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思わぬ連鎖は、止まらない

 キャンプ場を出発する事10分後。

 貞夫が運転するファミリーカー一台と、由奈が運転する宏太の軽自動車――そしてその後ろを追従するように、絢音の母親が運転するランドクルーザーは、三条市街地の国道8号線を目指して北上していた。

 

 (なぜ、こんなことに……)

 美鈴は乗りなれない高級感あふれる車内で、緊張で手に汗をかきながら、いつの間にか隣で運転する小柄な大人の女性と、二人きりで乗り合わせることになっていた。

 

 美鈴の内心など露知らず、

 「そっか……、じゃあ美鈴ちゃんと絢音は、元々別のクラスだったのね」

 「はい」

 「それなのに絢音のこと気にかけてくれて……、すごくうれしいわ」

 絢音の母親からの素直な感謝の言葉に、美鈴はどう返せばいいのか分からずに小さく頷くしかない。


 しばらく無言の時間が続くと、車は信越本線の陸橋を超えて、国道8号線へ向けて進み続ける。

 (き、気まずい……)

 美鈴は内心で思うも、隣でハンドルを握る彼女の表情は柔らかいまま。

 初めて顔を合わせた時のどんよりとした雰囲気は鳴りを潜めているのに、美鈴の内心は何故かひどくざわついていた。

 「…………」

 そんなことを考えていると、車が信号に引っかかる。

 美鈴はタイミングを見計らって、

 「あの、笹川さんは……、どうして、その……」

 「どうしてあんな人と、結婚したかって、聞きたいのかしら?」

 言い淀むことで肯定する美鈴に、絢音の母親は「ふふっ」と短く笑みを浮かべる。

 

 信号が青になり、車は静かに発進すると、

 「実はね、私たちも美鈴ちゃんたちと同じ、悠久高校の生徒だったの――」

 それから絢音の母親は、過去の自分たちの馴れ初めを語り始めた。

 

 一通り貞夫にも話した内容に加えて、美鈴たちが知らない過去の高校生活を含めた、母親になる前の過去の青春――特に絢音の父親との馴れ初め話に、

 「ほ、ほへぇ……」

 美鈴は他人の親の話とはいえ、興味深そうに耳を傾ける。

 

 やがて車は物流の大動脈の一つ――国道8号線を基幹病院のある新潟方面に差し掛かる。

 話がちょうどひと段落した、そのタイミングで――、

 「まさかアヤのご両親が、私たちの大先輩だとは……」

 「そうね、私たちもあの頃は若かったわ」

 「ってことは、校長せんせーとも知り合いだったんですか?」

 「私たちの学年主任だったってことを、さっき言われて思い出したくらいかな。よく”あの人”は呼び出されて、”協調性持ちなさい”って怒られてたって聞いてるわよ」

 「あはは……」

 あのアグレッシブな性格の父親と貞夫の昔を想像して、美鈴はあまりの自然さに苦笑いを浮かべた。

 

 すると車は再び、何度目かの信号に捕まる。

 細い路地や県道が多いことも相まって、視界が入る度に映る信号機の存在に、美鈴は内心で(信号、いっぱいあるなぁ)と思った。

 そんな時――、

 「ねぇ、美鈴ちゃん。一つ聞いてもいいかしら?」

 「なんですか?」

 絢音の母親は少し躊躇いながらも、ポツポツと美鈴に問いかける。

 

 「絢音は……、あの子は何か、取り返しのつかない事とか……、してたのかしら?」

 「い、いえっ!そんなことないですよ!」

 「そう……」

 美鈴の答えに、尚も不安がぬぐえない様子の絢音の母親に、

 「でも――」

 あえて美鈴は、思い切って絢音との話を切り込んでみることにした。

 

 「ア――絢音さんの本音っぽいことは、キャンプ中に聞かせてもらいました」

 「……そっか」

 絢音の母親はそれ以上のことは口にせず、ただ青信号に従ってアクセルペダルを優しく踏み込む。

 「気にならないんですか?」

 「気になるわよ」

 「じゃあ、聞かないんですか?」

 「聞きたい気持ちはあるんだけどね、校長先生にまた、怒られちゃうから」

 「は、はぁ……」

 何処か掴みどころのないそんなやり取りに、美鈴は窓の外に視線を落とした。

 

 「もう一つ、聞いてみてもいいかしら?」

 絢音の母親は、またも唐突に口を開く。

 美鈴は顔を運転席側に向けてみると、

 「美鈴ちゃんはいつも、お母さんとは仲良いのかしら?」

 「……実は私、父子家庭なんです。小さい頃に、離婚しちゃって」

 「あ、あら……」

 予想もしなかった答えだったのか、絢音の母親はふと申し訳なさそうな表情に変わった。

 

 気まずい空気のその予兆に、美鈴は咄嗟に誤魔化すように、

 「す、すみません! でも最近になって、やっと私の中でも折り合いがついたことなので!」

 「最近って、この悠久高校に入ってからかしら?」

 「……はいっ」

 美鈴は太ももの上で指を絡ませながら、小さく頷く。

 「私もずっと、家族のことで悩んでたことがありました。それで行くあてもないのに、家出しようとしたことがあったんです」

 

 つい数週間前までの出来事を、すでに懐かしい過去にしながら美鈴は続けた。

 「そこで偶然校長せんせーに見つかって、怒られるかなって思ったんですけど……、いつの間にか校長せんせーは、代わりに居場所をくれました」

 「居場所?」

 「校舎で使ってなかった空き教室です。でもそれからいろいろあって、私は今の部活メンバーのおかげで、お父さんと少しずつ家族になることが出来ました」

 「……そうなんだ……」

 

 神妙な面持ちで、ハンドルを握り続ける絢音の母親。 

 話の先が見えず、美鈴はじれったくなると、

 「キャンプの時、絢音さんが言ってたんですけど」

 左車線のトラックを追い抜いていく光景を眺めながら、美鈴は続けた。

 「この学校に入れてよかったって、言ってました。それは私も同じです」

 

 「……そう」

 「だから、えっと……」

 続きの言葉を必死に探しながら、美鈴は結局一番チープな一言を溢した。

 「笹川さんたちも、きっと大丈夫です!」

 美鈴は胸の前で両腕をぎゅっと引き寄せて、よく分からない“応援ポーズ”を作った。

 

 絢音の母親は横目で助手席の美鈴を見ると、

 「ぷっ……」

 小さく吹き出す。

 「……絢音が貴女に気を許すのも、分かった気がするわ」

 「えっ?」

 「何でもないわ。美鈴ちゃん、絢音とこれからも、仲良くしてあげて貰えると嬉しいわ」

 「はいっ、もちろんです」

 どうにか空気を持ち直すことに成功した美鈴。

 

 するとその時、美鈴は太もも越しに電子的な振動を感じると、 

 「あ、すみません……」

 同じサークルの部長にして、同級生の爽からの着信に、美鈴はそう一言断ると、手にしたスマホの画面の応答ボタンを押した。

 「もしもし?」

 電話の相手に、美鈴はしばらく耳を傾ける。

 「え、校長せんせー? はい、はい……、えっ!?」

 そんな驚きの声を上げると、

 「わ、分かった……。ちょっと待って!」

 一度美鈴は耳元からスマホを話して、絢音の母親に顔を向けた。

 

 「笹川さん、校長せんせーからです。スピーカーで大丈夫ですか?」

 「えぇ、大丈夫よ」

 絢音の母親が頷くと、美鈴はスマホを持ち上げながら、

 「スピーカーにしました」

 と、電話越しの相手に声を張る。

 

 『ありがとう。笹川さん、急に申し訳ない。単刀直入に言うと、旦那さんの転院が決まったみたいでね。目的地が変わるんだ』

 「転院……ですか……?」

 あまりにも唐突な変更に、絢音の母親は少し不安の色を濃くする。

 

  

 『うん、場所は長岡市の立川病院だって、今連絡が来た――』

 「た、立川病院っ!?」

 電話越しの貞夫が言いかけたその瞬間、――遮るように、美鈴が声を上げた。

 

 「ど、どうしたの……?」

 隣で同じく驚いた表情の絢音の母親が、美鈴に心配そうな口調で声をかける。

 そんな彼女に、美鈴は尚も驚いた表情のまま、

 「立川病院って……、そこ、お父さんが働いてる病院なんです」

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