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価値は彼らの、はかり次第

 ーーブッシュクラフト。

 それは木材の破片から、ナイフなどを使って工作をするハンドメイドの一種だ。

 自然の恵みを生かして、自分の手で作り出すスプーンやコップを作るそれは、新たなギアを増やすことができるだけではなく、造り出す過程を含めて自然と呼吸が調和した感覚を味わうことができる素敵なものだ。

 

 本来であれば、その場に落ちている手頃な木片を探すところから始めるが、貞夫たちがいるキャンプ場は草原系のフィールドということもあり拾えるような木はない。

 簡単にブッシュクラフトについて説明する貞夫に、

 「材料無いんじゃ、何もできねぇじゃん……」

 宏太は当然の疑問を口にする。

 

 だが貞夫は傍らに置いてあるギアケースを漁りながら、

 「だから事前に用意しておいたよ」

 凸型に整形された木片数本を取り出して見せた。

 

 「ただの木片からやるのは少しハードルが高いからね。昨日、時間の合間を見て用意していたんだ」

 「おぉ!」

 「流石校長先生……」

 貞夫の用意周到ぶりに、美鈴と爽が素直に関心の声を漏らす。

 一方の教師陣は、

 「いや、仕事しろよ……」

 「それって、”サボっていた”ってことかな?」

 まるで糾弾するように声を漏らした。

 特に由奈の言葉に貞夫は、

 「人聞きの悪いことを言わないでほしい……」

 と、反論するがその声は何処か力がない。

 少なからずサークル同伴という大義名分のもと、勤務中に自分の趣味に時間を当てていたことに引け目は感じていたのだろう。

 そんな内心を打ち払うように、

 「と、とりあえずっ、今日はスプーンをみんなで作ってみよう!」

 貞夫は声を上げて、木片とナイフを一人一人に手渡していく。

 

 「はい、よく切れるから気を付けて」

 周りと同様に貞夫は、絢音にも木片とナイフのセットを手渡す。

 それまで所在なさげにしていた絢音は、その細い指先を初めて目にするナイフに触れた。

 刃渡り約12センチのそれは、台所で普段見る包丁とは違う物々しさがある。

 だけど丁寧に手入れされている刃先は、何処となく安心して使えそうな頼もしさを感じさせる。

 まじまじとナイフに見入っている絢音に、隣に座る美鈴が声をかけた。

 

 「なんか、笹川さんのその格好でナイフって、すっごくアンマッチだよね」

 「確かに、持ってるナイフの雰囲気が一人だけ違うかも」

 爽も遠慮がちな苦笑いを浮かべながら同意した。

 絢音の格好は白のノースリーブに薄手のカーディガンとロングスカート。

 アウトドアと明らかに対照的な服装で、本格的なサバイバルナイフを持つ少女―――危険な臭いしかしない。

 「笹川さんっ、ソレでそこのエロ教師、プスッてやっちゃえ!」

 「やめろ!縁起でもねぇ!」

 まるで小悪魔のように仕向ける美鈴の声に、宏太が叫ぶ。

 絢音は慌ててナイフを胸元から遠ざけた。

 「やらないよ……っ」

 けれど口元がわずかに緩んでいる。

 どうやら少しずつではあるが、絢音の緊張が解け始めているようで、教師陣はホッと肩を撫でおろした。

 

 「さて、笹川さんの気が変わらないうちに、工作を始めようか」

 貞夫が冗談交じりに言うと、軍手を両手にはめてナイフと木片を手にした。

 他の5人も貞夫に倣って軍手を装備すると、見よう見まねで貞夫の説明に耳を傾けながら作業を開始する。

 貞夫がメンバーに手渡した木片は、既にスプーンの持ち手と皿の位置に沿って凸型に加工されている。

 しかも今回は、貞夫があらかじめスプーンの形状をマーカーで模りしていることもあり、すぐに削りの作業に入れる状態だ。

 

 とはいえ皿の厚さや持ち手の太さ、そして何より口にする部分が皿状になっていない。

 故にこれから行うのは、スプーンの皿の形状を丸く削り出して、その上で皿状になるように加工していく作業になる。

 「皿の部分はあまり削りすぎると、貫通することもあるから気を付けてね。それと、削る時はなるべく刃の先の方を使った方が細かい作業がしやすい」

 貞夫は慣れた手つきで、ゆっくりと皿の深さを調整していく。

 均等に削られていく皿部分は、ゆっくりと理想の形状となって輪郭を露わにしていく。

 そんな貞夫のレクチャーを受けながら、他の5人はそれぞれ木片にナイフの刃を当て始めた。


 木片を削る音が小気味よくタープ下に響く。

 ほとんど全員が初心者ということもあり、貞夫に比べて皿の削りはどうしても荒がある。

 貞夫の娘である由奈は何回か経験がある事もあって、比較的スムーズに作業を進めている一方、美鈴と絢音は慣れないナイフの扱いに苦戦している。

 特に絢音は服装のせいも相まってか、削るというよりもまるで掘るようにナイフを木片にめり込ませていた。

 

 一方で意外なことに、爽と宏太は早くも皿の形状をスムーズに完成形へと近づけていく。

 そんな男子二人に、美鈴は悔しそうな嘆きと共に、恨みがましい視線を向けながら、

 「グッ、爽君と新田せんせー、意外と上手なんだけど……」

 「ほんとだ、なんか意外。一番不器用そうなのに」

 絢音も一度手を止めると、爽達が手にしている木片に視線を向けながら美鈴に同調する。

 「笹川、一言余計だっての。昔から細かい作業はよくやってたんだよ」

 宏太は作業に集中しつつ、声だけで返事をする。

 一方の爽は一度手を止めると、隣に座る宏太の手元に目線を落とすなり、感嘆の声を漏らした。

 「新田先生、ホントに上手……」

 「そういえば、無駄にお裁縫とか上手だったもんね、コウ君」

 「うっせ。ほっとけっての」

 由奈から発せられた宏太の意外な一面に、宏太は耳を少し赤く染めながら作業を続けた。

 

 明らかに少し恥ずかしそうな様子の宏太を尻目に、爽はふと美鈴たちの方へと視線を向ける。

 「美鈴と笹川さんは……、味が出てきてるね、とてもっ……」

 あははと苦笑いを浮かべながら言う爽に、

 「ムッ!爽くん、私たちのことバカにしてるでしょ!」

 美鈴が抗議の声を上げた。

 頬を少し膨らませるようにして怒っている様子の美鈴に、

 「違うよ!別に他意があったわけじゃなくてっ――」

 必死に弁解しようと慌て始める爽。

 だがそんな言葉の途中で、

 「――ぷっ」

 美鈴の隣から、小さく吹き出す声が響いた。

 次第に堪えられなくなったと言わんばかりに、絢音は堰を切ったように涙目になりながら笑い声をあげはじめる。

 「あははっ!爽くん、すごく必死で面白いっ」

 唐突で意外な反応を見せた絢音に、爽は内心で面食らいながらも不意にドキッとしてしまっていた。

 それが表情に表れていたのか、美鈴は爽の反応に目ざとく反応する。

 「爽くん、目がエロい……」

 「ち、違うよっ!? 僕はそんなつもり決してっ……」

 尚も必死に反論しようとする爽だが、その顔は少し紅潮していて言葉にも力はない。

 そんな彼の横で作業をしていた宏太はようやくその手を止めると、

 「なぁーんだ。菅谷も所詮俺らと同じエロガキじゃねぇーか」

 これまた目ざとく、爽の反応に笑いながらツッコミを入れた。

 だがその刹那、女子3人から冷たい視線が再び宏太に向けられる。

 

 「あちゃー……」

 と貞夫は苦笑いを浮かべ、爽もまたギョッとした表情で額に冷や汗を浮かべている。

 明らかにタープ下の温度が下がったその空気に、宏太はまたもとんでもない失言をしてしまったことにようやく気付いた。

 「コウ君、一回死んでみるっ?」

 笑顔で右手に持つナイフを持ち上げて見せる由奈。

 その刃先は妙に鋭く、ギラリと威嚇するように光が反射している。

 

 完全に自業自得とはいえ、本能的に自分が陥っている危機を察した宏太は、

 「よ、余計なことを口にしてしまい申し訳ございませんでした……」

 使い慣れていない敬語で、由奈に許しを請うようにそんな謝罪の言葉を口にした。

 

 「せんせーは、身の程わきまえた方がいいかもねっ」

 美鈴がいつもの調子で、だけど浮かべる表情に翳りを感じさせる笑顔を向けながら宏太に忠告する。

 これに絢音も、

 「せんせー、ホントにえっちすぎるよ……」

 呆れながらも苦笑いを浮かべながら、宏太を糾弾した。

 

 

 宏太は絢音の言葉にトドメを刺され、「うッ……」と視線を下げる。

 誤魔化すように作業を再開するも、彼が握るナイフは妙にぎこちない。

 削りも先ほどと打って変わり、完全に安定感を失っていた。

 「まぁまぁ、新田先生もまだ若いんだしそういうことも、ある……さ」

 貞夫がフォローの言葉を投げかけるも、状況が状況なだけに説得力に欠けている。

 事実言い切る前に女子たち向ける視線は、貞夫の言葉の鋭さを確実に鈍らせるほどだ。

 

 「はぁ……」

 由奈が深いため息を吐く。

 「コウ君?」

 「は、はい……」

 突然呼びかけられた宏太は、咄嗟に手を止めて顔を上げた。

 「仏の顔も三度まで、だよ?」

 いつもの声音ながら、妙に迫力のある由奈の意味深なことわざに、宏太は背筋を再び凍らせながら本気で反省するのだった。

 

 

 *


 

 作業開始から約1時間50分後。

 男子3人と由奈は順調に持ち手部分まで削り終え、ヤスリで表面を滑らかにした後に、オリーブオイルを塗りこむ作業も終盤に差し掛かっていた。

 このオイル塗りの作業は、木製品に撥水性を持たせることで、水分で本体にカビを生えないようにする重要な工程だ。

 市販されているニスや他の油でも問題はないが、ニスの場合は熱に弱いものが多く、熱いスープなどで使用するには不向きな場合が多い。

 「そもそも口に入れるものに、化学成分を塗り込むのは不安だからね。これが一番いいんだ」

 貞夫は言いながらオリーブオイルをキッチンペーパーに含ませながら、丁寧に出来上がったスプーンに塗り込んでいく。

 オイルが馴染んでいくにつれて、木肌は自然な艶を帯びて温かみを増していく。

 先に仕上げの工程に入った貞夫、宏太、由奈、爽の4人の完成品は、どれも形状に差はありつつも、ちゃんと実用の範囲に収まったスプーンの形状になっていた。

 

 「やっぱ校長、流石っすね」

 宏太がふと貞夫のスプーンに目をやると、素直な感想が漏れ出た。

 「毎年一回は作っているからね。宏太君と菅谷君だって、初心者にしてはかなり上出来じゃないか」

 貞夫は言いながら、宏太たちの方へと視線を向ける。

 

 貞夫が言うように、宏太たちのスプーンの出来は初心者にしてはかなりクオリティーの高いものだった。

 持ち手の柄を細くしすぎて折ってしまったり、スプーンの皿を薄くしすぎて穴をあけたりといった初心者にありがちなミスも特になく、形にバラつきはあれど、ちゃんと誰が見ても”木のスプーン”と言えるものになっている。

 「ありがとうございます」

 爽も嬉しそうにはにかむような笑顔を浮かべ、宏太も少し照れくさそうな表情でオイルを皿に塗り込む。

 

 それからさらに10分後。

 一通り4人はスプーンの仕上げが完了し、暇を持て余し始めた。

 時刻は大体15時くらいと、ちょうど2時間くらいで完成したことになる。

 

 一方の女子2人は、依然として持ち手の削りに集中しており、由奈の助言を受けながら慎重に刃を進めていた。

 その様子をひととおり確認した貞夫は、男子組の方へ視線を戻すと「よしっ」とふと口を開く。

 「それじゃあ僕たちは、先にお風呂にでも行ってこようか。どのみち、テントに誰かしらいた方が安心できるしね」

 「そうっすね」

 宏太が短く肯定して、爽も貞夫の提案に頷いた。

 

 他方の女子メンバーは、

 「りょーかーいー」

 「ごゆっくりー」

 と、美鈴、絢音が口々に声だけで返事をする。

 

 作業に没頭している生徒二人の様子に、由奈はクスっと笑った。

 そして貞夫が荷物をまとめ始めたのを見て、ふと何か思い出したように声をかける。

 「あっ、そうだお父さん。ついでにシェラカップとか追加した方がいいんじゃない?」

 

 今この場にいるメンバーの内、絢音だけ食器の類については用意がない。

 貞夫と由奈はともかく、他メンバーもシェラカップの数は限られていることもあり、食器の数には不安が残る。

 

 だが貞夫はなんてことが無いように、

 「心配はいらないよ。ちゃんと昨日のうちに用意してあるから」

 椅子の傍らにあるギアケースから、新品のシェラカップを3つ取り出してみせた。

 

 「い、いつの間に……」

 宏太は呆れながらも、驚きを素直に口から溢す。

 

 「昨日新しいダッチオーブン買おうとしたら、5千円以上の買い物でクジ引けるって言われてね。ちょうど2000円ちょっと足りなかったんだけど、このシェラカップのおかげで何とか超えたよ」


 「なんて単純な……」

 あまりにもチョロすぎる貞夫の動機に、思わず小さく呟いてしまい、爽は苦笑いを溢した。

 そこでふと、美鈴が手を止めて視線を上げると、

 「校長せんせー、それで何か当たったんですか?」

 「ふふーっん! これが当たったよ」

 貞夫は自慢するが如く、昨日当てたという景品をメンバーの前に掲げて見せた。

 

 「フルタングのバトニングナイフさ」

 重厚感を感じさせながら黒く輝く刃に、落ち着いた印象の木柄。

 握ってみれば、そのまま薪に打ち込めそうなほど芯の通った重量が伝わってくる。

 「流石は、フルタング……。コンパクトでありながらこの重厚感は、流石は本物の道具だよ」

 うっとりとした目で、満足気な表情を浮かべる貞夫。

 

 貞夫が言う”フルタング”とは、柄から刃先までが一体になっているナイフで、刃の峰で木材を打ち付けながら薪割などをするバトニングに適している。

 フルタングとは逆に、ナロータングと呼ばれる柄と刃が別部品で組み合わされたナイフもあるが、一部の例外を除き基本的にバトニングには適さないものが多い。

 

 「バトニングできるナイフは高いものも多いから、かなり当たりだったよ」

 満足気に言う貞夫の様子からして、引いたクジはかなり等級が上のクラスの物だったらしい。

 

 生徒たちのどこか生暖かい視線や、すっかり呆れかえっている宏太の目線もまるで意に介さず、貞夫は純朴な少年のような笑みを浮かべている。

 だが、ただ一人据わった目で声を上げた由奈によって、貞夫の浮かれきった空気は一瞬で凍りついた。

 「で?」

 「で?って、何が?」

 「それ、いくつ目?」

 「13本目……くらいかな?」

 「ふーん」

 尚も据わった視線を向け続ける娘の様子に、貞夫の頬に冷や汗が伝う。

 「ゆ、由奈さん?」

 貞夫の声に、由奈はただ無言で見下ろすように視線だけを向け続ける。

 そんないたたまれない空気に、宏太は素直な感想を率直に口にした。

 「いや、校長……。そりゃ由奈も呆れるわ……」

 

 貞夫にフォローの手を差し伸べようと逡巡もした宏太だが、純粋に呆れていたこともあって素直な感想を選んだ。どのみち貞夫の肩を持つような事を言えば、由奈の機嫌をさらに損ねることになりかねないこともある。

 さっき”仏の顔も三度まで”と刺されていることも相まって、流石の宏太も言葉は慎重に選んだ。

 

 まさに味方がほとんどいない八方塞がりな状況。

 これに貞夫は少し逡巡した後、

 「ま、まぁ誰も損はしていないんだから、いいじゃないか!」

 完全に開き直りながら声を大にして腰を上げた。

 

 「よ、よーし男子諸君!お風呂に行こうじゃないか!ここから歩いて行けるから、一足早く汗を流させてもらおう」

 「了解です」

 「はいはい」

 まるで――というよりも明らかに逃げるように言う貞夫に、爽と宏太は口々に言いながら腰を上げた。

 

 同時に爽は、真剣な様子で木片を削り続ける絢音を一瞬目に留める。

 隣で美鈴がたまに絢音のサポートしている様子は、さながら同級生というよりも姉妹のように見えた。

 爽に対しては頑なに相談してくれなかった絢音。

 でも初めて会うはずの美鈴と絢音がここまで遠慮なく関わっている様子を見る限り、絢音は美鈴に自分の内を話したのだろう。

 (僕は、何か間違えたのかな……)

 性別の壁があったとはいえ、到底それだけではない自身が犯した決定的なミス。

 そんな不安と予感を胸に、爽は足早に温泉へ向かう貞夫と宏太の背中を追って、サイトを離れていくのだった。

遅くなってしまいましたが、何とかUPできました。

割とシリアスなシーンが多かったので、今回はハイテンションな描写が多めでキャラの魅力を楽しんでいただけるようなエピソードになっていると思います。

ぜひ、魅力に感じるようなキャラが居たら、教えていただけたら幸いです。

引き続きこの巻の完結に向けて、週1更新を頑張っていきますのでよろしくお願いいたします。

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