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 宏太は、雑誌コーナーでページをめくるふりをしながら、落ち着かない視線で出入口を何度も確認していた。

 胸の奥がざわついて仕方がない。待ち合わせ時間まであと五分。

 気づけばページをめくる指は止まり、視線は明後日の方に飛んでいた。


 その瞬間——コンビニの自動ドアが軽い電子音と共に開いた。


 思わず顔を上げた宏太の視界に、絢音の姿が飛び込んできた。

 白のノースリーブに薄手のカーディガン、小さなリュックひとつ。

 普段の制服のイメージとはまるで違う柔らかな雰囲気に、一瞬言葉を失う。


(……来た、か)


 絢音は宏太に気づいていない。

 周囲を気にするように視線を揺らしながら、彼女は仕切りにスマホに視線を落としつつ、コンビニの軒先に近づいてくる。


 そのとき——化粧室のドアが開き、美鈴が姿を現した。


「せんせ……」


 言葉にしなくても分かった。

 二人は息を合わせるように歩き出し、コンビニの外へ。


「笹川」


 呼びかけた声に、絢音の肩がびくりと跳ねた。

 振り返った表情には、驚きと、その奥に隠しきれない焦りの色が浮かんでいる。


 咄嗟に学校での自分を取り繕うとしたのだろう。

 だが余程宏太の存在に驚いているのか、絢音のその表情は何処か引きつっているようにも見える。

 

 当然と言えば当然だ。

 学校ではほぼ絢音しかいるはずのないテリトリー内に、学内の人間が2人も目の前にいるのだ。

 しかも、よりによって絢音にとってやましい日に。

 

 だが絢音は、宏太たちに(ネット)側の顔を知られているとは気づいていないのだろう。

「……せ、せんせー? ぐ、ぐうぜんですねっ……」

 絢音は冷や汗を額に浮かべながら、いつもよりも幾分かぎこちない様子で反応を返してきた。


「そうだな。偶然過ぎて怖いくらいだ」

 宏太が落ち着いた声で言うと、絢音の視線が揺れ、そこへ美鈴が横に並ぶ。

「初めまして、だよね? 私は糸川美鈴。クラスは違うけど、笹川さんと同じ1年で、アウトドア同好会のメンバーです」

「アウトドア、同好会……」


 挟まれるように立つ絢音は、困惑したまま小さく呟く。

 ――アウトドア同好会。

 

 それはつい1か月ほど前に、クラスメイトの菅谷爽が便宜上代表として作られた新しいサークルだ。

 ほぼ大人の事情で作られたらしいそのサークルの存在は、絢音も結成届を受領したタイミングに居合わせていたので覚えている。

 

 当初は生徒一人しか居なかったはずの同好会に、今自分の担任と肩を並べているいかにもモテそうな同級生が加入している。

 しかも、活動の趣旨がアウトドアという少し変わったサークルだ。

 そんなサークルの意外な変化に対して、絢音は素直に驚きつつも、

 「こ、こちらこそ初めまして! 笹川絢音だよっ。アウトドア同好会なんだっ。今日は何処かで活動でもするの?」

 ”笹川絢音”という”生徒”は、いつもの調子で話題を持ち掛けた。

 その声は明るいが、握り締めたリュックの肩紐に力が込められていく。

 露骨に話題を自分から逸らそうとしている彼女のその様子を、宏太たちは見過ごさなかった。

 

 「まぁ、そんなところだ。だけどその前に、糸川がお前に用事あるってよ」

 これ以上彼女のペースに乗っても埒が明かないと判断した宏太は、思い切って美鈴にこの場のバトンを渡す。

 絢音は「えっ……」と嫌な予感に顔の表情を強張らせ、美鈴は”ナイスパス”と言わんばかりに、一歩絢音に進み出て口を開く。

 

 「単刀直入に言うけど、今日の”待ち合わせ場所”はここでよかったんだよね?」

 「ま、待ち合わせ?」

 

 美鈴のもはや核心に触れる問いに、絢音は尚も悪あがきを試みる。

 「私たち、ここで初めましてしたじゃん!待ち合わせも何も――」

 「そうだね。でも、あくまでさっきのは”初めて直接会った”挨拶でしょ? ”メッセージ”は何回もしてたじゃん」

 

 じわじわと絢音に現実を告げるかのような美鈴の言葉。

 ”メッセージ”という単語が響いた瞬間、半歩後ろで見守っていた宏太ですら、絢音の瞳孔が明らかに大きく開いたのが分かった。

 一拍の沈黙。

 絢音の呼吸が、かすかに乱れ始める。

 

 「もしかして……、貴女が”パクチー”さん……?」

 「うん、そうだよ」

 

 後ろで二人のやり取りを見守っていた宏太は、

 (パクチーって……、また適当な……)

 半ば呆れながらも、改めて気を引き締める。

 

 一方で明らかに動揺を隠せずにいた絢音は、

 「なんで、そんな真似……」

 両手に握るリュックサックの紐に力をさらに籠めながら問う。

 

 「実は私も裏垢持ってたの。でも最近――」

 美鈴は彼女のアカウントを見つけた経緯から、身分を偽って絢音を呼び出した経緯を含めて淡々と口にする。

 

 状況が明かされるにつれて、絢音の顔色は段々と血の気が引いていく。

 だがそれと反比例するように、耳の端が真っ赤に染まり、羞恥心も抱いているのが宏太から見ても分かるほどだった。

 

 絢音の指先が細かく震え始め、唇が声にならない言葉を形作っては潰れていく。

 次第に彼女の視線は下を向くようになり、美鈴が事のすべて話し終える頃には、完全に真下を向いたまま硬直していた。


 「だから笹川さんの裏アカのことは、私たち四人しか知らない。でもこうして会っている事まで知ってるのは、私とせんせーたち2人だけだよ」


 美鈴が現在に至る状況を説明し終えると、再び沈黙が場を支配する。

 その間およそ10秒ほど。

 だが傍から彼女たちの様子を見守る宏太にとって、その時間は絢音を待っていた時以上のものに感じられた。

 

 (おい……、一体どうなるんだよ……)

 もう、後には引けない。

 後はもはや絢音の出方次第となった今、宏太たちは神のみぞ知る審判の結果を待つほかない。

 

 さらに10秒が経過する。

 そしてようやく

 絢音の喉が小さく鳴り、結果を告げる木槌が打たれた。

 

 「なんで……」

 わずかな声量で響く絢音の声。

 それは周りの車の音にかき消されそうなほど小さな声だったが、

 「なんでっ!? なんで糸川さんも爽君もッ! 私に入り込もうとするのっ!? そんなことして、何がしたいのッ!?」

 突如絢音は声を張り上げるように、美鈴たちの行動に対して嫌悪の感情を隠すことなく、ノーフィルターで叫んだ。

 だがその声は、泣き出す前の子供のように震えている。


 同時に宏太たちを睨み上げる彼女の瞳からは、大粒の涙が溢れ頬を伝っている。

 急に軒先で叫んだ少女の存在に、駐車場や店のガラス越しから怪訝な視線が集まった。

 

 予想もしていなかった絢音の反応に、宏太は驚きつつ居心地悪そうに辺りを見渡す。

 (おい……、めっちゃ大ごとになりそうなんだけど……っ!)

 内心でそんな焦りに冷や汗を浮かべる宏太。

 

 だが一方で美鈴は、絢音から向けられる強い拒絶の言葉と視線をまっすぐと受け止めている。

 周りから向けられる怪訝な視線も気に留めず、むしろ真正面から彼女に対して美鈴の答えを口にした。


 「別に私は、笹川さんの状況とか知らないし、興味も無いよ。だけど、お願いしたいことがあるの」

 「人の傷口に塩塗り込んでおいて、興味もない? それでいてお願いって、図々しすぎない?」

 

 歯に衣着せぬ美鈴の物言いは、絢音の言葉ももっともだろう。

 現にそんな美鈴に対して、絢音は冷たい声音と侮蔑の籠った視線を向けていた。

 

 普通なら怯みかねないこの状況に、もう宏太は完全に口を挟む余地を失っている。

 この場は完全に、美鈴の言動次第で大きく運命を左右される。

 固唾をのんで見守る宏太の視線に気を留めることなく、美鈴は小さく息を吸い込んだ。

 「図々しい? そっちこそ人の善意踏みつぶしておいて、よくそんなこと言えるね」

 「えっ……」

 

 予想だにしていない答えだったのか、絢音は間の抜けた返事で表情に疑問符を浮かべる。

 一方で間髪入れず、美鈴は続ける。

 「爽君から聞いたよ。笹川さん、爽君のこと最近ずっと避けてるんでしょ?」

 「なんの……こと?」

 「爽君、部活の勧誘で笹川さんに声かけようとする前から、ずっと心配してた。確かにさ、今の私たちは、メンバー増やさないと部活として認めてもらえない事情はあるよ。でもね、それ以上に爽君はずっと、笹川さんのことを気にかけてたんだよ?」

 「そんなの、勝手に爽君が――」

 「それが図々しいって言ってるの!!」

 弱々しく反抗しようとする絢音の声に、美鈴がかぶせるように声を張り上げる。

 

 再び周囲の視線を集めてしまい、宏太は次第に胃がキリキリと痛み始めた。

 (まさかコイツ……、考えなしに言いたいこと言ってるだけじゃねーのか……?)

 そんな嫌な予感に苛まれながらも、美鈴の絢音に対して有無を言わせない怒号は、宏太を会話に入り込ませる余地など与えない。

 

 「大事なことだからもう一回いうけど、私は別に笹川さんに部活に入ってほしいとか、抱えてる悩みを解決しようとか思ってない。そもそも裏アカ作るほど拗れてる人をどうこうしようなんて思えない――でもねっ!」

 途端に語尾に力を込めると、美鈴は自身の中で抱えていた絢音に対する苛立ちを訴え始めた。


 「もうぶっちゃけて言うけど! 私は話したこともない笹川さんに対してムカついてた。成績はいいし、私よりも性格明るいし、それに、おっぱいも大きいし……」

 美鈴は後半の告白をぼそっと声を小さくながらもいうと、宏太は思わず小さく吹き出す。

 それに気づいた美鈴は、キッと宏太に鋭い睨みを見せると、宏太は気まずさから視線を逸らせた。

 

 ため息をつきながら、美鈴は続ける。

 「ってか、それ以上にっ! 最近爽くんが笹川さんに勧誘のためって言っても、爽くんが笹川さんに自分から近づこうとしてることに一番ムカついてたの!」

「そ、そんなこと言われても……。私……」

 困惑顔をうかべたまま、下を向く絢音。

 

 だが自分が興味のない人やサークルから勧誘を受けて、第三者から”迷惑だ”といわれても、どうしようもないのは事実だ。

 (糸川……、ハチャメチャなこと言いやがって……)

 一歩後ろで傍聴していた宏太も、これにはさすがに絢音に同情する。

 (もう、潮時か……)

 空気が弛緩した今、宏太が口を挟もうと口を開きかけた。

 だがそれは、美鈴の続く一言によって宏太の不安ごと杞憂に終わる。

 

 「だからせめて今日、爽君のことちゃんと振り落として。そうしてくれれば、パパ活しててもしなくても、私はこれ以上笹川さんに絡む気はないから。それが私のお願い。ついでにご飯もお風呂も今日はタダみたいだし。悪い話じゃないでしょ?」

 

 

 「私、そういうの興味ないし……これから生徒会も忙しくなるから」


 咄嗟に踵を返そうとした腕を、美鈴が迷いなく掴んだ。

 その力強さに驚いたように、絢音は目を見開く。


 「今日も明日も、どうせ一人でしょ?別に、同好会に入れなんて言わない。でもさ、“興味ない”っていうの、嘘だよね?」


 「嘘って決めつけないで。私——」

 「私、見てたよ」

 美鈴の声が、風を切るようにまっすぐ響いた。


 「タープの練習してたとき。校舎から羨ましそうに私たち見てたの。あの目は、興味ない人の目じゃない」

「っ……」

 図星を突かれ、絢音の肩がまた震える。

 宏太には見えなかった景色だった。

(そうだったのか……)

 知らず漏れた呟きに、絢音はびくりと肩を揺らした。


 美鈴は小さく息を吸い、真正面から絢音を見つめる。

 「もし、行かないって言ったら……、糸川さんはどうする気?」

 「面倒だから、私も爽くんと一緒に付き纏うよ」

 絢音は溜息を吐きながら、

 「ほんと、めちゃくちゃすぎる……」

 観念したように、彼女は小さく肩を落とした。

 だがその表情は、まるで少しつきものが落ちたかのように柔らかくなっている。

 

 「分かった。そういうことなら、今日だけ」

 絢音のその一言に、宏太は胸から溜まっていた空気が抜けるように緊張が解ける。

 

 だが宏太は周囲の状況を察するや否や、車のカギを開けて運転席側のドアに手をかける。

 「じゃ、じゃあ……。お前ら早く乗れ。気まずくてしょうがねーから……」

 周囲から依然として怪訝な視線を集めていることを自覚すると、美鈴たちは皆ぎこちない動きで各々車に乗り込み、その場から逃げるように宏太は車を発進させるのだった。

 

 



 3人を乗せた宏太の車は、JR信越本線を跨ぐ跨線橋を渡り、南東方面に進路を取った。

 三条市下田地区までは、同じ市内とはいえ20キロ近く離れている。

 その間特に会話という会話はなかった。

 

 「そ、そういえばお前ら、朝飯は食ってきたか?」

 普段の宏太なら絶対にしないであろう空気を弛緩させるための気遣いは、

 「うん」

 「食べた」

 そんな美鈴と絢音の短い口々の一言で終わった。

 (き、気まずいし、めんどくせぇ……)

 せっかくの気遣いを無下にされたようで内心でムカつきながらも、宏太はそんな悪態をつく。

 

 (最悪だ……この空気……)


 宏太はハンドルを握りながら心の中で頭を抱えた。

 美鈴は窓の外だけを見つめ、絢音はリュックを抱きしめるようにして俯いている。

 尚も続く沈黙が痛いほど重い。

 マフラーからの排気音とトランクに積まれたペグ達の擦れる音が、やたら大きく響いていた。

 

 そんな重苦しい空気を乗せた宏太の車は、市内の街並みから小さな峠を抜けて、田園地帯と山谷を抜けていく。

 次第に見えた十字の交差点には、黒背景に白い文字で『この先、3km』とキャンプ場までの距離と方角が掲げられていた。

 この間も特に3人の間に会話はない。

 結局十字の交差点を右折した先も、車内に響くのはウィンカーの点滅音とアクセルを踏み込んだ時のエンジンの唸り声だけだった。

 

 そして車は、やがて山に囲まれた緑の開けた空間へと差し掛かる。

 正面には大きな抜き板型の看板が、キャンパーたちを出迎える。

 宏太は看板の指示通り車を右折させると、そこには大き目の炊事場に、数体の鹿のモニュメントが入口の両脇に並び、コンクリート造りの洗練された建物が澄んだ空の下に現れた。


 「……つ、着いたぞ」


 『キャンプ受付』と書かれている看板で車を右折させ、一度駐車場を3人は降りる。

 ドアを開けた瞬間、森の匂いが流れ込み、絢音の肩がわずかに緩む。

 美鈴も、小さく息を吐いた。

 晴れ渡った空に、芝生と木々が呼吸している空間がとても新鮮で心地いい。

 3人全員が車を降り、ひとまず受付と思われる建物前に近づくと、そこは見覚えのあるメンバーの顔触れがあった。

 

 「やぁ、みんな。おはよう」

 建物前で手を振る貞夫と、横には爽と由奈。

 

 由奈は絢音の姿を認めると、肩の力が抜けたのか少し身体を揺らし、一方の爽は信じられないものを見るかのような驚きの表情を浮かべている。

 

 そして爽は半歩前に出ると、目を丸くして言葉を探すように口を開いた。

 「笹川さん!どうしてっ!?」

 素直な爽の疑問に、

 「糸川さんに、脅されちゃって……」

 困り顔で絢音は、人差し指で頬を軽く掻きながら答える。

 「ちょ! 脅されたって人聞き悪くない!?」

 「いや、あれは確かに脅しだったな」

 宏太が一応絢音側についてフォローすると、美鈴からまたも睨まれた。

 (糸川に今日だけでかなり反感買ってるな……。一応、校長の近くにいるようにしておくか……)

 内心で美鈴に対して冗談交じりの警戒を抱く宏太。

 

 そんなやり取りを前に、貞夫は愉快そうな表情を浮かべながら、

 「まぁまぁ、笹川さんが来ることは事前に由奈からも聞いてたからね。経緯はどうであれ、歓迎するよ」

 絢音に柔らかい表情を浮かべた。

 一方の絢音は、何処か気まずさを隠し切れない笑顔で答える。

 

 「さぁ、立ち話もなんだし、受付してしまおうか」

 こうして貞夫の号令で受付へ向かう六人。

 いよいよ——誰も予想できない週末が、静かに幕を開けた。

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