第1幕 第2話 最初の多数決
朝、神社の石段は濡れていた。鈴の音が一度だけ鳴り、名簿が読み上げられる。
「――早見 しゅん」
返事はない。
それで、この村の朝がどう始まるかを理解した。名前だけが欠ける。誰がどこでどうなったのかは、言わない。
拝殿脇の広間に移り、床几に円を作る。宮守 かぐらが正面に立ち、短く告げる。
「確認します。昼は多数決で一人を処刑、夜は人狼が一人を襲撃。投票の内訳は公表しません。同票のときのみ“最終決定”を出します。役職の名乗りは自由ですが、自己責任です」
ざわめきは短く、湿った空気に吸われた。紙と筆が配られ、全員の“昨夜の居場所”が順に語られる。
「俺は民宿の二階にいた。雨と……叫び声を一度だけ聞いた」(みなと)
「厨房。停電が一瞬ありました」(田島ちか)
「詰所(※駐在所)に待機。犬の声、二一時頃に一度」(長谷川)
「神社。縄の合図を見ていました。誰も通していません」(かぐら)
「本殿裏の部屋で休んでおった。咳が出てね」(宮守たかお)
「青年団の詰所。提灯の片付けが遅れて」(神谷勝)
「家だ。耳は遠いが、鐘は聞いておらん」(古谷清)
「直売所の倉庫。鍵は朝、田島さんに返した」(小松なお)
そこで、神谷 勝が言葉を継いだ。
「なおは二十時ごろ、詰所に提灯を運んできたろ」
「行ってない」小松 なおは即答した。「倉庫で帳簿を見てた。鍵も朝返したって言ったよね」
「二十時に詰所の灯りが消えたのは確認してる。提灯なんか要らないはずだ」(長谷川)
「いや、消えてない。俺は片付けを――」(勝)
――灯りが消えた/消えてない。
小さな食い違いが、雨の後みたいにじわりと広がった。
「まずは最初の方針を決めましょう」かぐらが収める。「初日から処刑するか、見送るか」
誰かが息を呑む音。田島 ちかは目を伏せ、しかし表情は崩さない。
「……処刑は、やるべきだと思う。朝に名前が消えた。見送れば、夜はまた一人消える。何も変わらないまま」
沈黙が短く落ち、多数決が採られる。
丸い紙に一つずつ、名前が書かれていく時間は、雨よりも長く感じた。
集計の札が並べられる。結果は――同数。
二つの札の前で、空気が止まった。
神谷 勝と、小松 なお。どちらも三票。残りは散って、どちらにも傾けない。
「……“最終決定”を出します」
誰がそれを担うのか、事前には明かされていなかった。
しかし、田島 ちかが一歩、前に出た。視線をゆっくりと二人に配り、深く息を吸い、吐く。
「私は村長です。同票のときだけ、最後を決めます」
ざわつきが生まれ、すぐ吸い込まれる。ちかはもう一度、二人の顔を見る。
勝はわずかに顎を上げ、なおは唇を噛んだ。
「――小松 なおさん」
名前が、静かに選ばれた。
反対の声は出なかった。出せる雰囲気ではなかった。拝殿の鈴が一度鳴り、紙束の上で名前が揃う。
「最終確認。小松なおで、よろしいですね」
頷きと、視線の宙ぶらりんが交差する。
なおは唇を離し、かすれた声で言った。
「……わかった。じゃあ、最後に一つだけ。二十時に詰所が暗かったってのは、ほんと。勝さんの言う“灯り”は、誰の灯り?」
返事は、誰からも出なかった。
儀式張った進行は、淡々と終わる。投票の内訳は公表されない。
外の雨が細くなり、風が縄を鳴らした。
昼が終わり、夜が来る。
この村では――夜は人狼が一人を襲う。