買い込みすぎには、気を付けよう
美鈴と宏太が、緊張を胸に三条市へ一足先に入ったころ。
その十分後を追うように、爽・由奈・貞夫の三人を乗せたファミリーワゴンが、国道8号線を北へと進んでいた。
貞夫の新型ワゴンのトランクには、大型テント二張り、タープ、ポール、二つのクーラーボックス、火ばさみや調理器具が詰め込まれている。二列目には爽、助手席には由奈。三列目は完全にギアで埋まっていた。
「いやぁ、宏太君にもう一台出してもらって正解だったね」
朗らかに言う父の横で、由奈は曖昧に笑う。
本来なら、買い出しで父たちを遠回りさせるはずだったのだ。
昨夜、由奈は二つの誤算に直面していた。
*
最初の誤算に気づいたのは、昨日の帰宅直後だった。
「おかえり、由奈」
「ただいま……。え、なに作ってるの?」
台所に立つ貞夫は、エプロン姿で鍋に向かっていた。
「明日のキャンプ飯の仕込みだよ」
ダイニングキッチンには、確かに肉やカレー粉などの材料が整然と並んでいる。 ヨーグルトやトマト缶など、見慣れない食材があるのは疑問だが、由奈の内心はそれどころではない。
「いや、カレーでしょ? 買い出しは明日――」
「ただのカレーじゃつまらないじゃないか。久しぶりにダッチオーブンで無水カレーでもと思ってね」
――はい、買い出し作戦、終了。
――宏太たちを“時間差”で逃がす計画は、この瞬間に崩壊。
そして二つ目の大誤算。
貞夫は下ごしらえを続けながら、あまりにも自然に言った。
「ところで由奈。宏太君たち、本当に笹川さんを連れてこられるのかい?」
「……っ!?」
由奈は固まる。
父には秘密にしていた“作戦”が、完全にバレている。
「な、なんで知って――!」
「予約確認のメールが来ていたよ。由奈の名前で、一人増えていた」
由奈は頭を抱えた。
――予約に使ったのは父のアカウント。
――当然、メールも父に届く。
いくらカード明細を見ない父でも、流石に覚えもない決済通知には反応するだろう。
落ち着いて先を考えればわかるはずであろうケアレスミスに、由奈は羞恥で顔を少し赤く染めた。
「いやでも……なんで、その“一人”が笹川さんだって……」
「娘の考えてることくらい分かるさ」
「全然理由になってないよ」
「十分だと思うけどね」
貞夫は少しだけ表情を改めて言った。
「打ち合わせの時、車を二台に分けようと由奈が言い出した時点で、察しはついていたよ。どうやって連れ出すつもりなのかまでは聞かないが……」
その声音には、好奇心ではなく、
“父親としての不安” が滲んでいた。
「お父さん……怒ってない?」
由奈はおそるおそる尋ねた。
「怒ってはいないさ。心配はしているけれどね。でも君たちが良かれと思って動いているんだろう? だったら、必要以上に口を出すつもりはないよ」
柔らかな声。
正面から信じようとする“父”の目。
本当は怒られると思っていた。
親のカードを勝手に使ったのも、本来なら叱られて当然だ。
それでも――その行動も含めて、父は由奈の“意志”を尊重してくれている。
胸の奥に、じわりと熱が広がった。
「……ありがと、お父さん」
「いやいや、これくらい」
貞夫は笑ったが、次の瞬間には気まずげに視線をそらした。
「だけどね……次のカードの引き落とし額は、ご放免いただけると嬉しい……」
ちゃっかり免罪符を要求する父。
由奈はにこやかに返した。
「いくら?」
――そのあと、台所で父を正座させたまま、
由奈のお小言は日付が変わるまで続いた。
*
そして翌朝。
貞夫、由奈、爽を乗せた車は見附市を抜け、三条市の看板を通過する。
「コウ君たち……大丈夫かな……」
ぽつりと漏れた由奈の呟きは、ロードノイズに飲まれて消えた。
父と爽は、相変わらず世間話で盛り上がっており、
彼女の小さな不安が届くことはなかった。
そんな傍から見れば温度差を感じる車内で、
「あっ」
貞夫が唐突に短く声を漏らす。
「どうしたの?」
何か忘れものでもしたのかと、由奈が横から声をかけると、
「買い足したいものがあるんだ」
「買い足したいもの?」
「氷だよ。流石にギリギリに買わないと持たないからね」
言いながら貞夫は、100メートル先に見えたスーパーの看板を見つけると、しばらくしてウィンカーを左に点滅させる。
(たしか、この辺って……)
場所は既に三条市内の何処か。
こっそりと由奈がスマホで位置情報を確認すると、そこは宏太たちがいるコンビニと車で1,2分くらいしか変わらない距離だった。
(もしかして、何か企んでる……?)
いや、昨日の会話内容からして、変な気の回し方をするとは思えない。
とはいえ由奈の心の隅で燻る不安の火種は、完全に拭い去ることはなかった。




