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一度の失敗は、まさに致命傷

 スノーピーク・ヘッドクォーターズキャンプフィールド。

 

 新潟県三条市に本社を構えるスノーピークは、キャンプギアやアパレルブランドとしても名高いメーカーだ。

 ”ヘッドクォーターズ”とあるとおり、今回貞夫たちが来ているキャンプ場は、スノーピークの本社社屋も隣接されている、まさにキャンプギアメーカーの”お膝元”ともいえる場所になる。

 元はゴルフ場だった地形も相まって、所々に小高い芝の丘が一面に広がっており、貞夫たちよりも早くチェックインを済ませたキャンパーたちは、皆思い思いの場所でテント設営し始めていた。

 

 そんなフリーサイトの端に位置するショップ兼キャンプ受付で、貞夫はスマホを使った受付を始める。

 どうやら軒先にあるQRコードをスマホで読み込み、必要事項を入力する必要があるらしい。

 だが貞夫は手慣れた様子で手続きをこなしながら、

 「これは代表者だけがやればいいから、宏太君たちはショップの中でも見てくるといいよ。また必要になったら声かけるから、その時に集合してほしい」

 と言って、一度思い思いにショップ内を散策し始める。

 

 出入り口で大人数が固まっているのも邪魔になるという配慮だろう。

 宏太も貞夫の言葉に従って店内を見回ろうとするが、由奈も何やらスマホで操作をし始めている。

 「あれ、由奈は?」

 「私は追加した一人分の受付があるから。生徒たちのことお願いね」

 追加した一人分というのは、絢音のことだろう。

 

 「分かった」

 宏太は短く答えると、生徒を追って店内に陳列されたギアたちを見学し始める。

 

 受付を兼ねているショップの広さ自体は、だいたい教室2個半分といったところだろう。

 宏太はひとまず、絢音に話しかける爽たちの様子を、一つとなりの商品棚から影ながら見守る。

 商品の棚自体は、大人の目線くらいの高さしかないこともあって、あたりを見渡せるほどだ。

 

 「なーにコソコソしてるの?」

 突如、横から控えめな少女の声が宏太の心臓に刺さる。

 「い、糸川かよ……。驚かせるな」

 「せんせーが勝手にびっくりしただけじゃん」

 ぶっきらぼうに言う美鈴の表情は、何処か険しい。

 「なんだよ、不機嫌そうだな」

 宏太のそんな指摘に、何処か硬い声で眉をひそめながら美鈴は続ける。

 「別に? 同じサークルメンバーの私より先に、巨乳のかわいい同級生にナンパしに行った会長見て、呆れてるだけだし」

 「あぁ……。確かにそう見えなくもない」

 美鈴の何処か理不尽な物言いに、宏太は思わず苦笑いを浮かべた。

 

 一方の美鈴は、何処か真剣な面持ちで宏太に問う。

 「ねぇせんせー、聞いてもいい?」

 「聞くだけならいいぞ」

 「男子ってみんな、おっぱい大きい子が好きなの?」

 「お前……、それ教師に聞くことか?」

 「じゃあ教師としてじゃなくて、一人の男の人としては?」

 「んー……」

 宏太は美鈴の問いに、思わず言い淀む。

 世の中の男子の大半は、年齢立場関係なく、一度は皆大きな2つの乳房にあこがれを持つだろう。

 無論、まだ若い層に含まれる宏太だって例外ではない。

 とはいえ、今正直に自分の好みを口にしたところで、美鈴の怒心に油を注ぎかねない。

 

 だからこそ、この場の答えは慎重にならなければならない。

 分かってはいながらも、宏太の視線は服越しでも分かる立派なシルエットに視線を向けてしまう。

 そして宏太は、一番の悪手ともいえる答えを口にしてしまった。

 「そりゃ、健全な男子なら一度はあこがれるんじゃないか?」

 

 言った瞬間、自分の失言に気づき、宏太の背中に冷たい汗が流れた。

 美鈴は、一瞬だけ目を見開き——またあの冷たい視線を宏太に無言で向ける。

 

 それは、ほぼ同時のことだった。

 「せ、せんせーのえっち……」

 正面から聞こえた声の方に視線を向けると、そこには両腕で胸をガードするような体勢で身構える絢音の姿があった。

 ぎゅむっと胸元を両腕で抱え込むように隠し、小さく爽の後ろに隠れるように後ずさる。

 そんな爽の表情は、まるで(ご愁傷様です)とでも言いたげな、憐みの表情だった。

 

 一応宏太は、周りを見渡してみる。

 どうやら隣の棚にいる人には聞こえる声量だったようだが、幸い周囲に他の客の姿はない。

 「い、いや違う! これは世の中の男子の声を代弁しただけで――」

 

 宏太がそんな反論を始めようとしたとき、

 「コウくん……、最低……」

 声がした方を向くと、そこには無表情でスマホ片手に両腕を組む由奈の姿。

 侮蔑を隠そうともしないその冷めきった声音と据わった瞳に、宏太は反射的に背中に悪寒を感じた。

 

 「宏太君、やらかしたみたいだねぇ」

 他人事のように由奈の後ろから声をかける貞夫。

 彼もまた爽と同様に、何処か諦めと(アーメン)と無事を祈るだけでフォローの一つもない。

 

 (おいおい野郎ども! フォローくらいしやがれッ!!)

 内心で宏太は叫ぶが、今回は自分に非があることを自覚している手前、何も口から言葉が出てこない。

 代わりに漏れ出てきたのは、「クッ……」という無念な降参の意志だけだった。

 

 ショップ内の一角だけ、冷たい空気が支配する。

 「まぁまぁ、とりあえず皆集まってほしい。これから店員さんから温浴の入り放題券を受け取って、自分の名前を書いてね」

 

 相変わらずいつものテンションでメンバーに声をかける貞夫。

 皆素直に貞夫の指示に従い、ぞろぞろと受付に足を向けると、

 

 「宏太君、心配しなくてもいい。私も大きい方が好みだ」

 そんな何のフォローにもなっていない貞夫の言葉に、

 (親父の性癖なんぞ、興味ねーよ……)

 宏太はただ顔を引きつらせることしかできなかった。

 

 

 *

 

 

 気まずい空気に溺れながらも、何とか受付を済ませた同好会の一行は、再び駐車場に移動する。

 「よし、これから早速サイトに移動するけど、場所についてはお互いのスマホで通話しながら相談しよう」

 貞夫の提案に宏太は素直に「了解です」と答える。

 

 貞夫と宏太の手には、温浴施設の利用券と合わせて受け取った黒色のバインダーが握られており、中にはフィールドの地図が書かれている。

 依然、由奈を含む女性陣からの痛い視線を受け止めながら、宏太は口を開いた。

 「せ、せっかくならサイトまでの移動は校長が先導してください。俺と菅谷が後を追うので」

 

 しれっと爽を自分の車に引き込む提案をする宏太。

 だが特にこの場でそのことを咎められることはなく、

 「そうね。胸が大きな女の子にしか目がない淫乱教師と一緒じゃ、この子たちも怖いだろうし」

 由奈の口調はいつも通り柔らかいものの、毒を含んだその言葉自体に宏太の精神的なダメージを深く与えた。

 一方の爽は「はは……」と乾いた笑いだけ返し、視線をそらす。

 

 片や貞夫は特に気にした様子もなく、話を進める。

 「宏太君たちがそういうのなら、そうしよう。それじゃあ菅谷君、マップを見ながら宏太君をアシストしてあげて欲しい。このキャンプ場、原則車は一方通行でしか進めないから気を付けてね」

 「わかりました」

 爽は素直に頷くと、宏太からバインダーを受け取る。

 

 そしてメンバーはそれぞれの車に乗り込んだ。

 宏太の車には、爽ひとり。

 貞夫の車には、由奈に美鈴、そして絢音が乗り合わせ、貞夫の車を先頭に2台はゆっくりとAサイトの入り口を進み始める。

 

 ほぼ同時のタイミングで、宏太のスマホが着信音を鳴らしながら貞夫からの呼び出しを通知していた。

 「悪い菅谷、代わりに操作してくれ」

 前方に視線を向けながら、震えるスマホをズボンのポケットから取り出すと、宏太は自分のスマホを爽に手渡す。

 

 言われた通り爽は、応答ボタンをタップすると、

 『聞こえるかな?』

 「はい、聞こえてますよ」

 貞夫の確認の声に、宏太は短い返事を返した。

 『それはよかった。この辺から子供が急に飛び出してくることもあるから、気を付けてほしい。とりあえずBサイトを回って、空いていなかったらFサイトまで行ってみよう』

 「了解です」

 宏太と貞夫が通話越しにやり取りしている間、スピーカー越しに女性陣の会話が響いていた。

 まるで宏太にあえて聞かせようと言わんばかりに、

 「美鈴ちゃん、絢音ちゃん、新田先生に何かされてない? もし何かあったらすぐ言ってね」

 「ありがとうございますっ。いやぁー、エッチなせんせーが担任なんて、笹川さんも大変だなぁ」

 

 耳を覆いたくなるようなやり取りに、宏太のダメージは増していく。

 そんな何処か苦痛と後悔に歪んだ表情を浮かべている宏太に、

 「意外と先生も、僕たちと一緒なんですね」

 と、爽なりの優しさを感じるフォローが、さらに宏太の羞恥心を爆増させる。

  

 「そっとしてくれ……。流石に俺もアレについては何も言えねー……」

 ハンドルを握りながらも本気で反省している様子の宏太に、爽は苦笑を浮かべる。

 そしてまた一つ、爽は担任教師の人間味を感じながら、受け取ったバインダーを開くのだった。

 

 

 *

 

 

 『男子諸君、ここにしようじゃないか』

 スマホのスピーカー越しに、貞夫の声が響く。

 場所はBサイトの中央付近。

 炊事場からもほど近いその場所は、家族連れのキャンパーに挟まれた場所だが、スペース的にはかなりゆとりがあり、設営にはまさにうってつけのポイントだった。

 

 「了解です」

 爽も宏太も、特に異議を返すこともなかったので、前を走る車はハザードランプを点滅させながらゆっくりとバック駐車の体勢に入った。

 宏太たちの車も倣って、貞夫の車の横に駐車させた。

 

 「ありがとうございました」

 爽が短く礼を言うと、

 「いや、こっちも助かった」 

 宏太は素直にいろんな意味の礼を返す。

 そして二人は車の扉を開けて、フィールドの芝に足をつける。

 子供の無邪気なはしゃぎ声に、新鮮な空気が運んでくる炭火と肉が焼ける香り。

 

 人間が本能的に落ち着くことができる環境が整っているのにもかかわらず、宏太の胸は鉛のように重かった。

 

 予期せぬ形で、宏太にとっては最悪のスタートを切った同好会初のキャンプ。

 (とにかく今回は、女子たちのご機嫌取りに徹するしかねーな……)

 そんな現実を噛みしめながら踏みしめる芝生の感触は、何処となく柔らかすぎるように感じた。

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