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暇こそ贅沢な、癒しの時間

 設営地が決まり、爽たち一行は早速タープとテントの設営に取りかかった。


 タープの設営は、これまで学校で貞夫から教授を受けてきたメンバーには慣れた作業だ。しかし、絢音はタープという言葉自体、今日がほとんど初耳に近い初心者である。

 そのため、由奈がペグ打ちやポールの立て方を一つひとつ説明しながら、付き添う形で設営を進めていた。美鈴もタープ側に回り、自然と女子三人が居住スペースを担当する形になる。


 故に自然と残された男3人は、テント設営に取り掛かることになった。

 

 「ひとまず男子諸君は、袋からテントを出してほしい」

 貞夫の指示に従い、今回用意されたのはファミリー向けのドームテントが二張。

メーカーのお膝元という土地柄を意識してか、どちらの収納袋にもスノーピークのロゴがあしらわれている。


 宏太と爽がテントを芝の上に広げ、貞夫は工具箱ほどの大きさのソフトケースを運んできた。中に入っていたのは、黒く鈍い光を放つ大量のペグだった。

 そんな作業が始まった矢先、爽がふと不思議そうに声を上げる。


 「校長先生、片方だけなんかすごく綺麗ですね」


 宏太が広げた茶色のテントと、爽が手にしている白いテント。色の違いだけではなく、白い方はまるで新品のように、汚れ一つついていなかった。


 「ほんとだ。俺のはちょっと泥残ってんのに、そっちはピカピカだな」

宏太が呆れた視線を向けると、貞夫は一拍おいて、

 「も、元々持っていたテントだけだと大人数には不向きでね……つい、買っちった」

 と、どこか誤魔化すように白状した。


 「やっぱり……」

 爽は苦笑しつつも、最近掴んできた貞夫の性格ならやりかねないと溢し、

 「まぁーた、由奈にシバかれますよ?」

 宏太も呆れた様子で貞夫に言う。

 

 だが以外にも貞夫は飄々とした様子で、

 「心配には及ばない。もう昨日怒られたから」

 と、胸を張った。

 

 これに爽は苦笑いを浮かべながらもポールを組み立て始め、宏太はジト目で貞夫の表情を見ながら、

 (こりゃ、由奈も説教垂れたくなる訳だ……)

 最近の貞夫と由奈の応酬を思い出しながら、テント下に敷くグラウンドシートを広げるのだった。

 

 

 *

 

 最終的にすべての設営が完了したのは、作業開始からおよそ一時間後だった。

  時刻はちょうど十二時を少し回ったあたり。

  テントやタープといったベースのギア設営を終え、一行はタープの下にテーブルと各種チェアを並べていく。  

 

 寝袋や焚火台といった細かい道具の設営はまだ残っているが、 「今日は車も近いし、あとは使う時に都度取りに行けばいい」 と、貞夫はあっさり言った。  

 ということで、六人はそれぞれ腰を下ろし、ちょうど昼時ということもあって簡単な昼食を取ることになった。

 

 「さぁ、ひとまず腹ごしらえしようか。笹川さんは、ノーマル、シーフード、チリトマト、どれにする?」


 言いながら貞夫は、さっき買い足したカップ麺をテーブルの上に置いていく。

 紙コップよりも一回り大きい、王道メーカーカップ麺が、味ごとに2個ずつテーブルに並んだ。  

 先に問われた絢音は、  

 「じゃあ、チリトマトで」

 控えめながら自分の好みを口にする。  

 横で様子を見ていた美鈴は、

 「私もチリトマトがいい!」 

 意外にも真っ先に完売したのは、カップ麺の中では色物の部類だった。  


 「まさか、王道よりも珍しい味が先に売り切れるとはね」

 貞夫は本心から意外に思っていたのか、口調に驚きを交えながらもいつもの調子で言う。   


 「確かに、美鈴ちゃんがエスニックなの好きなのは知ってたけど、絢音ちゃんも?」

 由奈が絢音に話題を振ると、

 「好き、なほうかな。クセがあるのはだいたい食べられるけど、普通にトマトが好きだから」

 

 学校にいるときよりも幾分か抑えたテンションで、絢音は少し硬い笑顔で答える。

 これに美鈴は、少し試すような口ぶりで、

 「もしかして、パクチーも好きだったり?」

 「元々好きだったけど、糸川さんのせいで嫌いになりそう」

 フンっ、と美鈴と真逆の方に顔を突き上げ、わざとらしい抵抗を見せた。

 

 由奈や爽、貞夫ですら頭に疑問符を浮かべているこのやり取りに、宏太だけがその意図を察して呆れた溜息をもらす。

 美鈴は絢音を呼び出すときに使った裏垢に、『パクチー』という適当な名前を付けていた。

 

 同好会でキャンプ道具の買い出しに出かけた日の昼に、美鈴はパクチーが好きと言っていたが、まさか自分の素性を明かさないための仮の名前で『パクチー』を使うとは思っていなかった。

 あまりにも適当なそのセンスだが、SNSの裏垢事情の知識に乏しい宏太には、それが”明らかに変”と断言できなかったこともあり、あえて反応することはなかった――変なものは変だけど。


 とはいえ、絢音と美鈴のやり取りを傍から見ていた他の面々の目には、”美鈴には少し心を開いている”ように映っていたことだろう。

 

 「美鈴と笹川さん、元々仲良かったっけ?」

 純粋な疑問を爽が漏らす。その様子には、少しぎこちなさが混じっていた。

 

 だが二人は行きぴったりと言わんばかりに、

 「仲良くない!」

 同じカップ麺を両手に持ちながら、爽に迫った。

 

 そんな女子生徒2人のやり取りに、

 「息ぴったりじゃねーか……」

 宏太はボソッと声を漏らす。

 

 他方で貞夫と爽はノーマルな醤油味のカップ麺を手にしている。

 結局残ったのはシーフード味が2つ。

 「はい、コウ君の分」

 由奈は余りもののカップ麺を手渡しながら、宏太に声をかけた。

 

 一方、いきなり声をかけられた宏太はビクッと身体を震わせると、「さ、サンキュー」と素直に受け取る。

 未だ完全な和解に至っていない状況だが、由奈のその様子はいつも通りのものだった。

 

 結局その後、貞夫が大き目のヤカンとハードケースにやたらカッコよく収められていたガスコンロを取り出し、簡単に湯を沸かして昼食をとった。

 

 簡単なご飯ということもあり、調理から完食までは皆そんなに時間はかからず、あっという間にお昼ご飯を食べ終える。


 皆が食後にひと心地ついたところで、

 「あの、校長……。この後することって、あるんすか?」

 宏太がおずおずと問いかける。

 時刻はまだ午後1時半前。

 夕ご飯や焚火をするまでにはだいぶ時間がある。

 事前の打ち合わせでは、この間の時間の過ごし方について、宏太たちは相談した覚えはなかった。

 

 これに貞夫は、

 「ない!」

 短くも意気揚々と返事を返す。

 

 あまりもの潔い返答に、

 「ストレートすぎる!?」

 爽が驚きに目を見開きながら思わずツッコんだ。


 貞夫は爽の反応に愉快そうな笑みを浮かべながら、

 「半分冗談さ。キャンプは暇を楽しむ娯楽だからね。私なら一人だった普段、タブレットで映画を見たり本を読んだりするのが好きかな」

 普段のキャンプの過ごし方について答える。

 

 これに由奈は貞夫に、

 「友達とかと一緒の時はどうしてるの?」

 「過去の思い出話に花を咲かせる。年取ると同じ昔話を繰り返ししても面白いんだ」

 「俺らは若いんすよ……」

 貞夫の答えに、宏太は呆れた表情でボヤくように言った。

 

 「じゃあ晩御飯までの間、私たちはボーっとするしかないってこと……?」

 美鈴が嫌な予感に顔を引きつらせながら、率直に疑問を口にする。

 

 だが貞夫は、

 「ボーっとするのも悪くないんだけど、実はこんなものを用意してみたんだ」

 そういって貞夫は何処か浮ついた様子で、椅子の横に置かれているケースからいくつかの木片を取り出して見せた。

 貞夫が手にしているのは、凸型に整形された、全長10センチくらいのただの木片。

 これを周りに見せつけるように腕を伸ばすと、

 「これからみんなで、なんちゃって“ブッシュクラフト“をやってみよう」

 純朴な少年のようにそう提案する。

 

 だが他方のメンバーは、聞き馴染みのない単語に困惑した表情を浮かべながら、

 「ブッシュクラフト?」

 聞き返すように貞夫の提案を復唱するのだった。

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