最終幕 第29話 名前の消える村
昼の光が、畳の縁をまっすぐに走る。
民宿の女将が茶を置き、笑った。「鍵、全部返すね」
かぐらは頷き、鍵束を盆ごと受け取る。
「もう**“夜の取り決め”はありません。村の縄も張り替えない**。……名は、呼べるうちに」
石段の上で、早見 しゅんが箱を持ち直した。
「相馬さん、峠の先まで送りますよ」
「助かる」
口に出してから、俺はメモを開く。**“忘却ペナルティ”**の欄に、空欄がなくなっている。
直売所の――小松なお。
民宿の――田島ちか。
インクの穴だった場所に、名前がきちんと埋まっている。
鳥居をくぐる前、かぐらが振り返った。
「ここは“名前”で守ってきた村でした。呼べば、朝が来る。……あなたが毎回、書いて呼び続けたから、朝が負けませんでした」
「俺はただ、同じ夜を、違う順番でやっただけだ」
「それがすべてです」
峠道。雨のあとの匂い。
ミラー越しに、縄のない村が遠ざかる。
ノートの最後のページに、俺は小さく書いた。
“昼は多数決、夜は人狼”――
その夜を終わらせるのは、言葉と、呼ぶ名。
カーナビは南を指す。
雨雲の切れ間から、薄い青がのぞいた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
この物語の芯は「昼の言葉」「夜の手口」「名を呼ぶ朝」の三つで、同じ夜を順番を変えて並べ替える実験でした。
手掛かりは常に時刻×場所×他者名、そして白夜(置き提灯)/床下/鍵穴。
“名”が戻るラストまでお付き合いいただけたなら本望です。




