表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/34

隠れた気配は、不安ばかり

 「ここもまた、スゲェな……」

 脱衣所に入ってすぐ、またも宏太は高級感あふれるその内装に驚きの声を漏らした。

 ダークウォールナット色のロッカーに、暖色系の間接照明に照らされた室内。

 おまけに宏太達が指定された列のロッカーの端には、埋め込み式の給水所まで設けられていて、使い捨ての紙コップと自動開閉式のごみ箱まで装備されている。


 とても清潔さを思わせる印象の内装と整った設備にサービスーーそれはまさに【フィールドスパ】の名にふさわしい高級感を肌で感じることが出来る脱衣所だった。

 「確かに……。これなら入り放題で数千円も頷けますね……。正直一生、縁がない場所だと思ってた……」

 爽もまた宏太に続いて、関心交じりの声を漏らす。

 キョロキョロと辺りを見渡しながら、脱衣所を歩く宏太と爽。


 貞夫はそんな彼らに、

 「さっきから君たちは、驚いてばかりじゃないか」

 と、またも得意気な口調で笑った。

 

 とはいえ未だ場違いな感覚をぬぐえないまま、ビギナーの二人は貞夫に続くように自分のロッカーを探し当てるとカギを開ける。

 3人は同じグループとして一緒に受付を済ませたはずだが、何故かロッカーの位置は皆バラバラだった。

 宏太と貞夫はロッカーの島こそ同じだが、爽に至っては同じ通路の挟んで反対側の列に割り当てられている。

 とはいえ宏太たちは特に気を留めることもなく、各々指定されたロッカーのカギを開けて、自分の服を脱ぎ始めた。

 それからしばらくして、一番最初に準備を終えた爽が教師陣二人に声をかける。

 「先生、僕先行きますね」

 「おう、俺らも―――」

 宏太は言いながら爽の方へと振り向くと、目の前のあまりにも衝撃的な光景にショックを受け、途中で言いかけながらも絶句した。

 続いて一人分のロッカーを挟んで隣に立つ貞夫は、不自然に言葉を切った宏太の様子を怪訝に思ったのか、彼もまた爽の方に視線を向ける。

 視線の先にあるのは、線の細い爽の身体にはとても似つかわしくない、立派すぎるシックスパック。

 「ん? どうかしましたか?」

 突然動きを止めて表情を固める宏太と貞夫に、爽は怪訝そうな表情で呼びかけた。

 「い、いや……。何でもないよ。僕たちもすぐ行くね」

 貞夫はなんてことが無いように答えると、自分のロッカーがある正面に顔を戻す。

 一方の宏太は、未だ信じられないものを見てしまったと言わんばかりの表情で、爽の全身を上下に視線を動かしていた。

 

 相変わらず解せない様子の爽は、

 「それじゃあ、お先です」

 言いながら脱衣所のロッカーを後にする。

 

 爽の姿が見えなくなったころを見計らい、

 「校長……」

 「あぁ……。言いたいことは分かる……」

 宏太と貞夫はお互いに視線を見合わせると、

 「アイツ(菅谷君)、意外とゴツイっすね(立派だったね)……」

 顔を見合わせて二人は、同時に内心を口にした。

 

 「可愛い顔してるクセして、あんなの反則だろ……」

 「意識しても仕方ないことなんだろうけど、あれは考えさせられるね……」

 「ま、まぁ……。男の価値は腹筋だけじゃねーっすから……」

 「それは最もだけど、彼は性格も穏やかでいい子だからねぇ……。でもまぁ、僕はもう棺桶に片足突っ込む用意しなきゃいけない頃だし、今更気にしてもしょうがないかな」

 苦笑いを浮かべながら、どこか自嘲的に言う貞夫。

 

 「校長、それは流石に笑えねぇ……」

 「あぁ、僕も言ってて虚しくなったよ……」

 何処かいたたまれない空気が一瞬二人を包む。

 とはいえずっとこのまま固まっている訳にもいかず、二人はノソノソと服を再び脱ぎ始める。

 そしてようやく全裸になると、教師二人はお互いに腹を気持ち引っ込ませながらタオルで覆った。

 

 「俺たちもさっさと行きましょ」

 「そうだね……」

 こうして宏太と貞夫は、己の男としてのシンボルに対して益体もないことに頭を巡らせながら、高級感漂う脱衣所を後にしたのだった。




 

 洗い場で宏太たちが爽と合流すると、3人は揃って身体についた汗や汚れを簡単に洗い流して、早速内風呂の中へ身体を沈めた。

 この施設の温浴は、屋内に内風呂と水風呂が一つずつと、屋外の露天風呂が一つの計3つ。

 数や種類こそ少ないが、今宏太たちが浸かっている内風呂は、かなり広くゆとりがある。

 おまけに彼らの正面には特徴的な大きなガラス窓があり、正面に見える”はず”の山々や田畑といった景色と解放感は随一だろう。

 「けど正面が茂みなのは、なんか残念っすね……」

 「反対側の浴場は景色が開けているんだけどねぇ……。まぁ、目の前に濃い緑があるのも、目に優しくていいじゃないか」

 宏太の何処か不服そうな声に、貞夫は苦笑いを浮かべながら軽い調子で宥める。


 そして貞夫は肩まで湯の中に浸かると、

 「ふはぁ……。やっぱり設営後の温泉はいいねぇ~」

 年相応の親父臭さを感じる口調で自然と声を漏らした。

 頭にタオルを乗せながら、貞夫はあまりにも心地が良いその湯の温度に、口をだらしなく開けている。

 いかにも普通のおっさんといった貞夫のその様に、爽と宏太は苦笑いを浮かべながらも、彼らもまた日々の疲れを湯の中に溶かしていく。

 

 時刻は午後3時を回ったころ。

 浴場内はピークの時間帯から外れていることもあり、貞夫たち以外に内風呂にいるのは初老の一人客と、子供連れの親子の2組しかおらず、比較的静かな時が流れている。

 そんな落ち着いた浴場内で、同好会の男子メンバー3人はそれぞれの感慨に更けりながら、目の前に広がる木々をボーっと眺めていた。

 

 「そーいやアイツら、そろそろスプーンできた頃っすかね」

 宏太はふと、今もタープ下でブッシュクラフトを続けているであろう美鈴たちについて声を漏らす。

 「どうだろう。意外とあの子たち、不器用なところがあるみたいだからねぇ」

 苦笑交じりに貞夫は言うと、

 「けれど、あれもまたあの子たちの個性だからね。ただ笹川さんの芸術分野の成績だけは、気に留めてあげた方が良さそうだ」

 「そうっすね。前期は試験なかったから気づけなかったけど、アレは後期の成績ちょいと下がるかもしんねぇな……」

 貞夫の軽い冗談に、宏太はゲンナリとした表情で真に受けた返事を返す。

 

 そんな教師二人の会話に、爽は「あはは……」と乾いた笑いを漏らした。

 

 一方で貞夫は、爽の何処か不安そうなその様子を目に、「んー……」としばし逡巡した様子を見せると、

 「そういえば、宏太君」

 「んー、なんすか?」

 「糸川さんは元々、笹川さんをこのキャンプに誘っていたのかい?」

 唐突に含みのある疑問を宏太にぶつけた。

 

 温泉の心地よさで完全に油断していた宏太は、冷や水を急にかけられたかのような驚きに表情を固める。

 「な、なんすかいきなり……」

 「いや、ふと気になっただけだよ。昼食の時もそうだったけど、かなり打ち解け合ってる感じだったからね。でもあまりにも急だったから、実際のところはどうなのかなって気になっていたんだ」

 

 そんな貞夫の当然ともいえる純粋な疑問に、宏太は内心で(コイツがいる前でわざわざ聞くなよッ!)と冷や汗交じりに悪態を吐く。

 同時に宏太はキャンプ前の事前調整で、美鈴と二人だけで話した会話の内容を思い出す。

 

 『笹川さんがここまで追い込まれたのって、爽くんにも原因あると思わない?』

 『爽くん、何度か笹川さんに勧誘してたでしょ? ああいうのって、本人にはプレッシャーになるの。裏垢やってた時の私なら、あまり関わりがなかった男子から同じことされたら、正直しんどい』

 

 あの時美鈴が口にした爽に対する評価は、今朝絢音が吐露した本音を含めて確かに的を得ていた。

 爽の優しすぎる手の差し伸べ方は、絢音の少し曲がった自尊心をさらに傷つけてしまい、結果堕ちる寸前まで追い込んでしまったのは事実。

 とはいえ爽の行動は、間違っていたわけでもない。むしろ道徳の教科書でもあるような、模範的な行動と言っても過言ではないだろう。

 だけどそんな正しいと思っていたはずの爽の行動は、現実として結果的に一番の悪手だった。

 

 (んなこと、本人がいる前で言えるわけねーだろ……)

 宏太はふと爽に視線を向けてみる。

 そこには何処か怯えが混じったような、不安に満ちた表情で答えを待つ爽の視線があった。

 

 宏太は助け舟を求めるように、貞夫の方へ視線を向けなおす。

 だがそんな宏太の意図を察していたのか、“説明してあげてもいいんじゃないかな?”と、ただ宏太の言葉を待つように横目で宏太の様子を捉えていた。

 (このジジィ……、どうなっても知らねぇぞ……)

 

 宏太はやや間をおいて、全身の空気を吐き出すように溜息を溢す。

 そして絢音が裏垢を持っていることから、美鈴の作戦で危うい場面は多々ありつつも、とりあえず同好会の活動に参加させるに至るまでを説明した。

 一応暗に(爽が絡んだせいで、絢音が一方的に堕ちかけたわけじゃない)とフォローを入れつつ説明するが、爽の表情は少しずつ苦痛に満ちたものに染まっていく一方だった。

 

 結局、爽の内心の不安を和らげることは出来ないまま、宏太はキャンプ場に行き着くまでの経緯を説明し終える。

 「って感じで、アイツらはむしろ最初からバチバチに言い合ってた感じだったな……」

 

 なるべく平然を取り繕いながら、宏太は自分が感じたことを含めて言い切った。

 「……っ」

 「なるほどねぇ……」

 お湯越しに伝わる爽の動揺と、貞夫のどこか投げやりにも聞こえる一言。

 それきりしばらく3人の間に会話が消える。

 そんな空気の中、宏太は(おい、この空気どうすりゃいいんだよ……)と内心でまた悪態を吐いた。

 

 今まで気にもしなかった小さな環境音が、未だ沈黙を守る彼らの輪の中に入ってくる。

 小さな滝のように流れ落ちるお湯の音と揺れが、今の宏太にはやけに大きく感じた。


 「でも……、今の美鈴たち、仲良さそうでしたね……」

 ようやく口を開いた爽は、何処か自分を責めているかのような口ぶりで漏らす。

 

 あまりにも予想通りすぎる爽の反応に、宏太は何も言えなくなってしまう。

 案の定、美鈴が懸念していた通りの結果に行き着いた。

 一方の宏太は、目の前の生徒にかけるべき言葉を見つけられないまま、目をお湯に伏せることしかできない。

 (これ以上、俺はコイツに何言えるんだよ……)

 宏太がそんな自責の念に駆られていると、

 「確かに、アレはまるで姉妹みたいだったねぇ」

 いつもと変わらない口調で、貞夫がなんてことの無い表情で口にした。

 

 そんな貞夫の言動に、宏太は(はっ?)と驚きと困惑が混じった表情で反応した。

 まるで空気が読めていない貞夫の言葉に、爽も案の定苦痛の表情を強めている。

 

 反射的に宏太は険しい表情を貞夫に向けるが、貞夫はあろうことか再び口を開く。

 「けれど、糸川さんの連れ出し方は、乱暴で危なすぎるところが多くて、正直ヒヤヒヤしちゃったよ。学校長の立場としては、あまり褒められたやり方じゃないかな」

 意外な話題の方向性に、宏太と爽は思わず身体を身構える。

 

 二人の何処か不安そうな表情に、貞夫はさらに続けた。

 「でもまぁ、過去に似た境遇を持つ糸川さんだから、笹川さんが求めていた形に、近いところまで行けたのかもしれないね。結果論でしかないけど」

 「求めていた、救い方……?」

 爽は純粋な疑問を口にするが、宏太はこの時ようやく、貞夫の言葉の真意に気付いた。


 (なんでこんな簡単な事、気づけなかったんだよ……)

 美鈴の絢音に対する強引すぎる態度も、貞夫が爽の行動に情を挟もうとしなかったのも――今まで宏太は口には出さなかったものの、モヤモヤとした違和感があった。

 何故、誠実な行動をしてきたはずの爽が認められずに、美鈴の行動が結果を出して評価されているのか?

 それはこの一件でずっと、宏太の内心にあった違和感だった。

 だが貞夫のその一言は、そもそも自分たちが――この問題の“見方そのもの”を間違えていたのだと、宏太に気づかせるには十分だった。

 

 ふと宏太は貞夫に視線を向ける。

 貞夫はいつもの表情ながら、(やっと気づけたかな?)と言わんばかりのアイコンタクトを宏太に向けていた。

 

 宏太は深く溜息を吐く。そして簡潔に、

 「要するに、”笹川は優しくするより、挑発するくらいがちょうどいい”ってことだ」

 貞夫が使いそうな臭いセリフを選ばずに、爽に結論だけを答えた。

 

 「挑発、ですか……?」

 尚も言葉の真意まで掴めきれていない様子の爽に、宏太は「あぁ……」と続ける。

 「菅谷は相手を尊重した行動ができてる。それはめっちゃ長所だけど、言い換えれば相手のペースに合わせすぎてんだよ」

 宏太のその一言に、少しずつ爽の表情が何かを掴み始めている様子に変化していく。

 そこで宏太は、もう一押しと言わんばかりに、

 「対して糸川は、クソ生意気で無遠慮に踏み込んできやがる。普通ならめっちゃウザくて嫌なやつだけど、越えちゃいけない線”だけ”は、妙に分かってやがるんだ」

 ほぼ結論と言っても過言じゃないその一言に、爽はようやく宏太の言葉の意味をすべて飲み込んだ。

 

 相手が心を開くまで、辛抱強く手を差し伸べる強さ。これは紛れもなく爽の長所だ。

 だけどこの方法だけが、相手の悩みを救い出せる唯一の方法ではない。

 ――藪をあえて突いてでも、相手に嫌われる覚悟で自分を踏み台にさせる覚悟。それは、美鈴という人間だからこそ選べたやり方だった。

 決してどちらかが間違いで、正解ということはない。

 今回の絢音の一件に限っては、美鈴のやり方の方が相性が良かった――そんな事実に気づかされた爽は、ようやくその表情を少し緩ませる。

 

 「そっか……。そういうことなら、僕は役には立てなかったですね」

 どこか自嘲的に言いながら苦笑いを浮かべる爽だが、決して先ほどのような思いつめた様子はない。

 だが空かさず宏太は、

 「んなことはねーよ」

 「えっ……?」

 「今までのお前の行動がなきゃ、糸川はここまで動こうとしなかった。これはアイツが直接言ってたことだから間違えねーよ。糸川は笹川のために行動したってよりも、むしろアイツは自分のためにいろいろと動いてたからな。振り回される側はたまったもんじゃねーけど」

 宏太が言葉にした事実に、爽は何故か少し顔を赤らめた。

 

 とはいえまだ引っ掛かりがあるのか、爽は多少誤魔化すように、

 「なら僕は、笹川さんのために出来ることはないんでしょうか……」

 実に彼らしい別の不安を口にした。

 

 「そうだねぇ」

 貞夫がわざとらしく考える素振りを見せると、

 「強いて菅谷君が出来ることを言うのであれば、今宏太君が言った笹川さんの”裏垢の話”について、知らなかったフリをすること、かなぁ」

 そんな爽が一番苦手とする”見過ごす”スタンスを示してきた。

 「笹川さんは今、菅谷君が裏垢の存在を知らないって思っているんだろう? ならその立場を貫いたほうが、今の彼女にとっては余計なノイズも増やさずに済むだろうからね。菅谷君とも関わりやすくなってくる……、と、私は思うよ」

 

 爽は真正面から貞夫の言葉を、難しい問題に対峙した生徒そのものといった様子で受け止める。

 貞夫の言葉自体は、爽本人にとっても納得できることが多い。

 

 (だけど、”自分だけ”全部知っててそんな関わり方、なんかアンフェアじゃ……)

 与えられた一つの正攻法と、そんな後ろめたさともいえる爽の違和感。

 

 「んー……」と何処までも真剣に悩む純粋無垢な好青年を前にして、貞夫と宏太はいかにも爽らしいその反応に、成長の兆しを期待するのだった。

 

今回は割と真面目なエピソードになってしまいました。

ですが菅谷 爽というキャラクターにとって、今回のエピソードは今後の女子たちとの関りを持つうえではとても重要な位置づけになるのではないかと思います。

執筆していながら、今後の爽を作者である自分ですら応援したくなるような主人公の一人になってきているかと思います。

絢音の家庭環境、美鈴の複雑な恋心、由奈の貞夫に対する呆れ、そして宏太の教師としてのスタンス。問題を抱えてばかりのキャラ達ですが、皆自分の足で未来を歩もうと奮闘する主人公たちです。


どうか、最後まで一緒にそれぞれのキャラクターたちの未来を応援していただけたら嬉しいです。

次のエピソードは割と明るい雰囲気に戻ると思いますので、相変わらず賑やかなキャラクターたちにも注目していただけたら幸いです。

一応、上手く進めば明日はそこそこエピソードをUPできると思います……多分。

それでは、次回の更新をお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ