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語り部はバッドエンドを繰り返す  作者: 浅白深也
二章 犠牲の物語
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仕事のお手伝い

「──じゃあわたしは訪問してくるね。キヨツグはテキトーに景色でも眺めながら休んでて。あっ、でも遠くに行っちゃダメだよ」

「俺は子供か。ここまでのルートは大体頭に入ってるから大丈夫だよ」

「すでに迷ってた人が言っても説得力ないよー」

「あれは理由があってだな…………分かった。そこの休憩スペースで大人しく待ってるよ」


 ユミルは満足したように頷くと、目先にある民家前に行き、玄関に向かって「ラウルさーん、ユミルです、健康観察に来ましたー」と呼びかけた。


 現在、俺はユミルの集落にお邪魔している。


 聞けばユミルのお兄さんが森の外に繋がる道に詳しいらしく、後々会えるとのことでそれまでは彼女の仕事である集落の人(通称森民(しんみん))の健康観察を手伝うことにした。と言っても難しいことはせず、ユミルが森民と話す傍らで、事前に作られた観察ノートの項目に○△×の記号を記入していくだけだ。


 次の森民はご高齢で片足が不自由らしく家の中での観察となるため、さすがに余所者の俺が入るのは(はばか)られるだろうと思って外で待機することにしたのだ。


 向こうから応答があったのか、ユミルは玄関を開けて中に入っていく。


 俺はその後ろ姿を見送ってからベンチが並んだ休憩場所に行き、腰を下ろす。


 目の前に広がる景色を見て。


「やっぱ夢だよなー、これ」


 散々考えた結果、俺の現状は明晰夢という結論に落ち着いている。確信というわけではなく、他にしっくり来る答えがなかったのだ。


 あの不思議な力を見た森での一幕のあと、俺は考えを一から改めることになり必死に現状の把握に努めている間にも、ユミルに迷い人認定されて半ば強制的に集落に案内された。


 そこで俺はまた目を瞠ることになる。集落というから小規模なイメージだったが、実際は全然違ったのだ。


 集落は幾多にも及ぶツリーハウスで構成されており、それに伴って縦横無尽に木道が延びている。加えて、住居や点在する街灯、ベンチなどの小さな物に至ってもほぼ全てが木製で統一感があり、森の街という表現が頭に浮かんだ。


 そして、あちらこちらでふわふわと上空を飛んでいる、謎の生命体。


 手のひらに乗るぐらいの大きさのそれは、一本の触覚がある頭と指のない小さな手足のついた胴体で形作られており、全体的に緑色で目と口だけが真っ黒だ。笑っているのか、どの個体も口がニコニコしている。近づくとスイーっと逃げたので自我はあるっぽい。


 ユミルに聞いたところ妖精さんと答えた。初めて見ると言ったら驚かれたので、森民たちには鳥などと同様に馴染みのある存在らしい。


 噂でも聞いたことがない未知の生物が現れたことでこの場所が海外である可能性も消え、だったら異世界かという突拍子もない考えも浮かんだが、これまで会った人たちは全員が流暢に日本語を話していた。俺に対してだけならまだしも森民同士で話す時も日本語。しかも俗語や略語も出てくるし違和感ありありだ。


 そんな経緯もあり、夢を見ているという答えしか残らなかった。おそらく眠る直前にあの本を見たから内容が被っているのだろう。……そもそも霧ヶ峰(きりがみね)と会った時からかもしれないが。


 今はもう夢だと割り切って行動しているものの、できれば早く終わりにしたい。


 そんな思いとは裏腹に、森の中で意識を取り戻してからすでに三時間ほどが経っている。それにこの夢はかなりリアルだ。五感が現実と大差なく、ちょっとやそっとでは覚めない。手のひらに傷を負った時もしっかり痛みを感じただけで終わったし。


 明晰夢なんて初めての経験だから解き方が分からない。


「やっぱり自然に覚めるまで気楽に待つしかないか……」


 ほぼほぼ諦めつつ、ベンチから立ち上がってすぐ目の前にある木柵のほうに行く。今いる場所はビルの四、五階に相当する高さだから見晴らしがいい。


 なんとなしに街並みを眺めようと木柵に手をかけたら、


「うぉっ!」


 バキバキッと破砕音が鳴って崩れ、パラパラっと欠片が一番底に落ちていく。どうやら腐食していたようだ。危なかった。


「…………」


 高所恐怖症でなくとも身震いしてしまう高さ。


 生半可な痛覚じゃ目覚めないなら、ここから飛び降りればあるいは……。


 一か八かの賭けに命運を託すか託さないか本気で悩んでいた時、答えを出すまえにユミルが「お待たせ〜」と言いながら戻ってきた。


「おかえり。思ったよりも早かったな。特に問題はなかった感じか?」

「うん。左足は変わらず動かせないそうだけど、その他は特に異常もなく元気だって。あ、ただ一昨日に庭先でコケたらしくて膝を怪我してたから治してきたよ」


 手に持った観察ノートを見ながらそう言う。


「キヨツグは街並みを見てたの?」

「ああ、ここからだと一望できるからな」

「夢中になって落っこちないでよ。この高さだとわたしの力でも治せるか怪しいからね」

「……今思ったんだけど、ユミルの力でラウルさんの足を治してあげられないのか?」

「できるよ。わたしもそうしてあげたいんだけど……」

「だけど? 何か理由があ……」

「──よぉ、ユミル。そのノートを持ってるってことは仕事の途中か?」


 俺の質問は一人の男性の登場によって掻き消された。木漏れ日に照らされて輝く金色の髪に、ユミルと同じ翡翠の瞳をした優男。


 すると、ユミルはどこか辟易したような表情をする。


「そうですよー。わたしは怠け者の誰かさんとは違いますからー」

「オレは怠けてるわけじゃないよ。他に優先する仕事があるだけだ」

「へぇ、こんな午前中から妹をストーキングするなんてご立派な仕事ですね」

「ああ! 可愛い可愛い妹が無茶しないよう見守る大切な仕事さ!」

「誇るな! 恥ずかしいからやめてって言ってるでしょ! このシスコン兄はほんと……」


 なるほど、彼がユミルのお兄さんか。言われみれば目元などの顔立ちが似ている。兄妹仲はいろいろと複雑のようだが。


 ユミルの睨みから逃げるようにお兄さんの目がこちらを向く。


「ところで、そっちの子は? 森民じゃないみたいだけど……もしかしてユミルの彼氏?」

「違うから。そもそもここひと月は毎日会ってるのに、いたら知らないわけないでしょ。彼はキヨツグ。森で迷ってたところにちょうどわたしが通りがかって連れてきたの。今は仕事を手伝ってくれてる」

「へぇ、森の迷い人か……」


 何やら思案顔になり、俺のことをジッと見つめる。


「あ、あの……」

「──あ、ごめんごめん。迷い人なんて珍しいなぁと思ってな。初めまして、ユミルの兄のアリウスだ。よろしく!」


 グッと親指を立てて爽やかな笑みを見せる。


 俺が少し疑問に思いながらも挨拶を返したところで、ユミルが本題に入る。


「兄さん、キヨツグを森の外まで送ってあげて。兄さんは商いの仕事で行き来してるから道のりは分かってるよね」

「あー……じつはこのあと予定がぎっしり入ってて厳し……」

「嘘をつかないで。こんな時間にわたしに会いに来てる時点で暇なんでしょ」

「これは兄ちゃんの日課だ。ユミルの姿を見て声を聞かないことには一日が始まらない」

「もう気持ち悪いなぁ! 変なこと言って誤魔化さないでよ!」

「事実さ。そして忙しいのも本当。申し訳ないけど、今すぐに送り届けるのは無理だ」


 アリウスさんはぴっしゃりと言い切る。面倒なのか何か訳があるのかは知らないが、この様子では一向に頷きそうにないな。


 どちらにせよ、これは夢なのだからどこへ行こうが俺の帰る場所はない。問答するだけ無意味だ。あと、兄妹喧嘩を見ているとなんか自分と逢花(あいか)のようで居た堪れなくなるし。


「まぁまぁユミル。俺は暇な時で大丈夫だから」

「でもキヨツグだって知らない土地に留まるのは不安でしょ?」

「独りの時はそうだったけど、今はユミルがいるから平気だ」

「キヨツグがそうでも家族の人は心配してるかもだよ」

「うちは放任主義だから数日いなかったぐらいじゃ騒がない。それに個人的にこの見慣れない綺麗な景色をもう少し満喫したいしな」

「……まぁキヨツグがそう言うなら」

「うんうん。キヨツグ君は逞しい精神の持ち主だな」

「キヨツグは気遣ってくれたの! 兄さんが何を考えてるのか分からないけど、数日内にはちゃんと送り届けてよ」

「もちろん。だけどその間はユミルがしっかりとキヨツグ君の世話をするんだぞ」

「言われなくても最初からそのつもりだったし」

「逆に迷惑をかけるんじゃないぞ」

「兄さんと一緒にしないで」

「あはは、頼んだ。じゃあオレは用事があるからこれで……っと、その前に」


 アリウスさんは俺の肩に腕を回しながらユミルに背を向け、こっそりと耳打ちする。


「ユミルは森の外に出たことが一度もないんだ。森民以外の人と接することはほとんどないから仲良くしてくれるとありがたいな」

「わ、わかりました」

「おう! サンキュ!」


 笑顔でそう言ってから俺の背を軽く叩いて今度こそ去っていく。


 ここまでのシスコンっぷりを見るに、てっきり妹に手を出したらタダじゃおかない的なことで釘をさされると思っていたが。初対面なのに警戒しないのだろうか。


 ユミルは疲れたように溜息をついたあと、俺に向けて手を合わせる。


「キヨツグ、ごめんね。本当だったら今すぐにでも帰してあげたかったんだけど……あのとおり、だらしない兄さんで……」

「いや、頼んでくれただけでありがたいから謝らないでくれ。そこまで現状を深刻に捉えてないのは事実だし。それに俺からみれば妹想いの良いお兄さんだと思ったけどな」

「本当にわたしのことを想ってるなら、わたしを悩ませることはしないよ」

「まぁ急な話だったからな。用事があるなら仕方ないよ」

「それも本当かどうだか」


 兄に対しての信用性がまるでない。俺も逢花(あいか)にはこんなふうにダメ兄貴と見られているのか。なんだか同情の気持ちが湧いてくるな。


 その後、気を取り直して仕事を再開させた。

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