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語り部はバッドエンドを繰り返す  作者: 浅白深也
二章 犠牲の物語
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ヒロインとの出会い

《一日目》


 さわさわとした木の葉の擦れる音と、その中に紛れる小鳥のさえずり。どこか癒やされるような土草の香りに、頬を撫でる湿り気を伴った風。


 それらが五感を刺激し、暗闇の底に沈んだ意識をだんだんと浮かび上がらせていく。


 俺はゆっくりと瞼を開ける。


 目に映ったのは、新緑に満ちた木々だった。


「…………え?」


 途端に寝ぼけた頭がクリアになり、自分が樹木に背を預けている体勢であることに気づく。  


 ──ここはどこだ……? なんでこんなところで俺は寝ていたんだ……?


 戸惑いつつも、すぐに経緯を振り返る。


 直近の記憶は、霧ヶ峰(きりがみね)邸の地下室に行って冒頭しかない本を見せられ、不可思議な眠気に襲われたところで終わっている。こんな場所に来た覚えはない。


 記憶を探りつつ、現状を把握しようとその場で立ち上がって辺りを見回す。


「……っ」


 俺はその光景に息を呑んだ。


 三百六十度の見える範囲すべてに木々しかない森の中。頭上で生い茂る無数の枝葉から木漏れ日が射し、草で覆われた地面に影を揺らめかせている。


 霧ヶ峰(きりがみね)邸の付近の山林か? という推測はすぐに否定できた。


 なぜなら周囲の樹木は、その一本一本が樹齢何千年の大樹という表現をしてもおかしくないほど馬鹿でかいからだ。まるで高層ビルのように幹は太く高い。


 絶景といえば絶景だが、意識して見ていると自分が小人になってしまったかのようで、あまりのド迫力に得も言われぬ恐怖心が湧いてくる。


 心を落ち着かせるため地面に視線を逸した時、自分の服装が変わっていることに気づいた。


 霧ヶ峰(きりがみね)邸の時はゆったりとした病衣を着せられていたが、今はファンタジー物の旅人が着ていそうな出で立ちだ。もちろん服のどこにも携帯は無い。


 そこまで把握してから再び推考に戻る。


 こんな巨大樹が乱立する森なんて日本にはないから、ここは海外だと思っていいだろう。たしか北米にある国立公園の一つに多くの巨木で形成された森があったが、そこだとすればかなりの時間が経っていることになる。


 なんにせよ、あの二人は何らかの方法で俺を眠らせたあと、俺を(なぜか着替えさせて)この場所まで運んだ。理由は……分からない。


「ダメだ、記憶も情報も少なすぎる。あいつらは何の意図があってこんな真似を……──────っ!」


 後悔を噛み締めていた時、不意に大木の陰からこちらをじーっと見ている少女に気づいた。


 目が合うと、すぐに少女は木陰から離れて俺の前までやってきて優しげに微笑む。


「こんにちは。森の外から来た人かな?」

「…………」

「あ、あれ? 聞こえてる?」

「……あ、ごめん。ちゃんと聞こえてる。そう……だと思う」


 まさかこの容姿から流暢な日本語が出てくると思っていなかったから反応が遅れた。


 年齢は俺より下か、同じぐらいだろう。おでこを隠した肩までかかる銀髪は光が通り抜けるような透明感があり、サイドに花柄をモチーフにした髪飾りが着けられている。穏やかな森林を表したような翡翠の瞳に、少しあどけなさが残る肌白い小顔は左右対称で、まるで人の手で作られた美術品のようだ。


 霧ヶ峰(きりがみね)も(性格はどうであれ)相当な美少女だが、彼女も同じぐらいの魅力を放っている。しかもの近寄りがたい雰囲気とは逆に、彼女からは不思議と人を寄せつける温和な印象を感じた。


 しかし、俺の心に募ったのは好意ではなく、モヤモヤ感だ。彼女の容姿は何かが引っかかる。


 喉に小骨が刺さったような違和感がする間も、少女は会話を続ける。


「この森じゃ見かけない顔だからそうだと思ったよ。じゃあもしかして迷ってる感じ?」

「まぁそんなところだな」

「そっかぁ、大変だったね。力になってあげたいのは山々だけど……森の外までの道のりについてあまり詳しくないんだよね。他に知ってる人がいるから一度わたしたちの集落に来る? 案内するよ」


 依然として違和感の正体は掴めないが、悩んでいてもしょうがない。霧ヶ峰(きりがみね)たちの思惑も不明だし、今は身の安全を最優先するべきだ。


 そう考えると、友好的で言葉が通じる彼女に会えたのは不幸中の幸いなのかもしれない。


「お願いしてもいいか。ただ、今無一文で払える物がないからお礼は後日になるけど」

「道案内ぐらいで何も取らないよ。ちょうどわたしも帰るどころだったし、ついでついで」

「そうか。ありがとう、すごく助かる」

「どういたしまして。それじゃ、すぐそこだから行こー……と、その前に自己紹介しよっ。わたしはユミル・リスハート。あなたは?」

「ああ、俺は時任きよつ…………ユミル、だって……?」

「うん、わたしはユミルだけど……難しい顔してどうしたの?」

「…………」

「いやいやっ、ほんとにどうしたの? そんなにジッと見られると恥ずかしいんだけど……」


 困惑する彼女に構わず、彼女の容姿を無遠慮に見続けながら記憶と照らし合わせる。


 そして自身の考えが間違いでないことを悟った。やっと彼女と出会った時に抱いた違和感の実体にたどり着く。


 銀色の髪をしたあどけない顔の少女で、名前はユミル。


 霧ヶ峰(きりがみね)に勧められて読んだあのタイトルがない謎の本、その冒頭に書かれた文章やイラストと彼女の存在が全く同じであることに。


 ──なるほどな。つまりそういうことか。どうりでこう都合よく話が進むわけだ。


「何かわたし変なこと言った……」

「もう演技はいい」

「え、演技?」

「どうせあのお嬢様とメイドに頼まれたんだろ。一芝居を打ってくれってな」


 困っていたところに現れた、本の内容と瓜二つの少女。あまりにも偶然が重なりすぎている。


 何より真っ先に日本語で声をかけてきたということは、一目で俺が日本人だと分かったわけだ。しかし、ここは日本ではない海外なわけで、顔つきで東アジア人だとは分かっても日本人まで絞り込める要素はない。


 そのことからしても彼女は最初から俺の正体を知っていたと考えるのが妥当だ。でなければ見知らぬ男に対してここまで警戒心なしに近寄れない。


 つまり彼女は霧ヶ峰(きりがみね)たちとグル。おそらく金で雇われた(この容姿と自然な演技からして)海外で有名な役者なのだろう。


 何の実験かは知らないが、これ以上付き合っていられない。


「俺を家に帰してくれ。家族に変な心配をかけたくない」

「だから一度わたしたちの集落に行って……」

「達者な芝居はいいから。────おいっ、霧ヶ峰(きりがみね)! どこからか見てるんだろ。もうタネは割れてるからこの意味のない実験をやめろ!」


 辺りに向けて叫ぶが、一向に返答はない。役者の彼女も驚いたような表情を演じている。無理やりにでも続行するってわけか。


 そちらがその気なら仕方ない。どこかにある監視カメラを奪って撮影できなくしてやる。


 捜そうと足を進めた時、彼女が「ちょっと待って!」と服の袖を掴んでくる。


「何が何だか訳が分からないけど、一人で行動したらまた迷子になるよ!」

「あんたも仕事熱心だな。どれだけ報酬があるかは知らないけど、仕事は選んだほうがいいぞ」

「意味わかんないっ! わたしの仕事はこの森の環境保全と森民(しんみん)の健康管理だからっ」

「はいはい、そういう設定な。じゃあ俺はどちらとも関係ないから放っておいてくれ」

「ヤだよっ! ここであなたを一人で行かせて遭難した挙げ句に衰弱死でもされたらめちゃくちゃ自責に駆られるじゃん! 悔やんでも悔やみきれないじゃん!」

「さすがにそうなる前にこの茶番を止めるだろ。あんたが余計なことを心配する必要はないから、いいかげん離してく────うぉっ! ……()ってぇ……」


 振り払う力を入れすぎて彼女の手から逃れたとともに地面に倒れる。反射的に手をつくと、散らばった枯れ葉や小枝に触れて右の手のひらを擦りむく。


 滲んでくる血を見てげんなりしていると、すぐさま彼女がそばに来て屈む。


「だ、だいじょうぶ!? ──わっ、手のひらが……わたしが手を離したから……ごめん!」

「いや俺が急に力を入れただけだから、あんたは悪くない。大した傷でもないし……」

「ダメ! 化膿したら大変だよ。今治すから、少し我慢してて」

「治す?」


 手ぶらでバッグもからってないし、医療用具を持っているふうには見えないが。


 すると何やら彼女は俺の怪我した手のひらに自分の両手をかざして。




「────ッ!?」




 俺は目を疑った。


 瞬間、右手を包み込むようにその周囲が淡く発光したのだ!


 しかもそれだけでない。傷口から黒い霧が溢れ出してそのまま彼女の手の中に消え、並行してみるみるうちに傷が()()()()()。まるで巻き戻しの映像を見ているかのように。


 不可思議な光景は一分弱で終わり、彼女は「ふぅ」と息をついて両手を下げた。


 俺は自分の手のひらを見る。


 怪我したことが勘違いであったように、血どころか一片の傷すらも無い。痛みなんて全くせず、代わりにぬるま湯に浸けた時のようなほんのりとした温かさを感じる。


「よし、もうこれで大じょう……ひゃ」


 信じられずにすぐさま彼女の手を掴んで確かめるが、特に変哲もない、ただの綺麗な手だ。


 何かしらタネのあるマジックではない。そもそも流血するような怪我を一分かからずに治すなんて不可能だ。しかも道具を使った様子もなかった。


 普通ではあり得ない神秘の力。こんなもの存在するなんて聞いたことがない。


 ただただ驚く俺に、彼女──ユミルは困ったような笑みを浮かべていた。

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