場違いメンズは、驚きばかり
Bサイトの端から歩くこと5分。
貞夫、宏太、そして爽の3人は、キャンプ場の受付をした建物とはまた別の施設に到着した。
駐車場の入り口には、【FIELD SUITE SPA HEADQUARTERS Snowpeak】と、ステンレスの抜き板で施された上品な看板設置されており、明らかに高級感漂う建物の入り口が彼らを出迎える。
鉄筋コンクリートの無骨な印象と、透明感あるガラス張りのエントランス。
全体的な建物の雰囲気は、受付をした時の建物とほとんど変わりはない。
だが一つだけ、この温浴施設だけに施された装飾に、爽と宏太は驚きに目を丸くした。
「す、すげぇ……」
「これ、全部薪ですか?」
宏太と爽が口々に溢す。
「そうだよ。この屋根についているのは全部、本物の薪らしい」
爽の疑問に、貞夫は得意気に答えた。
貞夫が言うように、今爽達の前に立っている建物の屋根裏には、無数の薪が一面を覆うようにぎっしりと吊るされている。
冷たく無骨な印象のコンクリートに、自然を象徴する木々の組み合わせ。
それはまさに、自然の温もりと現代の人工物の良さが共存するように混ざり合っていた。
自然の中にも快適で品を感じられる環境との両立を見事実現しており、まさにこのキャンプギアメーカーのコンセプトとも取れる雰囲気は間違いなく唯一無二だろう。
「な、なるほど……」
貞夫の説明に、爽は感嘆の声を漏らし、
「けどコレ、火事になったら見るに耐えないっすね……」
宏太はまじまじと吊るされた数々の薪を見ながら、そんなブラックめな冗談を口から滑らせた。
もしこの場にあの女子3人が居たら、『まぁたせんせー、空気読めない事言ってるぅ』と美鈴辺りにでも突っ込まれそうなものだが、この場にそんな情緒を細かく気にする者はいない。
「まぁまぁ、驚くのはまだ早いよ。さぁ、早く行こうじゃないか」
貞夫は言いながら、エントランスへ向かって先陣を切る。
宏太と爽は彼の後ろに続くように、高級感漂う慣れない施設の中へと足を踏み入れるのだった。
*
キャンプ場併設のこの温浴施設は、結論から言えばかなり多彩な設備が整っていた。
受付前には小さなショップと、同じフロアには小洒落たカフェ。肝心な浴場は地下の階段を下りたフロアに位置し、同じ階層に簡単なバーベキューを楽しめるレストランが併設されていたりと、この温泉を目的に来る利用者も珍しくない。
とはいえやはり、利用者の半分以上は貞夫たちのようなキャンプ場利用者ということもあり、行きかう人たちの衣類からは稀に木材を燃やした特有の匂いが宏太たちの鼻を刺激した。
「校長、焚火って結構匂い移るんすか?」
宏太の素直な疑問に、
「そうだね。正直結構焚火臭くはなるかな」
貞夫は苦笑いを浮かべながら答える。
「焚火の匂いって、洗濯で落ちるんすか?」
「んー、どうなんだろ。正直気にしたこともなかった」
宏太のあまり似合わない疑問に対して、貞夫は本当に今まで気にしたことがなかったのかよく分からなそうな表情で唸る。
そんなやり取りをする教師陣に、爽はふと貞夫に対して感じていたことを口にした。
「でも普段の校長先生って、なんか森っていうか――此処の空気と似た匂いですよね」
貞夫たちがいる温浴施設の受付は、薪や松の香りをかなり圧縮させたようなアロマ系の匂いが漂っている。
このフロアに漂っているほど強くはないにしても、貞夫は普段からどことなく緑を感じさせるような落ち着いた匂いがすることが多いと爽は感じていたのだ。
「そんな匂いしている? だとしたらちょっと強すぎたかな?」
「いやっ、全然気にならないっていうか、むしろ校長先生らしい感じがします」
「言われてみれば菅谷の言う通りだな。確かにこの匂い、校長らしい感じするわ」
貞夫の不安そうな語尾に、爽と宏太は口々にポジティブなニュアンスで返事をする。
決してお世辞ではなく、2人とも本心からの言葉だった。
「そうか。なら安心したよ」
貞夫はホッと肩の力を抜くように安堵の表情を浮かべる。
そんなこんなで軽く受付前のショップを散策した後、ようやく宏太たちは受付を済ませ、靴箱兼ロッカーのカギとタオルセットが入った袋を受け取った。
貞夫曰く、このタオルセットは入浴するたびに新しいのを貸し出してくれるとのこと。
「自前でタオル用意するところだと、濡れたタオルの管理とか面倒だからね」
浴場に繋がる地下の階段を下りながら、そんなことを後ろに続く二人に教えてくれた。
そして地下に位置する脱衣所前に到着すると、3人はそこで下足を脱ぐ。
スムーズにスニーカーを脱いだ宏太と爽だったが、
「すまない、靴紐が絡まったみたい。二人は先に行っててほしい」
貞夫は言いながら、普段はあまり履きなれていないであろう綺麗なスニーカーの紐と格闘していた。
宏太と爽は口々に「了解です」と言い、先に下駄箱に靴をしまう。
再び脱衣所の入り口に移動すると、ようやく靴を脱ぎ終えた貞夫は入れ替わりで下駄箱のあるスペースに駆け込んだ。
「ほんとに、キャンプが大好きなんですね」
爽が苦笑いを浮かべながらも、はにかんだ様子で口にする。
「まったくだ。でも大人になってもあんな風に居られるのは、校長らしいっちゃらしいわな」
宏太も口調こそ相変わらずなものだが、その声音は尊敬ともとれる温度を感じさせるものだった。
「まぁ、入り口にずっといるのも邪魔だし、先入っちまうか」
宏太の提案に「そうですね」と爽も肯定する。
この温浴施設は日替わりで男湯と女湯が入れ替わるのだが、この日は向かって左側が男湯の日だ。
いよいよ、脱衣所のロッカーへと足を踏み入れようと自動ドアの前に爽が立つ。
だが――、
「あれっ?」
「どうした?」
「扉、開かないんです」
明らかに自動ドアにしか見えないガラス張りの扉は、爽が前にしても開く気配がなかった。
「んなことあるか?」
宏太は怪訝そうに爽の元に近づく。
扉の前に二人の男が立ったにも関わらず、相変わらずガラス張りのソレはびくともしない。
「マジじゃん……」
扉にはもちろん取っ手はなく、ふと宏太は扉の上に視線を向けてみるも、そこには確かに自動ドア特有のセンサー装置がひっそりと存在している。
「壊れてんじゃねーか……?」
宏太が疑惑を口にした刹那、隣の女湯の扉がスーッとひとりで開く。
そこから湯上りであろう女性客2人が、「気持ちよかったねー」と少し湿った髪を気にしながら宏太たちの横を通り過ぎていった。
「もしかして、僕たちだけ歓迎されてないのかな……?」
爽がふと直感的に感じた不安を口から漏らす。
だが同時に、
「どうしたんだい?」
貞夫が扉の前で立ち尽くす二人を前に、不思議そうな様子で尋ねた。
「校長、此処の自動ドア壊れてるみたいっすよ?」
宏太は少し熱がこもった声で貞夫に訴える。
これに貞夫は、”しまった”と言わんばかりの表情を浮かべると、
「あぁ、そういえば説明してなかったね」
未だ微動だにしない扉のすぐ前まで近づく。
「ここはこうやって開けるんだよ」
貞夫は言いながら、自身のロッカーのカギを扉脇の黒い物体に近づけた。
すると今まで開かなかった扉がようやく、宏太たちを迎え入れるようにゆっくりと開く。
扉から少し湿度を感じる空気が吹き抜け、ようやく浴場前の前室への道が開かれた。
「な、なんじゃこりゃ!?」
爽と宏太は驚きに声を揃えた。
「一応セキュリティみたいなやつが入ってるみたいでね。僕も初めて来たときは驚いたよ」
「なんつーか、めっちゃ進んでるな……」
宏太が関心交じりに声を漏らす。
爽もまた驚きのあまり「おぉ……」と言葉を失っていると、
「さぁ、早く入ろうじゃないか」
またも貞夫の背中を追うように、高級感漂う脱衣所へと3人は足を踏み入れるのだった。




