかと……」
「こんのアホンダラが!!!」
アルベリヒは青筋を立てて、教育者にあるまじき口調でクレイグを怒鳴りつけていた。
「もう、お前さあ……勘弁してくれよ。とにかく、この件で彼女に許しを乞おうなんて、考えるんじゃねえぞ? 接近禁止だ」
アルベリヒは、これだけの心無い言葉を投げかけられた彼女を心配し、そう言った。これ以上、教会の聖女に心的負担を掛けてはいけない。弟子のやらかしは師匠の責任……などと考えていたところで、クレイグの声が割り込んだ。
「先生」
「なんだ?」
まだ険しい表情を崩さないまま、アルベリヒが答える。
「『移しの器』は、『器に成る』と、どうして目覚めなくなるんでしょうね?」
「はあ? ……ああ、そうだな、どうしてだろうな」
先ほどまでの意気消沈した様子はどこへやら、クレイグの目が研究者のそれになる。
結局、アルベリヒもそれに巻き込まれ、明け方まで『器』に関する情報を出しあって、頭を悩ませる羽目になった。
♢
セレスティス教会、祭壇の間。
『静謐の器』が眠る祭壇の前で、シャノンは泣きながら激しく怒っていた。
「あんな酷いこと……言われる筋合いはないのに! あの人、一体何様なの!」
帰りが遅くなったこともあり、シャノンは制服も着替えずにやってきて、祭壇に向けてしゃべりはじめた。怒りながら、左右二本ずつの指を交差させ、祭壇の前に膝をついた祈りのポーズをとっている。
「……オリヴィエ様」
いまや、『静謐の器』となった彼女を、その名で呼ぶのはシャノンくらいだ。名前を呼べば、今にも目を覚ましてくれそうな、ただ眠っているだけのような姿。涙に濡れた目で、シャノンはその顔を見つめる。
「わたくしは、知ることを諦めません。オリヴィエ様のように、この人生をまっとうしてみせます」
それは祈りにも似た誓い。オリヴィエと幼い頃の彼女の間で交わされた、遠い日の約束だった。口にすると、シャノンのささくれ立っていた胸の奥が、次第に静けさを取り戻していく。
「なぜ、神はわたくしたちに、この試練をお与えになるのか。せめて、わたくしなりの答えにたどり着きたいと思います」
祈りのポーズを解き、シャノンはすくっと立ち上がると、祭壇の間をあとにした。
♢
翌日の放課後――
シャノンは図書室の扉から、彼がいないことをそっと確認して中に入った。
目当ての本を手に取り、入口から見えづらい席に座ると、昨日読みかけていたページに何かメモが挟まっていることに気づいた。おそるおそる指先で摘まみ、内容を確認すると……
『答えは、教会の禁書庫、禁書"Cavea Ubiquitatis et Vas"の中』
「ひっ」と小さく息をのみ、シャノンは勢いよく本を閉じた。その一行しか書かれていないメモが、誰から誰へのメッセージなのか、考えるまでもなかった。
(わたくしがこのページを読みかけていたことは、見ていたかもしれないけど……何を探しているのか、どうしてわかったの!)
シャノンは顔色を変えて涙目になりながら、迷惑にならないようメモを回収して、逃げるように図書室を引き上げた。
恐怖をもたらしたそのメモは、その後、大いに彼女の役に立った。
♢
十年の歳月が流れた――
二十八歳のシャノンは、学園卒業後も教会の外――ペリグリン邸で五人の子どもに囲まれて暮らしていた。十年前には、まったくこのような未来は想像していなかった。
日差しを避けて、木陰に集まっている仲のいい子どもたちに、近づいていく。
飛びついてきた一番小さなライラを抱き上げ、透かし彫りのあるガーデンテーブルまで歩いていくと、足元に小さなメモが落ちていることに気づいた。
ライラをおろして、そのメモを拾う。
『ヒントは、耐火書庫下段"Opes Cerebri ad Magicam Antiquam"』
その几帳面な文字は、クレイグのものだった。あの図書室でメモを見たときの衝撃を思い出し、シャノンは思わず声を出して笑った。
魔術書を広げていた長女のルナリアにメモを渡すと、彼女は何がそんなに面白かったのか気になる様子でメモを見返しつつ、笑顔でお礼を口にした。
シャノンは笑ったまま、子どもたちに言った。
「いいですか。『親切』というのは、相手が受け取れる心理状態になってはじめて、『親切』になるのです」
五人の子どもたちは、それぞれの理解度でそれを受け止め、「はい」と、元気に、静かに、あるいは誰の話かわかった様子で、返事をした。
最後までお読みいただきありがとうございました!
このお話で、最後に登場した子どもたち世代が活躍する本編は、こちらからお読みいただけます↓
『国家転覆は狙っていません!――教会に対する、兄姉弟の隠蔽は完璧なはずでした――』
(https://ncode.syosetu.com/n8814mr/)
ぜひブックマークや、下の★で評価をいただけますと、執筆の大きな励みになります!




