7.チャンスが欲しい
「……剣城君、もう帰ろうよ」
「悪い、調子に乗った」
さすがに付き合わせすぎたと思ってくれたのか、剣城君は慌ててベンチから立ち上がった。
「佐久間ごめんな。遅くなって」
二度も謝られれば、もう帰りたがった私も罪悪感くらい生まれる。
誤魔化すように彼が持っていたアイスの殻を勝手に取り上げ、近くのゴミ箱へIN。
ようやく公園から去り始めると、剣城君も急いで隣に並んだ。
いつもは私が逆の立場だけど、早く帰りたいがために主導権を握ってしまう。
でもこういう行動だって必要なのかも。剣城君に対して作った分厚い壁をなくそうと決めたのだから。
対等対等、まずは気を遣わずに友達感覚。そんな目標を思いつきながら、剣城君と無言のまま歩く。
彼とはそれがデフォだが、早く帰りたい今は助かるばかり。剣城君も、今日はもう喋りかけないでほしいな。
「あのさ、佐久間」
「……何?」
私の願いは叶わず……。でも口に出さなきゃ伝わらないか。
もう喋りかけないでなんて言えないけど。
せめて歩きながら話を聞こう。
「ライン、教えてほしい」
そんな剣城君のお願いに、結局私が足を止めてしまう。正直、戸惑ってしまったから。
さっき友達感覚になると目標たてたばかりなのに、剣城君とラインする自分など想像つかない。
どうせ私のことだから、彼から来たラインに対し返答に頭を悩ませるだけだろう。
だったら、ここは教える前に聞いておくべきかも。
「あの……剣城君は何で私とラインしたいの?」
「え?」
「どんな用件があるのかなと思って……」
こんなこと聞くのは失礼だが、私は親しい人としかラインしたくないのだ。
剣城君とラインする必要が特に生まれない限り、教えたくない。
ここまでガードが堅い三軍女子に呆れるのなら、それでいい。
彼への分厚い壁は取り払っても、相手が男子だけに薄壁くらいは残さなきゃ。
実はラインを聞かれたことで、私には警戒心が生まれてしまった。
初めて剣城君を警戒した私は、一番忘れてはいけないこともうっかり頭から抜け落ちてしまう。
――つまり、彼が自分に対して好意を持っていることをさっき気付かされたのに、今は警戒心のせいで頭から追い出されてしまったのだ。
今の私は警戒のみで剣城君と向き合い、彼が自分とラインしたい意図を探りたいだけ。
「……そんなの、佐久間と繋がりたいからに決まってる」
今度は警戒心という壁を作られたと気付いたのだろう。剣城君は初めて悔しさを声に滲ませた。
しかしその表情は悔しさではなく、明らかに傷つけられたと教える。
私に警戒されて、今の彼は傷ついたのだ。
私の後悔心が生まれる前に、彼の口がまた開いてしまう。
「用事なんかなくても、好きな女とラインしたいと思っちゃだめなのか?」
「……あ」
「何だよ。うっかり忘れた俺の気持ちをやっと思い出したのか?」
彼はどうしてここまでお見通しなのだろう。
それとも彼は傷つけられた側で、私は傷つけた側だから? たいてい傷つける側は鈍感だから。
傷つけられた側の彼は鈍感な私の頭など安易に見透かせるのかも。
そんな彼に責められ、私はさっき生まれた警戒心など捨てさせられた。それが原因で彼を傷つけたのだから当然だった。
その代わり、今度は逃げの感情ばかり生まれてしまう。
彼を傷つけて、彼の責めによって彼の好意も思い出させられて、今の私は彼一人によって八方塞がりにされたからこそ逃げ出したい。
ラインどころの話じゃない。どうせ今の自分では剣城君の好意に応えるなど無理なのだ。
バイト先で噂になることすら避けたいほど、ただのビビりだから。
さっき公園で彼の気持ちを知ってしまい、それでも一度は頭から追い出したのだって、本当はビビりだからこその現実逃避。
もういっそ忘れてしまえば、彼の方が勝手に諦めるかもしれないから。
ラインを聞かれて警戒したのだって、結局はわざと。ただ諦めてほしくて警戒心を働かせた。
自分を警戒する女子など、剣城君だってお手上げだろうと。
無意識にそんな卑怯になるほど、私は自分と違いすぎる彼に対して臆病なのだ。
「……ご……ごめんなさい。私は好きじゃないからラインできない」
剣城君が追い詰めるばかりで逃がしてくれないので、私も最後くらい逃げることを諦めた。
彼の好意を忘れたフリして諦めてもらうなど、やはり都合よすぎただけなのだ。
すぐに罰が当たったので、ようやく誠実になるしかなくなった。
私にとっての誠実な答えは、彼には残酷な答えにしかならなくても。
さっきは逃げて傷つけて、最後は誠実に傷つけるなんて、私は最悪だ。そもそも彼に好意を持たれるべき女の子じゃない。
最悪なままに、私はようやく一人で帰ることにする。
もうこれで彼に送られることもなくなったが、さすがにバイトは辞めるべきかさっそく考えながら歩き始めた。
しかし剣城君に背を向けたばかりの私を、彼の手が捕まえてしまった。
「な……何……?」
「ごめん、勝手に触って」
「じゃあ、離してよ」
背後からいきなり手を握られたことで、私は初めて身の危険すら感じてしまった。
震える声でもしっかり抵抗すると、剣城君は痛々しい顔だけ見せる。
もう私に散々傷つけられたのに、この人は何でさらに傷つこうとするのだろう。
私の態度など、今は警戒心マックスなのに。
「チャンス、くれないか」
「……私が、剣城君に?」
頷かれたので、間髪入れず首を振った。もう関わりたくないばかりに拒否した。
「今まで通り、送るだけでいい」
「私、そんなこと頼んでない。疑われるから、本当は嫌だった」
「頼む……俺がちゃんと否定するから」
「……何で? そんなことされても、私変わらないよ」
「わからないだろ。佐久間も、俺を好きになってくれるかもしれない。まだ、たった三週間だ。俺はいくらでも待つ」
私が頑ななら、彼は往生際が悪い。相性すら最悪かも。
そもそもスクールカーストが頂点と底辺なのだから当たり前か。
私は手を離してもらえない以上地面だけ見つめながら、ひたすら次の一言を考えた。彼を諦めさせる一言を。
「……もし剣城君を好きになっても、付き合うとかできない。嫌な思いするのは私だもん。私は平和に過ごしたいの。剣城君とはそれが叶わないから嫌」
「俺だって普通の男だ」
「……違う」
「佐久間に嫌な思いさせないよう最大限努力する。だから頼む、俺から逃げないでくれ」
手を離されないまま、今度は頭を下げられた。おでこと膝がくっつきそうなほど必死。
彼の欠点は往生際が悪いことと、女の子の趣味が悪いことだろう。
私にこだわらなければ選びたい放題なのに。そっちの方が頂点にいる彼らしい選択なのに。
ここまでプライドない王様など、目を向けるのも嫌だ。
「もう、本当に遅くなっちゃったから帰る」
「佐久間、俺がちゃんと送る。これからもずっと」
「わかった、いいよ」
「……いいのか?」
「いいって言わないと、帰れないから」
今日の所は負けてしまった私は、さすがに最後は疲れた顔だけ見せた。
帰りたければチャンスをあげなきゃいけないのだから、そうするしかなかったまで。
もう二十一時を過ぎてしまった。こんな遅くに高校生は押し問答など続けていられない。
往生際の悪さで私を負かせた剣城君は、今日二度目のガッツポーズを見せた。
一度目はこっそりだったのに、二度目ははっきり。
やはり彼もまだ高校生の子供なのだなと実感しながら、私は今度こそ彼の手を引きはがしてから家路についた。
今日は学校よりもバイトよりも、剣城君と一緒にいた一時間が最も長くて疲れた一日となった。




