第3幕 第13話 白いのに犬は吠えない
朝の点呼。「――宮守 たかお」返事はない。本殿裏がまた空いた。
広間で、観測の紙を突き合わせる。
「詰所前観測:二十時三十二分に障子が白。丁字路観測:犬は無反応。
犬が吠えない=強い光や急な足音がない、でしたね」
俺が言うと、長谷川が補足する。
「光が上からなら犬は吠える。下からなら反応が鈍い。障子の下辺だけが白いのを見た夜は、吠えない」
下からの白。
俺は紙の端に小さく描く。床置きの提灯が障子下辺をなめる図。
“部屋の灯り”ではない。置き提灯を一瞬だけ開く。影が出にくい。犬は吠えない。
「提灯の油の匂いは?」
かぐらが問う。俺は首を振る。
「弱い。だからこそ“置きっぱなし”の可能性が高い。持ち運びの匂いがしない」
勝が腕を組み、目を細めた。
「だれがいつ置く? 置いたままなら足跡が残るだろ」
「停電夜に持ち込む。置きっぱなしにし、翌朝に回収。
停電なしの夜に“白”を作るための装置だ」
言いながら、背筋を冷やす。これは**“中に入れる人間”がいる**前提だ。
昼の多数決は、共有票のおかげで膠着しない。
神谷 勝に票が集まりかけ、勝は外来者の俺を刺しに来るが、共有二人が筋の整理で受け止めた。
結果――誤差の同数。共有票が一方へ寄り、勝は残った。
夜。
拍子木×2 → 鈴×2。停電が落ちる。十呼吸。
俺は窓辺で、扉の鍵に薄い紙片を挟んでおいたのを思い出し、息を止める。
紙は落ちない。内側からの触れは、ない。
詰所の障子は白にならず。
本殿裏の小道は、一度だけ白く、すぐ黒に戻る。
鈴が一度。夜が終わる。
朝。点呼。「――古谷 清」
返事は――ある。
共有が噛まれなかった。狩人の護衛が通ったのか、狼が外したのか。




