教師の遠足は、責任だらけ
6月初週の週末は、梅雨前の時期にしては珍しく快晴だった。
県民なら周知の事実であるが、新潟は1年うち3割くらいしか晴れの日がない。
だから他の県民からみて明らかに曇りの日でも、新潟では”晴れている”という。
雨や雪さえ降らなければ、みんな”晴れ”扱いなのだ。
そして今日この日は、雲一つない晴れ模様――というよりもむしろ快晴だ。
「”こういう日”は、しっかり晴れんだな」
洗濯物を干したいときとかは大抵曇っているくせに、曇りでもいい日に限って陽が差している。
宏太は自宅から学校と反対方面に車を走らせながら、鉛のように重くなった思考で益体のないことをぼやいた。
「結局、糸川のパシリになるしよ……」
深々と溜息を吐くと、交差点の赤信号に捕まった。
車をゆっくりと停止させた宏太は、徐にダッシュボードから電子タバコを取り出して、今の内と言わんばかりに煙を吸い始める。
宏太がぼやいたとおり、今彼は美鈴の自宅がある長岡駅近くのマンションに向けて車を走らせていた。
美鈴のリスキーすぎる計画に加担することになった日の翌日。
裏垢同士のやり取りは続いていたようで、由奈と宏太は水曜日の放課後に美鈴に呼び出され、生徒指導室で3人だけの打ち合わせをすることになった。
「早速ですけど、待ち合わせ場所と時間決まったよ」
美鈴はスマホを二人に見せながら、淡々と結論だけを伝える。
「場所は三条駅近くのコンビニに、朝10時になったよ」
「アイツの家の近くか……」
「え、せんせー。笹川さんの家知ってたの?」
「生徒の住所録預かった時に、確認くらいはしてる。それに笹川だけ県央だったから、印象に残ってたんだよ」
宏太は淡々と当然のように口にする。
ちなみに”県央”は、新潟市と長岡市の中心に位置している三条・燕地域のことを言い、ちょうど県全体でみても中央付近にあることから言われている呼び方だ。
一応学校の最寄り駅にあたる長岡駅から、電車で約30分くらい。だが長岡駅から学校までは距離がある事もあり、バスに乗り換える必要がある。
バスの所要時間は20分ちょっとだが、電車とバスの接続を考えれば、1時間以上は通学にかかるだろう。
悠久高校に通う生徒の大半は、市内からバス通学をしている生徒がほとんどということもあり、絢音は校内でも割と遠方から通っている生徒になる。
「三条駅近くって……、ちょうどキャンプ場の通り道じゃない」
由奈がスマホの地図アプリを見ながら、驚きの声を上げる。
「マジか……。下手すると校長たちとバッティングするな……」
宏太が懸念の声を上げると、
「そこは由奈せんせーに上手く誘導してもらうしかないね」
美鈴が由奈に視線を向けた。
「了解だよ。買い出しとかはなるべく長岡で済ませるようにしておくね」
由奈は自分の任務を確認して、よしっ、と両腕を身体に引き寄せ気合を入れる。
「そういえば、キャンプ場って事前予約制じゃなかったか?支払いも校長がWebでやるとか言ってたけど」
一般的なキャンプ場はよく知らないが、少なくても宏太たちが予定しているキャンプ場はホテルのようなシステムが採用されていた。
ホテルとは違い部屋が決まっている訳ではないようだが、事前に支払いまで済ませている以上、飛び入り参加はできるのか怪しい。
そんな宏太のさらなる疑念の声に、
「大丈夫、それは私の方でもう一人分追加しておいたから」
由奈はさらっと答える。
今いるメンバー以外には秘密裏に動いている以上、恐らく校長のカードを勝手に拝借したのだろう。
「おいおい、流石に決済まで無断でやるのはヤバくないか?」
宏太が顔を引きつらせながら咎めると、
「へーきだよ。最近校長ったら、高めの買い物ばっかりして請求額が大変なことになってるし。それに校長のポイント残高、確か10万ポイントくらいはあるはずだから」
由奈は悪びれるどころか、呆れた口調で答えた。
「それなら大丈夫、なのか……?」
由奈の返答に解せない違和感を感じながらも、宏太は無理やり納得しておく。
「それよりも問題は、笹川さんのご両親だよね……」
由奈が一転して、重々し気に不安を口にする。
そう。それこそがこの作戦の一番の問題であり、大きなリスクだ。
以前の美鈴の家出事件では、あとから聞くと校長から『もししばらく家庭から距離を置くなら、せめて親を心配させないように』と言われていたそうだ。
当時の美鈴は校長の教えを守って、家に書置きを残して学校に逃げ込んだとのことだが、今回はそもそも状況が違う。
自分の意志で家を出て、目的地があった美鈴とは違い、今回は宏太たちが半ば絢音の意思とは関係なく連れ出すことになる。
当然、自分の子供がなんの連絡もなしに家に帰らなければ、普通の親は気が気でないだろう。
警察に通報されれば、宏太たち教師陣は”未成年誘拐”という罪を背負わらせることになる。
さらに最悪なのは、芋づる式に絢音の裏垢の存在が表沙汰になる事だ。
宏太に他意がないとはいえ、傍から見れば男性教師がパパ活を理由にで絢音を呼び出し、車に乗せるのは事実だ。
宏太の首が飛ぶどころか、絢音が『担任教師と一夜を共にした』という事実とは異なる内容とはいえ、想像と疑念が校内に広がることくらい想像に容易い。
そうなればいよいよ、本当の意味で絢音の学生生活は死ぬ。
(いくらなんでも、これはリスクが高すぎねーか?)
同時に一昨日の晩に言われた、貞夫の言葉を思い出す。
――万が一のことがあれば、その責任は大人が背負わなければならない。
――その覚悟なくして、子を育てる資格なし。
あの時言われた言葉そのものには、納得できるところがある。
とはいえ、流石にこの責任は大きすぎる。
宏太は内心で想像し、冷や汗を浮かべていたその時、
「その点も大丈夫。笹川さんの両親、今週の土曜日の夜は家にいないんだって」
美鈴がスッと情報を付け加えてきた。
「お母さんは実家でお祖母ちゃんの家に泊りがけで介護、お父さんは仕事がサービス業で帰れない日みたい」
再びスマホの画面を見せながら言う。
「なんと都合がいい……」
もはや出来すぎてると言わんばかりの状況に、宏太はふと別の疑問が頭をよぎった。
「ってか、笹川は外泊するつもりで会おうとしてるのか?」
「そうみたいだね」
なんてことの無いふうに美鈴は言うと、
「私も流石に断られるかなって思ってたんだけど、あっさりOKきたよ。だから着替えも持ってきてって言っておいた」
該当するメッセージの履歴を見せながら、さらに状況説明を重ねる。
「うわぁ……」
メッセージを見た由奈は、少し顔を赤くしながら、
「このやりとりが糸川さんで、本当によかったね……」
心底安心した口調で言う。
宏太もこの時、
「あぁ、マジでそうだな……」
同じ感情で声を漏らした。
もしこれがネット上のろくでもない大人とのやり取りだったとしたら、絢音は汚い大人の欲望のはけ口に依存を覚えてしまっていたのかもしれない。
まさに紙一重ともいえる状況に、宏太と由奈は肩を撫でおろすしかなかった。
「ま、まぁ……。笹川の両親の問題は何とかなりそうだな……。不安しかねーけど……」
宏太は硬い声で言う。
それにしても、ここまで気を回してお膳立てしている美鈴には、舌を巻くしかない。
(これも校長が言う”生徒の可能性”ってやつなのか……?)
仮にそうだというなら、糸川美鈴という女子生徒は化け物染みていて正直怖い。
そんな宏太の内心など梅雨しらず、
「あと成り行きで行くしかないね」
美鈴はなんてことが無いように言った。
そしてその後。
結局、宏太が三条方面に行く途中に美鈴の家の近くを通ることが分かるや否や、話の流れで本当に彼女を迎えに行くことになり、土曜日の朝――つまりは今に至る。
信号が赤から青に変わり、宏太はアクセルペダルをふんわりと踏み込む。
軽特有の何処か頼りないエンジン音が唸りを上げた。
後ろのトランクスペースには、前日に貞夫から預かったキャンプギアの一部が積まれている。
鋳造ペグやタープなど、比較的かさばらないものばかりだが、見た目に反して重いものばかりだ。
加速するたびに、辛そうな音を立てる車のエンジン。
宏太は気持ち車を労わるように、市内の大通りに車を走らせる。
そしてしばらくすると、目的地のマンションが姿を現した。
長岡駅から信濃川方面に伸びる大手通り。
その丁度中心位に位置する、15階建てのマンション。
見たところ近くに駐車スペースはないので、仕方なしに宏太は大通りの邪魔にならないところに路駐しようと車を減速させた。




