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3.緊張してる


「ねえねえ、佐藤さん」

「…………」

「ねえ! 佐藤さん!」

「……あの、私は佐久間だけど」


 私が訂正すると、間違えた彼女は「あっ、ごめーん」とキャラキャラ笑う。これぞ一軍女子の対応。

 私がもし逆の立場で、クラスメイトの名前を間違えたら、罪悪感と後悔を一生残してしまうかも。


 それはそうと昼休みの今、一軍女子の林原さんは三軍の私にどんな用事で声を掛けたの? 

 めちゃくちゃドキドキするんだが。


「ねえ、佐久間さんって三羽町のニジドラでバイトしてるの?」

「え? うん……」

「やっぱり。二組の市川小夏が見たって言ってたよ」


 林原さんが言う市川小夏さんは、私と同じ中学出身。

 林原さんと市川さんはクラスが別でも、共に一軍女子なので交流があるということか。


「ねえ、小夏から聞いたけど、剣城君もバイトしてるんでしょ? いいなー佐久間さん」


 ああ、やっぱりね……さすが一軍女子は聞きつけるのも早い。しかも剣城君って他校なのに。

 もしかして一軍同士で繋がりがあるのかな。

 でもアルバイトが同じなだけで妬まれたり利用されたりは嫌なので、剣城君とは関係ないアピールしとかなきゃ。


「あの……バイトは一緒だけど仕事は別だから、私はよく知らないよ」

「そうなの? 喋ったりしない?」

「うん」


 「なーんだ、わかったー」と、あっさり一軍女子の群れに戻ってくれた。

 よかった、林原さんが引き際いい人で。


(でも……剣城君のせいでバイト辞めたい)


 林原さんに近寄られたことで、今日もそんな思いに捉われてしまう。

 実際は剣城君以外なんの支障もないし、その程度の理由で辞めるなんてできない。

 でも心の中で愚痴くらいは言わせてほしい。

 間違いなく今の私は剣城君のせいでバイトごと嫌になり始めてしまったのだから。


「……のぞみん、あの林原さん、バ先まで来ないといいね」

「え?」

「ああいう人って来そうじゃない? 男子目当てで」


 眉を顰めて心配してくれたのは、昼休みいつも一緒に過ごす梢ちゃん。

 高校に入ってからの友達で、私と同じく目立つことを好まない女子。


 しかも梢ちゃんは、さっきの林原さんみたいな一軍を毛嫌い気味。なるべく関わりたくないと、私相手にはっきり教えたこともある。

 だからこそ、今は私を心配するのだろう。私も同じ気持ちと思い込んで。


 林原さんが剣城君目当てで来る程度なら気にしない私は、適当に誤魔化すことに。


「大丈夫じゃない? 私がバイトしてるニジドラ、遠いから」


 家から一番近いドラッグストアでバイトしているが、この高校は電車通学。

 林原さんだって、わざわざ電車に乗って剣城君の見学など来ないだろう。


 ……でも剣城君はどこでバイトしてもすぐに伝わってしまうほど、有名人なんだな。

 そんなことを嫌でもわからされた昼休みとなった。



 ※ ※ ※ 

 


(今週は四日も重なってる……あーもうヤダッ)


 バイト終了後にシフト表を眺めただけで、今日は頭を抱えてしまった。

 自分のシフトは先々週先まで頭に入っているが、問題は剣城君とシフトが被るかどうか。

 たった今確認したのも剣城君のシフト。


 落胆したままシフト表から離れると、まるで覚悟を決めてから裏口から出た。

 今日も自転車置き場前にいる剣城君を目に入れてしまい、更なる落胆に襲われる。

 もはやわかっていたことだが、彼があそこにいるだけで辛いのだ。絶対に顔には出さないけど。


 せめてリュックの紐をギュッと握りしめながら近づくと、すぐに視線を向けられた。

 「お疲れ様……」と声を掛ければ、さっさと歩き出してしまう剣城君。

 当然、私はその後を追う。今日も送ってもらうために。


 もちろん、私はそんなこと頼んだ覚えがない。

 先週初めて送ってもらったのをきっかけに、シフトが重なった日はそうなってしまったのだ。

 今日で確か……四回目かな。


 送られた回数など覚えていたくもないが、先週は計三回送られたから間違いない。

 そして今週も、あと三回剣城君とシフトが被る。

 あとの三回も、いやそれ以降もどうせ変わらないと思うと、私はいっそバイトを辞めたくなるほど辛いのだ。


 彼の後ろを歩くと隣を歩けと言われてしまうので、今日も仕方なく隣に並んだ。


「危ねえぞ。前見ろよ」

「は、はい」


 俯きがちだったせいで注意された。

 剣城君の声ってやけに低くて、さすが一声だけでクラス全員を纏めるほど貫禄あるから、ビビりな私など必ず返事がどもってしまう。


 きっと剣城君は先生やクラス委員よりクラスメイトの信頼を勝ち取れるだけじゃなく、正義感が強いのだろう。

 閉店の八時まで残る他のパートさんは車通勤。でも私は徒歩というだけで、彼は勝手に自分が送ると決めたのだ。

 ただの気まぐれ程度なら、私はもう四回も送られていないはず。


 彼は正義感が強いからこその行動とさすがにわかったが、それでも私は送られるのが辛いほどに嫌なのだ。

 そもそもバイト仲間というだけで全く親しくないし、送られている所を噂好きのパートさんにでも見つかったらアウト。

 今までは剣城君だけが話題の対象だったのに、自分まで巻き込まれてしまう。

 なんやかんやと詮索されるのも、疑われてわざわざ訂正するのも御免だ。


 そんな理由で目立つなど本当に嫌なのに、それでも私自身が一番駄目なのだ。断る勇気もないから。

 学校帰りにそのままバイトに行くので、バイト後の帰宅も徒歩なのだが、いっそ自転車に変更しようかと思った。

 でもそんな画策が見破られた時の方が怖くて、結局は何も変えられず。

 だからこそ、いっそバイトを辞めたくなってしまうのだ。


 もう剣城君に会わなくて済むし、何より彼の為だろう。もう私を送らなくて済むのだから。 

 私の自宅まで、約十五分歩く。だったら彼は往復三十分のロスが生まれてしまう。

 それさえ省ければバイト後まっすぐ帰れて、三十分も自分の時間が増えるのだ。

 高校生の三十分は貴重なのだから、私が奪うわけにはいかないのに。


「なあ」

「は、はい」

「……何で一々どもるんだよ。吃音症か?」


 家はまだまだ先なのに、今日はもう二回も話し掛けられてしまった。

 しかし二度とも返事がどもったせいで、疑いの目まで向けられる。

 彼に見下ろされるなど、余計に上手く喋られなくなってしまう。

 私はまたリュックの紐を固く握りしめた。


「ご、ごめんなさい。緊張して……」

「俺が怖いの?」

「ちが、います……」

「じゃあ、何で緊張するんだよ」


 私の態度がよほど気に障ったのか、わざわざ向き合わされてしまった。

 「言えよ」と追加するほど、緊張する理由を言わなければ許してくれないらしい。

 もちろん超一軍男子に送られるなど怖いからだが、さっきとっさに否定してしまったし、どうしよう。

 もはや私の歯もカチカチと鳴ってしまう。


「……か、家族とか友達としか、一緒に歩いたことなくて、そ、それで……」


 嘘でもない言い訳をとっさに思いついて、どうにか口にする。

 まだ見下ろされたままなので、増々俯いた。


「俯くなよ」

「は、はい」


 注意された反動で顔を上げると、ちょうど彼の喉仏が視界に入った。

 当然目なんて合わせられないけど、こんな近くで向き合うなど初めてだと気付く。


「俺も一緒」

「…………」

「緊張してる」


 思いもよらない超一軍男子の返答に、私の視線がもっと上がった。

 今は絶対無理だと思っていた目を合わせる行為は、私自身がうっかり叶えてしまった。

 でも目を逸らす暇なく、気付いてしまう。彼が初めて見せた優しい顔に。


 怖いばかりだった超一軍男子のギャップ、ずるい。お陰で、彼に対しての怖さを初めて忘れてしまう。

 むしろ、どうしてこんなに優しい顔をしてくれるのか疑問に思うほど。

 私なんて、彼のバイト仲間じゃなければ視界にも入れられないのに。


「帰るか」

「……はい」


 彼への返答に、初めてどもることがなかった。

 そんなことには気付かないまま、また彼の隣を歩き始めた。


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