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道具自慢は、ほどほどに

 男子たちが温浴から上がったのは、サイトを離れて約一時間半が経過した頃。

 時刻は午後四時半過ぎだが、6月の夕方はまだ日が高い位置にあった。

 宏太たちが拠点としているBサイト付近は、3人が風呂に行く前よりもテントの数が増えており、焚火を楽しむ人におやつを食べている人と過ごし方は様々だ。

 

 「ただいまぁ」

 貞夫は代表して、タープ下でゴソゴソと作業をしている女子たちに声をかける。

 「おかえりなさい。お風呂はどうだった?」

 貞夫のギアケースを漁っていた由奈は顔を上げると、いつもの笑顔で彼らを出迎えた。

 

 「なんか、すごかったです……」

 「無駄にハイテクで、めっちゃ綺麗だった」

 爽と宏太が率直な感想を口にする。

 そんな彼らの反応に由奈は首を傾げると、 

 「綺麗ですごいのは分かるけど、ハイテクって?」

 「脱衣所の入り口のことだよ。ほら、ロッカーキーでドア開けるやつ」

 娘の率直な疑問に、貞夫が簡潔に答えた。

 

 「あぁ、そういえばお父さん言ってたっけ」

 「由奈たちも気をつけろよ。アレ、一生は入れないかもってビビったから」

 「そうだね。ちゃんとスタッフの人に聞いておこうかな」

 宏太は自分の体験談をもとに忠告すると、彼が困惑している様子を想像したのか可笑しそうに笑う。

 一方で貞夫は、タープ下の様子が少し変わっていたことに気づくと、

 「あれっ?もしかしてジャグに水入れておいてくれたのかい?」

 「うん、スプーン作り終わってから暇だったから、できることは2人に手伝ってもらいながらやっておいたよ」

 

 由奈が言う通り、貞夫のテーブル横には水のタンクが既にセットされており、本体の周りには軽く水滴がついていた。他にも調理に必要な道具から、車の中にあったはずのクーラーボックスまでセットされていて、すぐにでも夕食の準備に入れそうだ。

 

 そんな女子の面々の手際の良さに、

 「それは助かるよ」

 貞夫は驚きながら少しテンション高く、愛娘を称賛する。

 だがふと、「ってあれ、あの二人はどうしたんだい?」

 美鈴と絢音の姿が見えないことを由奈に問う。

 「絢音ちゃんは今お手洗いで、美鈴ちゃんはちょうどテントの中で探し物してるみたい」

 

 由奈が言い切るが速いか、

 「おかえりなさいっ!」

 美鈴はタイミングよく男子3人に言いながら、テントの隙間から顔だけ出して出迎える。

 「ただいまって……、美鈴、何してるの?」

 爽は何か企んでいると言わんばかりの美鈴の様子に、恐る恐ると尋ねた。

 

 「ふふーんっ、じゃーんっ! どう? 似合うかなっ?」

 ちょっとあざと目な効果音を口にしながら、美鈴は全身を爽に見せつける。

 そこには水色を基調として、デフォルメ化されたイルカのデザインが可愛いエプロンを身に着けた美鈴の姿があった。

 今にでも「ご飯にする?」からのお決まりの冗談を言い出してきそうな様子で、美鈴はいつものポニーテールと一緒に、エプロンの裾をフリフリとしている。

 元が美少女といっても差し支えない美鈴の容姿に、普段はまず見られないエプロン姿。

 

 爽耳の端に熱が帯びていくのを感じながら、やや地面に視線を落とすと、

 「に、似合ってる……」

 本心からの感想をぼそりと口から漏らした。

 

 そんな爽の反応が意外だったのか、仕掛けた側の美鈴まで恥ずかしそうに静かになる。

 二人の何処か甘酸っぱいやり取りに、大人サイドもすっかりとかける言葉が見つからないまま、ニヤニヤとして見守っていた。

 

 だがそんな空気を、ここぞとばかりに、

 「糸川さん、初々しいとこあるんだねっ」

 「なっ!? どこから湧いてっ――」

 突如もう一人の女子生徒――笹川 絢音が割って入る。

 「糸川さんがエプロンフリフリしてた時からだよっ?」

 「それって最初からじゃんッ!」

 美鈴がプリプリとした感じで抗議の声を上げる。

 それをなんてことがない様子で笑う絢音の雰囲気は、周りに遅れて木を削っていた時と比べてもだいぶ自然になったと爽は思った。

 

 「うんうん。やっぱり生徒同士の青春はいいねぇ。傍からみてニヤニヤできるよ」

 「校長、アンタいつか干されますよ……」

 校長のそんな戯言に、宏太は呆れ交じりに言いながらジト目を向けるのだった。

 

 *

 

 「時間もいい感じだし、カレーだけでも煮込み始めちゃおうか」

 貞夫は言いながら、傍らからハードケースに入ったアウトドア向けのコンロを取り出す。

 「うわッ、イカツッ」

 「なんか、高そうですね」

 宏太と爽は口々に言いながら、若干引き気味に言った。

 真っ黒なハードケースに収められているそれは、まるで映画に出てくるような武器でも入っていそうなほど剛性さを感じる見た目だった。

 爽が”高そう”と口にしたのも、無理はないだろう。

 

 だが貞夫は笑いながら、

 「意外とそうでもないんだよ。確か1万円もしないで買えたかな?」

 「いや、高ぇーよ」

 貞夫の狂った金銭感覚に、宏太は敬語も忘れて突っ込んだ。

 

 「そうかな……? でも他のコンロとか倍近いのもあったりするんだよ……? それに比べれば……」

 「まさか、これも最近買ったの?」

 額に少し冷や汗を浮かべながら弁解を図ろうとする貞夫の言葉に、由奈がいつものジト目で問う。

 

 「ち、違うよ……。これは前から持ってたもので――」

 「そういう割には……」

 「結構綺麗ですねっ」

 貞夫は尚も悪あがきを試みるが、爽と美鈴の鋭い指摘に表情を強張らせる。

 

 爽達が指摘した通り、”前から持っていた”という割には、ケースやコンロ本体に目立った傷や汚れが見当たらない。

 

 「そ、それは……、1回使ってから、それきり大切に保管していたからね……。ほら、現行の型よりも少し変わったところあるだろう?」

 貞夫は慌てた様子でスマホを操作すると、某有名ネットショッピングサイト内で売られている同等の商品画像を周囲に見せつける。

 

 だが他のメンバーは特に気にした様子もなく、

 「1回きりて……、もったいな……」

 宏太の当然の感想に、周囲は同意とばかりに頷いた。

 

 「け、結局ソロキャンなら小さいバーナーで十分だし、煮込み料理だって冬にストーブの上でしかしないから出番がなかったんだっ。でも今は現に役に立ってるだろう?ほら、備えあれば憂いなしって言うじゃないかっ……」

 貞夫はあくまで自己防衛に徹するように言葉を紡ぐ。

 だがこの時の宏太は、不思議と今この状況だけは、貞夫が周囲とずれた感覚を持っていると確信を持てていた。

 

 宏太はこれ以上追い込むような事を言わず、

 「こりゃ、相当道具ため込んでそうだな……」

 そんな素直に感じた憶測を口に漏らす。

 宏太の一言に案の定、「はぁ……」と、由奈は呆れたような深いため息を漏らすと、

 

 「帰ったら一緒に断捨離しようね? お・と・う・さ・んっ?」

 表情はいつもの柔らかさをそのままに、口調だけ少し強めて貞夫に投げかけた。

 

 「いや、だから備えた方がいいものも――」

 「ねっ?」

 尚も反論しようと試みる貞夫の言葉を、たった1文字程度で言い伏せる由奈。

 実の娘から発せられる異常な圧に、流石にもう自分に分がないと感じたのか、

 「は、はい……」

 貞夫はしゅんと弱々しく肩を落とした。

 

 あまりにも見ていていたたまれないその光景に、

 「弱い、弱すぎるよっ……、校長せんせー……」

 絢音はボソッと、呆れ交じりの苦笑いを浮かべながら溢すのだった。

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