予報は時に、外れるもの
各々が朝の支度を整えると、貞夫は既に朝食の準備を終えていた。
予定していた通り、今朝は昨日の晩に余らせたカレーにうどんを入れた、シンプルなリメイク料理。
完成したカレーうどんは、どちらかと言えばカレー焼きうどんのような見栄えだった。
「いただきます」
貞夫が手を合わせると、他のメンバーも揃って口にして食事を始める。
味は昨夜のカレーよりもうまみが増していて、意外にもトマトのフレッシュさが補強された味だった。
酸味とスパイスの絡み、そしてベースにあるうま味がしっかりと残っていることもあって、重すぎるわけでもなければ軽すぎることのない絶妙な朝食。
「これ、なんかフレンドの焼きそばみたいだね」
美鈴がうどんの味に対して、素直な感想を溢した。
「ん?フレンドって、何?」
「え、知らないの?」
「うん……、聞いたことない……」
絢音の意外な答えに、美鈴は続けて、
「フレンドって、イタリアン焼きそばが美味しいお店だよっ」
「イタリアン焼きそばって……、それって、”みかづき”のことじゃなくて?」
「え、みかづき?」
知らない店の名前を口にする絢音に、今度は美鈴が首を傾げた。
そんな美鈴の疑問に、うどんを啜った貞夫が口を開く。
「みかづきっていうのは、新潟市の方にあるイタリアン焼きそばのお店だよ。創設者が違うだけで、同じ雰囲気の店だから、確かにこのうどんもどっちの味にも近いかもね」
「え、じゃあ名前が違うだけなんですか?」
「サイドメニューが違ったり、少し個性はあるみたいだけど、商流が違うだけでほとんど一緒みたいだね」
続いて爽の疑問にも、貞夫は淡々と答える。
「校長、詳しいっすね……」
宏太は驚いた表情でポツリと溢した。
「イタリアンはどっちも好きだからね。長岡市民としては、フレンドを押したいけど、みかづきのソフトクリームにフライドポテトの組み合わせも悪くないんだ」
「え、ソフトクリームにポテト……?」
貞夫の嗜好に、美鈴と絢音は「うげぇ……」と、ありえないと言わんばかりに引きつった表情を浮かべる。
脂っこく、塩気が強いフライドポテトに、甘くて冷たいソフトクリームの組み合わせ。
とても合うとは思えないその組み合わせに、二人は顔をしかめる。
だが一方で、そんな彼女たちの隣に座る由奈は、
「そういえば校長、昔からその食べ方よくしてたかも……」
どこか懐かしむように溢した。
「確かに、あのなんか甘じょっぱい感じは、たまに食べると美味しかったかも」
由奈の一言に、「へぇー」と意外な声を上げる残りの4人。
するとその刹那、絢音のスマホが通話の着信を告げた。
「ッ……!」
5人の視線が、一斉に絢音へと集まる。
絢音はジーンズのポケットからスマホを手に取ると、画面に通知された人物の名に緊張を強める。
「笹川さん、大丈夫」
貞夫はたったそれだけを絢音に言うと、彼女は小さく頷いて、画面の応答ボタンを押した。
「も、もしもし……」
震える声を必死に押し殺しながら、絢音は電話に出る。
何度かやり取りを交わしていくにつれて、受話器越しからは、絢音を問い詰める、どこか荒い口調の男の声が漏れ出てきた。
絢音の指先が、スマホを持つ手の中でわずかに震える。
おそらくその人が、絢音の父親なのだろう。
そして尚も弱々しく、電話口で言葉を受け止め続ける絢音。
そんな家庭での絢音の姿を垣間見たメンバーは、不安を押し殺すような表情に変わっていく。
絢音とその父親との間で、言葉が交わされること数往復。
しばらくして絢音は、自分が手にしていたスマホを、震える手で貞夫の方に差し出された。
「お父さんが、その……、校長せんせーとお話ししたい、そうです……」
「そっか、分かった」
貞夫は決死の表情でスマホを受け取った。
「お電話代わりました、悠久高校の校長をしております、長瀬と申します」
貞夫はいつもよりも真面目な雰囲気で、淡々と電話越しの相手に名乗る。
絢音と話していた時とは違うとはいえ、電話口の相手は明らかに威圧的な態度で言葉を返す。
そんな姿の見えない相手に対して、貞夫は眉一つ動かすことなく、
「えぇ、この度はとんだ行き違いがあったようで……。ご心配をおかけしてしまい、大変申し訳ありませんでした」
誤魔化すことはせず、あくまで誠意を尽くした謝罪を口にする。
だが電話越しの相手は、スピーカーモードにしていないにもかかわらず、貞夫以外にも聞こえる声量で一方的に何かを捲し立てている。
(これは……、コミュニケーションがとれないタイプか……)
そう判断すると同時に、貞夫は電話越しでの和解を諦め、すぐさま本題の提案へと思考を切り替えた。
「えぇ、おっしゃることはごもっとです。ですので今回は、ぜひ直接お詫びも兼ねまして、落ち着いたところでお食事をご一緒できればと思うのですが、いかがでしょうか?」
貞夫の提案に、電話越しの相手の声は一度落ち着いたものになる。
強めの口調は変わりなさそうだが、貞夫は悠々と電話越しの相手に返事を返していた。
するとしばらくして、貞夫の提案を受け入れたのか、
「はい、私共も準備がありますので……、はい、ではそのように」
貞夫はそれまで険しかった表情を、やや緩めながら口にする。
それから数往復言葉を交わすと、
「失礼します」
と言って、貞夫の方から電話を切った。
「笹川さん、ありがとう。多分、大丈夫だよ」
言いながら貞夫は、絢音にスマホをいつもの穏やかな表情で差し出す。
絢音は弱々しくも確かな手取りで、貞夫からスマホを受け取った。
「ど、どうでした……?」
宏太の問いに、「うん……、なかなかその……、アグレッシブなお父様、だね……」と、貞夫は苦笑いを浮かべながら、言葉を選ぶように溢す。
「ま、まぁ……。私の誘いには乗ってくれたようだし、とりあえずは大丈夫そうだよ。――今のところは……」
最後の一言は誰の耳に届かないように、ボソッと呟く貞夫。
「とりあえず、食べきったらそのまま片付けに入ろうか。これから雨が降りそうだし、先にテントだけでも片付けておけば、後が楽だからね」
貞夫が言う通り、タープの向こうには厚い雲が広がっている。
風は妙に冷たく、今からでも雨粒がタープを叩きそうなこの空気は、妙にメンバーの胸の内をざわつかせていた。
(ってか、今日も晴れの予報だったはずだったよな……?)
宏太は内心でふと思い出すも、現実は真逆の天候に思わずため息を吐いてしまう。
ともあれ一番の山場は何とかクリアした一行は、いつもよりも早めに朝食を終えると、自然と撤収準備に入るのだった。




