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語り部はバッドエンドを繰り返す  作者: 浅白深也
二章 犠牲の物語
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お泊り

 もうすぐ正午ということで、一旦仕事は切り上げてお昼ごはんにしようとなった。


 休憩にぴったりの場所があるということで向かった先は、街の近くにある湖のほとりだ。


 湖は深い底が見えるほど透明度が高く、水質が良いことが窺える。ここは頭上を木々に遮られていないため、空から降り注ぐ陽光が水面に反射してキラキラと輝いている。時間がゆっくり流れているような安穏な雰囲気が漂っていて、確かに休息にはもってこいの所だ。


 青々とした芝生の上にレジャーシートを敷いてユミルとともに座る。


 自然と俺の口からは「はぁ〜」と疲労のため息が漏れた。ベンチで小休憩を取った以降、ずっと立ちっぱなしの歩きっぱなしだったから足が痛い。


 すぐ隣にいるユミルが俺の顔を覗いてくる。


「キヨツグ、大丈夫? なんか(やつ)れた表情してるけど」

「……なんとか。最近あまり外に出てなかったから長時間動き回って身にこたえた……」

「もう、無理して。だから集落に行く最初の時に、わたしの家で安静にしておいたほうがいいってあれだけ言ったのに」

「あの時は元気だったんだよ。今のこれはただ単に俺の体力の無さが原因だから」

「わたしに恩を感じて手伝わなくてもいいんだからね」

「大丈夫。ちょっと休めば回復すると思うから」


 ユミルは「(つら)い時は正直に言わないとダメだからね」と心配しつつ、そばにある籐かごを膝上に置いた。


 中身を包む薄布を広げると、長方形のサンドイッチがぎっしりと綺麗に詰められている。最後に寄った森民のお姉さんから「よかったらお昼に食べて」と貰ったものだ。


「わぁ、美味(おい)しそう! さすが料理上手のリアさん!」


 卵や野菜、ジャムなどのヘルシーな食材をふんだんに使った色とりどりさが空腹を刺激する。そういえば森で目覚めてから何もお腹に入れてなかった。


「……ちゃんと腹も空くんだな」

「そりゃ時間が経てば空くでしょ。いきなり何を当たり前のことを」

「ああいや、こっちの話」

「……迷子になってた時も喉すら乾いてないって言ってたし、キヨツグは少食なのかもしれないけど、ある程度はとらないといざって時に力が出なくて困っちゃうよ」


「というわけで、食べよ食べよっ。ほら、好きなの取っちゃって」と籐かごを向けてくる。


 解釈違いだが、今の俺の考えを話したところで変な顔をされるだけだ。


 素直にフルーツサンドを手に取って口に運ぶ。────めっちゃ美味い。人工甘味料ではない、果物の自然な甘さが疲れた体を癒やしてくれる。


 しばし俺とユミルは喋らずに味を堪能することに集中した。


 四つ目を手に取ったところで、ふと思う。 


「ユミルって人望があるんだな」

「ん? ふぉんほぅ?」

「だって、思いつきでこの量は作れないから事前に用意してたってことだろ」


 お店を開いているなら商品から見繕って渡せるが違うようだし、たとえ料理好きだとしても手間暇をかけているのは間違いない。


 それに思い返せば、どの森民もユミルに対して気さくに接しながらも言葉や表情からは深い感謝が見て取れた。部外者の俺のことを受け入れているのもユミルの存在が大きいのだろう。


 ユミルはもぐもぐと咀嚼して飲み込んでから、どこか少し寂しそうな声で言う。


「わたしは“浄化(じょうか)神子(みこ)”だから、みんな気遣ってくれてるんだよ」

浄化(じょうか)神子(みこ)……」


 たしかあの本の冒頭にそんな固有名詞が出てきていたような。


「それって何なんだ?」

「んーっと。簡単に説明すると、リスハート家の女系第一子が引き継ぐ役割であり、能力かな」

「あの傷を治癒する力がそれに当たるってことか」

「うん。浄化(じょうか)神子(みこ)に関して書かれた古い書物には『万物に巣食う瘴気を祓える力』って大仰しく説明されてあったかな」

「いや誇張なく凄い力だよ。だからみんなの健康観察が仕事なわけだ」

「それに関しては絶対にやらないといけないわけじゃなくて、代々自主的に行ってきたことだよ。浄化(じょうか)神子(みこ)には他にもっと重要な仕事があるの」

「もっと重要な仕事ってなに────あ、おいっ!」


 突然背後から現れた妖精が俺の手にあるサンドイッチを奪い、湖のほうに逃げていく。


 すぐに後を追いかける。あいつらは森の酸素だけで生命を維持できて食事は取らないらしい。せっかくの手作りを粗末にされるのは気分が悪い。


 妖精は湖のまえで移動を止め、俺の手が届くか届かないかギリギリのところで浮遊し続ける。小馬鹿にされているようで腹が立つ。


「くそっ、あと少しで届きそうなのにこいつ────うぉっ!? …………あっぶねぇ」


 危うく足を滑らせて湖に落ちるところだった。よく見れば足元の土は泥濘(ぬかる)んでいる。


 ユミルが「キヨツグっ、大丈夫!?」と駆けつけてくる。無様な姿を見られて恥ずかしい。


「ああ、平気平気。ちょっと泥濘(ぬかるみ)に足を取られて転びそうになっただけだから」

「わっ、たしかにドロドロだ。昨日まで大雨が降ってたせいかな」

「しかも急斜面で、そっちからは死角になってるから危険だな」

「この湖は底が深いから落ちたら大変だね…………土が乾くまでの応急処置として、大工のゴードンさんに頼んで注意の立て札を作ってもらったほうがいいかも」


 健康観察のついでに頼んでみようということになった。


 ユミルと話しているうちにも、元凶である妖精はいつの間にか消えていた。




     ***




 枝葉の隙間から漏れる光がオレンジ色になり、辺りが少し暗くなった夕方。


「──キヨツグの負けー!」

「見つけるのヘタぁ!」

「ほとんどずっと鬼さんだったね!」


 森民の子供三人(カイ、リロ、ララ)にバカにされる。


「……お前ら元気よすぎだろ…………」


 上手いこと言い返してやりたいが、頭を働かせるだけの気力はもう残っていない。


 三人とも歳は小学校低学年ほど。ユミルと仕事をしている途中でたまたま出会い、「一緒に遊ぼう遊ぼう!」と誘ってきて(仕事に支障を来しそうだったこともあり)仕方なく俺が遊びに付き合ってあげたのだ。


 初手から鬼役を押し付けられて始まった隠れ鬼は、二時間の激闘の末、俺の鬼で終わった。


 入り組んだ街の構造を把握していないため姿を発見してもすぐに見失い、運良く鬼を渡せても先に回り込まれてタッチされる。そもそも引きこもりに長時間のランニングは(つら)すぎる。


 肩で息をするグロッキー状態の俺に追い打ちをかけるように子供たちの(あざけ)りは止まない。


「たったあれだけでそこまで疲れたのか? 体力ねぇなー、オレはまだまだ走れるぞー」

「ボクも平気! だって隠れてるだけでいいんだもん!」

「わたしの近くも何度も通りすぎてたよ!」

「今日この集落に来たばかりだから当然だって……あとお前ら俺だけを狙ってただろ」

「キヨツグは大人なんだからハンデだよハンデ」

「なくてもよかったけどね」

「いらなかったね」

「…………」

「じゃあオレたちは帰るか。またな、キヨツグ!」

「バイバイ、キヨツグ!」

「さよなら、キヨツグ!」

「おー……気をつけて帰れよー……」


「キヨツグもな!」と手を振りながら走って帰っていく。まったく生意気なガキどもだ。


 よろよろとした足取りで今いる大通りから離れ、人気のない横道に入る。ユミルと待ち合わせしているのはこの辺りだから来たら分かるだろう。それまで一人で静かに休憩したい。


 手短な場所にベンチはない。代わりに家屋の横に積まれた木箱が目に入った。捨てるように無造作に置かれていることから大事な物ではないだろうと腰を下ろす。


「はぁ……」


 前屈みの姿勢で頭を抱える。体力的にも精神的にもひどく疲れた。


 いつまで経ってもこの夢は終わってくれない。どころか、リアルさを増していくばかりだ。


 しかし、やはり現実という線は追えなかった。常人にはあり得ないユミルの治癒能力もそうだが、加えてもう一つ異質な現象を目にしたからだ。


 カイたちとの隠れ鬼で街の隅々を捜していた時に、突如として目先の風景が様々な色の絵の具をかき混ぜたみたいにぼやけたのだ。離れると普通の風景に戻ったことから、大体一、二メートル付近まで近寄れば視認できるようだ。試しに手で触れてみると透過し、特に感触も感じなかった。


 さすがに体ごと突き抜けてみる無茶な真似はせず、カイたちに訊いてみたところ、全員が頭にクエスチョンマークを浮かべた。察するにどうやら俺にしか見えていないものらしい。


 疲労から見えたものでないのなら絶対に現実ではない……でもあまりにも長い継続時間や五感の鮮明さから夢でもなさそう。思考の八方塞がりだ。


「一体どうなってんだこりゃ…………おっと!」


 背にある木箱に凭れかかった時、どうやら中身が空だったようでズレたと同時に、上から別の木箱が降ってきてドスンッと地面に落ちて鈍い音を鳴らせた。


 衝撃で蓋が開き、見ると中には鉄屑がたんまりと入っていた。……頭に落ちてたらヤバかったな。まったく、重たい物を一番上ってどんな積み方してるんだよ。


 蓋を閉めて隅に置き直していると、大通りで辺りを見回しているユミルの姿があった。


 俺は「こっちだ」と声を出しながらユミルの元に行く。


「──あ、キヨツグここにいたんだね。みんなは帰ったの?」

「ああ。こっちがへとへとになるぐらい元気にな」

「ふふ、お疲れさま。おかげで仕事がスムーズに進んだよ」

「全員分、終わったのか?」

「うん。だから一緒にわたしのお(うち)に帰ろ」

「ユミルの家か……俺がお邪魔してもいいのか?」

「全然いいよ。そもそも他に泊まる当てなんてないでしょ」

「まぁそうなんだけど……ほら、家族の人に気遣わせるのは悪いし」

「ああ、そこのところは気にしないで。わたし一人暮らしだから」

「一人暮らし? お兄さんは?」

「別々に住んでるよ。浄化(じょうか)神子(みこ)は専用の別家に住まうことが決められてるの」

「へぇ、そうなのか。なら大じょう……いやいや余計にダメだろ」

「何がダメなの?」

「俺たちは異性で、同じ屋根の下で生活するのは色々と都合が悪いだろ」

「……つまりキヨツグはわたしに何かよからぬことをする気ってこと?」

「どんな解釈だよ。そのつもりならわざわざこんなこと言わないから」

「じゃあ何も問題なしっ。わたしの家は広くて部屋数も多いので、キヨツグが期待するような間違いは起こり得ません。残念でした」

「人を変質者扱いして話を進めるな」

「じょーだんじょーだん。ほんとに気にしなくていいから。いつも一人で寂しいぐらいだし」


 その軽い様子から無理に気遣っている感じはしない。言葉どおり俺を泊めることに抵抗はなさそうだ。


「……だったらまぁ、お世話になります」

「はい、お世話させてもらいます。さ、暗くなる前に帰ろ帰ろっ」


 ユミルの家に宿泊することが決定し、そのまま案内されて行くと、聞いていたとおり他の家々よりも一回り広い造りの住まいだった。


 内装は外観と同じく茶一色で、ソファやテーブル、棚に置かれた本や観葉植物など生活感が見えつつも、木材の落ち着く雰囲気をそのままに調和の取れたオシャレな空間に仕立ててある。お兄さんが森の外と商いをしていると言っていたし、大体の物は輸入品なのだろう。


 大まかに間取りを教えてもらったあと、俺たちは夕食作りに取りかかった。


 作ったのは、森に自生しているキノコや森民の農家さんからもらった根菜類を和えた野菜パスタだ。果実を絞った果汁百パーセントのジュース付き。


 集落の構造を見て予期していたことだが、電気や水道、ガスの設備はなく、不便に感じることが多々あったものの、時間をかけて作った料理は美味(びみ)の一言だった。


 それからユミルと雑談をしていたら、あっという間に就寝時間となった。


 お風呂(水浴び)や歯磨きなどの日常作業のあと、空き部屋を貸してもらい、床に敷物を敷いて横になる。ユミルが「わたしのベッドを使って」と勧めてきたが、居候の身で家主の寝床を奪うのは良心的にできなかったので断った。


 ランタンの灯りを消して、目を閉じる。


 走馬灯のように今日一日の出来事を反芻(はんすう)しはじめる思考の反面、身体のほうはだいぶ疲れていたようで、あれこれと考えているうちに俺はいつしか眠っていた。

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