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第1幕 第5話 不信の投票

広間の空気は、紙の匂いと湿った木の匂いが混ざっていた。

 全員の**三行申告(時刻×場所)**が集まり、田島 ちかが束を両手で持つ。


「では、まず昨夜の整合から。重なる点――二十三時前後の停電、鈴二度は一致。食い違いは二つ。

 一つ、二十時の“詰所の灯り”。神谷さんは点いていた/長谷川さん・なおさんは消えていた。

 二つ、本殿裏の踏み跡。行きが重く帰りが軽いという見方は一致。ただし誰が通ったかは不明」


 紙の束が、俺の前にも来る。走り書きの数字が並んでいた。


 19:50〜20:30 神谷「青年団詰所」

 19:55〜20:10 長谷川「詰所外→見回り」

 19:40〜20:20 なお「直売所倉庫(鍵は朝返却)」

 ……

 22:50〜23:10 かぐら「本殿側の見回り」

 22:55〜23:15 田島「民宿廊下」


 視線を上げると、神谷 勝が腕を組んでいた。


「灯りの件は記憶違いだろ。俺は中で片付けをしてた。外からは暗く見えたんだ」


「外から消えて見えるなら、中は作業できない明るさだと思うけど?」

 長谷川が淡々と返す。「街灯はない。窓の障子越しに光るかどうかは差が出る」


「……じゃあ、俺が灯りを付け直したあとに、お前は見たんだ」

 勝は眉間を押さえ、言葉を早める。「なおは見ていない。倉庫だと書いてるだろ」


「私から一つ」

 かぐらが挙手する。「直売所の倉庫は、神社へ上がる小道の手前にあります。二十時以降の人通りを見ている家が二軒。灯りが点いていたなら、影が動きます。……影は見ていないという証言が、今朝すでに出ています」


 勝の視線がほんの短く泳ぎ、すぐ戻った。


「影が地面に落ちるほどの光量じゃない」


「詰所の灯りは障子の白でかなり漏れる」

 長谷川が補う。「二十時の犬の反応もなかった。犬が吠えるのは強い光や急な足音だ」


 円を見渡していた古谷 清が、湯呑みを持った手を一度だけ上げた。


「……詰所の灯りは、消えておった。わしは帰り道に一度振り返る癖がある。障子の白はなかった」


 勝が古老に向き直る。


「爺さん、寝てたって言ってたろ」


「寝たのはそのあとじゃ。二十時半ころ、咳で一度起きた」


 小さな波紋が、円の内側に広がる。

 田島が区切る。


「――議題を二つに絞ります。一、詰所の灯りの食い違い。二、本殿裏の踏み跡。

 誰が灯りを“点けた/見た”と言い、誰が“消えていた”と言うか。

 誰が本殿裏へ“行き”、誰が“戻った”可能性があるか。時刻の重なりで考えてください」


 議論は時刻へ落ちていく。

 二十時前後の勝の単独時間。長谷川の外回り。なおの倉庫。

 二十三時の停電と、拍子木→鈴。その間の足の出入り。

 俺は踏み跡のイメージを紙に描き、行きが重く帰りが軽いの意味を頭の中で反芻した。誰かを連れて行き、ひとりで戻る。それが一番、形に合う。


「宮守たかおさんの部屋は本殿裏。鍵は?」

 俺が問うと、かぐらが答える。


「**内側からかんぬき**がかかります。外からは開けられない。……停電の瞬間は、廊下側の灯りも落ちます」


「じゃあ――誰かと一緒に裏へ行って、中から出た?」


 勝が鼻で笑った。


「停電の十呼吸で、裏へ行って、閂外して、中へ入って、また出て――無茶だろ」


「足跡は何度もじゃない。一方向が深い。準備していたなら、停電は合図で足りる」

 長谷川の声は乾いている。


 視線がいくつも勝へ向く。

 彼は、机の上で拳を固め、はっきりと言った。


「俺じゃない。二十時は詰所にいた。二十三時は片付けを止めて、拍子木の音を聞いた。鈴は知らない。……古谷さんを外へ出したのは誰だ?」


 唐突に矛先が古谷へ向く。

 古老は湯呑みを置き、まっすぐ前を見た。


「わしは出ておらん。夜の外は足が取られる。名を呼ぶ役もない」


「名を呼ぶ、ね」

 勝が食いつく。「昨日の最後も言ってたな。“名は力だ”って。なおの名を守りたかったのは誰だ?」


 胸の奥で、何かが冷たくなる。

 なおは昨日、田島の最終決定で処刑された。

 霊媒が黙っている今、彼女が人だったのか狼だったのか、誰にも分からない。

 その分からなさが、古谷の言葉尻にまとわりつく。


「――時間です」

 田島が告げる。「多数決に入ります。

 候補者の名を、一人、紙に書いてください。同票のときは、村長(私)が最終決定を出します」


 筆の音が静かに走る。

 紙が集められ、数えられ、二つの札が手前に置かれる。


「神谷 勝――古谷 清」


 同数。


 田島はしばらく紙から目を離さず、やがて顔を上げた。

 円を一巡し、勝と古谷を順に見る。

 その間、かぐらは両手を膝に置いたまま、目を伏せている。


「――最終決定を出します」


 喉が乾く音が自分で分かった。

 古谷の喉仏が一度上下し、ほんのわずかに口が開く。


「昨日のなおは――」


 鈴が一度鳴った。

 田島の声が、かすかに震えて、それでも真っ直ぐに出る。


「古谷 清さん」


 名前が選ばれた。

 反対は、出なかった。出せる空気ではなかった。


 古谷は視線を上げ、誰にも向けずに言った。


「名は、呼べるうちに呼いとけ。呼べなくなってからでは、遅い」


 静かな進行が淡々と続き、投票の内訳は公表されない。

 外では、風が村の縄を低く鳴らす。

 昼が終わる。


 夜が来る。

 この村では――夜は人狼が一人を襲う。

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