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壁に耳あり、タープに目あり?

 時刻は8時半。

 女子3人がサイトに戻ると、タープ下にあった食器は一通り方されていた。

 これから就寝するまでの時間は、焚火を囲んでお酒を飲む人やスマホで映画を見たりと、各々の自由な過ごし方をするキャンパーが多い。

 とはいえ、一応消灯は9時と決められており、それ以降に音が出るような薪割りはもちろん、車の開け閉めや走行も基本的にNGになっている。


 ということで、すかさず絢音は取り付けた約束通り、

 「爽くんっ、デートしに行こ?」

 と、タープ下でコーラの缶に口を付けていた爽を連れ出す。

 美鈴は背後でブツクサと文句を飛ばしてきたが、特に追いかけてこようとはしなかった。

 

 緊張しつつも絢音に続いてサイトの位置を歩く爽。

 一方、前を歩く絢音は、学校で見せるいつものテンションで何の愁いもなく声をかけてきた。

 「爽くんってさ、なんか変わったよね」

 「えっ?」

 突然の話題に、爽は素で疑問の声を漏らす。

 絢音は特に気に留めた様子もなく、

 「入学したばかりの頃ってさ、なんか意図的に女子のこと避けてるみたいだったからさ、正直私のこと心配してくれていたのがびっくりだったんだ」

 「それは……」

 「もしかして、美鈴ちゃんの影響?」

 「そう……、だね……」

 「そっか」

 意外と絢音に見られていたことを認識するや否や、爽は少し耳の先に熱が帯びるのを感じる。

 夜の暗闇でうまくごまかしつつ、爽はふと気になることを絢音に聞くことにした。

 「僕もさ、一つ聞いてもいい?」

 「んっ?」

 「二人ってさ、ホントに元々仲良かったとか、元々知り合いだったとかじゃなかったの?」

 「全然違うよ。むしろ真逆だったかな」

 「真逆?」

 絢音はふと足を止める。

 すると”確認だけど”と言わんばかりに、

 「美鈴ちゃんのことだし、爽くんも私の裏垢のこと、もう知ってるよね?」

 爽は戸惑いながらも、無言でうなずき肯定した。

 そんな彼の様子に、絢音は何処かで見覚えのある優し気な笑みを浮かべる。

 そして再び砂利が敷かれた道を歩き出しながら、絢音は淡々と語り始めた。

 「私の親ってさ、すっごく成績に厳しくて、前のテストの点数でもかなり怒られちゃってたんだ」

 「えっ、学年でトップだったのに……?」

 「うんっ」


 絢音は自嘲交じりの笑みを浮かべながら、話を続ける。

 「お父さんはずっとね、”順位は関係ない。相対評価じゃなくて、世の中は絶対評価の世界なんだッ”って、口酸っぱく言っててさ」

 「絶対評価って……、それなら何点取ったら、笹川さんのお父さんは褒めてくれるの?」

 「100点だよ」

 絢音の迷いのない答えに、爽は一瞬硬直する。

 

 たまに行われる小テストや暗記科目ならともかく、応用問題や大学入試の抜粋問題が出題されることもある悠久高校の定期試験――それで100点はほぼ無謀だ。

 よほど自信がある教科や試験範囲だったとしても、そのすべての教科で満点を維持するのは並大抵のことではない。


 そんな言わば”無理ゲー”を理不尽に課され続けている絢音の心情を想像してみる。

 そして爽がようやくぼり出したのは、

 「100点て……」

 ただそんな彼女の現実の復唱だった。

 「でもたぶん、100点取れても褒めてはくれないかな。むしろ当然だって、もっと勉強するように言われちゃうかも」

 「そう……、だったんだ……」

 

 絢音の淡々とした告白とは対照的に、爽は声の覇気を失っていく。

 普段学校で見せていた高いテンションの裏には、そんな理不尽に揉まれた彼女の悲鳴があった――そんな事実を突きつけられた爽は、無意識に犯してきた数々の失態に胸を締め付けられていた。

 そんな爽の内心に気づかないまま、

 「でも考えてみたらさ、それっておかしい話だよね!」

 絢音はふと、そんな声を上げた。

 

 「えっ?」

 「だって人ってさ、絶対ミスすることあるじゃん?自分が考えたり思ったりしてることが正しいとは限らないんだし、そもそも”正しい”ってなに?って話だし。自分の親のことだからあまり悪く言いたくないけど、”絶対評価の正解”ばっかり押し付けられたら、そりゃ娘の行動だって歪むよっ」

 

 爽はただ絢音の顔に視線を向けると、

 「そんなの、僕だったら耐えられないよ……」

 なんとも言えない表情で素直な感想を口から漏らした。

 「ホントだよねっ」

 絢音はあっけらかんと言いながら、爽の方に身体を振り向くと、

 「中学に上がった頃くらいからかな。”失敗したら一発退場”みたいなことばかり言われてきたけど、それって私の中でとてもプレッシャーだったし、正直言って辛かった」

 

 両親の顔が頭に浮かんだのか、少し辛さが混ざった苦笑いを浮かべながら絢音は続ける。

 「でもこの学校に合格した時は、親も喜んでくれたんだよ?だけど、現実はもっと辛くなるばかりだったんだ」

 絢音の言葉に、爽はハッと気づかされる。

 爽達が通う悠久高校は、県内有数の進学校――今までの”確かな正解があった”学びから、”正解を見つける”までを踏み込むこの学校の学びは、そもそもの教育方針が違う。

 間違い続けてでも、答えを模索し続ける強さを養うことを目的にしているこの学校の試験制度のなかで、常に満点なんて現実離れした成績の維持は難しい。

 

 当然、絢音の両親が求める成績をクリアできないのは必然的で、決して絢音の努力不足ではない。

 むしろ9割以上の正答率を維持しながら、学年でトップの成績を収めているのは、それこそ彼女の努力の表れだ。

 そんな評価されるべき絢音の頑張りを、一番そばで否定され続ける――その残酷で辛い現実の中で行きつく行動に、爽はすべての辻褄が合った気がした。

 

 「っ……、だから笹川さん……」

 「うんっ、正解」

 爽の悲痛交じりの納得に、絢音は淡々と続ける。

 「ホントに最初は、ただ鬱憤みたいなのを晴らしたかったんだ。でもいつの間にか、私にとってアソコが”居場所”になっちゃって……、あとはお分かりのとおり」

 

 後半に冗談めかして言う絢音だったが、その視線は遠い山を向いている。

 一方の爽は段々と胸が締め付けられるような感覚に苛まれ、ずっと伝えたかった事を口にした。

 「笹川さん」

 「んっ? 何かな?」

 「ずっと、ごめん……」

 意外な言葉だったのか、絢音は苦笑いを浮かべながら、再び爽に向かって振り返る。

 

 「えっ、なんで爽君が謝る必要があるのっ?」

 「僕さ、笹川さんが裏垢やってるって聞いた時に、正直一方的だけど寂しいんだって思っちゃったんだよね……」

 言葉の続きを察した絢音は、優しく笑みを浮かべて爽の言葉の続きを待つ。

 「ただのクラスメイトにしかすぎなくても、もし笹川さんが何かに追いつめられているなら、正直放っておけなかったんだ。でもそれって、結果的に余計なお世話だったよね……」

 「それは違うよ」

 迷いのない断言に、爽はふと絢音に視線を向ける。


 「正直なこと言っちゃうと、爽くんの気持ちは薄々感じてはいたんだ。だけど私が天邪鬼になっちゃって、自然と爽君にそっけない態度になっちゃってたんだよね……。言ってて気づいちゃったけど、私ってすごく嫌なやつだったねっ」

 自傷交じりに言いながら、絢音はさらに続ける。

 「でもそんな嫌なやつだった私に、めげずに声かけてくれていたのは、爽くんだけだった。だから、ありがとっ」

 

 力みを感じさせない絢音の素直な感謝に、爽はひとまず、

 「……どういたしまして、って言っていいのかな……?」

 と、一度受けとめながら、悪手とは感じつつも彼女に疑問を返す。

 

 これに絢音は少し不満げな表情を浮かべると、

 「それは一番ない答えだねっ」

 「じゃあどう答えたらよかったのっ?」

 絢音は爽のやや後ろに潜む人影に一瞬視線を向ける。

 するとふと爽の顔に近づけると、

 「モテモテな爽くんなら、分かるんじゃないかなっ?」

 少し背伸びしながら、グイっと顔を寄せる絢音。

 爽が少し顔を寄せれば、お互いの唇がくっつく距離だ。


 これに爽は顔をポッと赤らめて、

 「い、いやっ、僕はまだそういうのはっ――」

 言葉に逆らうように、近づいてくる絢音の整った顔。

 爽はどうしようもなくなって、反射的に目を瞑った――その時だった。


 「ストーップッ!! アヤっ、それ以上は流石に見過ごせないからっ!!」

 美鈴は叫びながら、二人の間に割って入る。

 「み、美鈴っ!? いつから……ってよりも、何処から……」

 爽が驚きに目を丸くさせながら、

 「た、たまたまトイレに行こうとしてただけっ!」

 「ふーんっ」

 絢音は挑発的な目で美鈴に視線を送る。

 

 「な、なによっ」

 「やっぱり美鈴ちゃん、可愛いなぁって」

 「どういう意味っ!?」

 慌てた口調で問う美鈴に、絢音は彼女の耳もとで爽に聞こえないように耳打ちする。

 「爽君が応えてくれてたら、ライバルだったかもねっ?」

 冗談めかして言う絢音に、「グヌヌっ」と美鈴は顔を赤らめると唸る。

 美鈴が後ろから着けていたことを分かっていながら、絢音はとんでもないいたずらを仕掛けてきた。

 

 「やっぱり私、アヤのこと嫌いっ!」

 プイっと不貞腐れながら一人サイトに戻っていく美鈴。

 これに絢音は「もぉ!冗談だってばぁ。許してよ美鈴ちゃーん!」と後を追いかけた。

 一人置いてきぼりを喰らった爽。

 「ホントにもう、僕にできることなんて、ないのかな……」

 言葉とは裏腹に、その口調は何処となく暖かい。

 そして爽も遅れて、相変わらずじゃれ合いながらサイトに戻る彼女たちの少し後ろを、ゆっくり戻っていくのだった。

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