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語り部はバッドエンドを繰り返す  作者: 浅白深也
一章 怪しい洋館の主
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深緑の本

 洋館の一階から続く螺旋状(らせんじょう)になった階段を降りていく。


 石壁に等間隔に備えつけられたアンティークランプが仄かな光を放ち、どこか不気味な雰囲気を醸し出した通路。延々と同じ場所を歩き続けている錯覚に陥るほど先の光景は見えない。


 そんな中、三船(みふね)さんが二歩前を先行し、そのあとを俺が続き、そして……。


清次(きよつぐ)先輩。あとが(つか)えるのでしゃきしゃきと歩いてください」

「…………」


 俺のすぐ背後をぴったりと引っついてくる霧ヶ峰(きりがみね)。きっと逃走防止のためだろう。


 頼みごとを受け入れる覚悟はしたものの、不安は拭い去れないどころか増す一方だ。


 この洋館──霧ヶ峰(きりがみね)邸はやはり凄まじいほど豪奢で広大だ。俺が寝かされていた客室も高級ホテルばりな内装だったが、ここまで来るのに経由した部屋や廊下のどれもが同じ、もしくはそれ以上に豪華だった。


 それは家の造りだけに留まらず、本革のイスやソファ、大理石のテーブル、幅広い廊下には端から端までペルシャ絨毯が敷かれていたりと、どの調度品一つ一つとってもかなりの富豪であることが容易に分かった。


 だからこそ、不安心が消えない。ここまで財力のある人間がする頼みごとは一体何なのかと。


 そして連れられる先は地下。なんでも見てほしい物があるらしい。もう怪しさ満点だ。…………はたして俺は生きてこの館を出れるのだろうか。


 思考がマイナスに伸びていく中、やっと先の様相が変わった。


 アーチ型の古めかしい両開き扉。木製ながら頑丈そうな造りだ。


 三船(みふね)さんがポケットからリングの鍵束を取り出して鍵穴に差し込むが、開かない。しばし「これだっけ……あれ……これか……」と順番に試していき、やがてガチャリと解錠音が鳴った。


 俺はすぐに開かれた扉の先を目で確認する。


 六畳ほどの広さの部屋は天井から吊るされたレトロな裸電球によって照らされており、木製の机とパイプベッド、何も入れられていない本棚、壁掛けの鳩時計があるだけで特に変哲なところはない。もっとこう、腰を抜かすようなヤバいものが待ち受けていると思っていた。


 しかし、あんな長い階段を降ったところにある部屋だ。何もないということは絶対にない。見ようによっては独房のようだし、外から鍵を掛けるタイプの扉のようだし。


「立ち止まってどうしたんですか? 早く中に入ってください」

「……さっき言ってた、見てほしい物って何だ?」


 俺の警戒心が伝わったみたいで、霧ヶ峰(きりがみね)はこれみよがしに嘆息する。


「この期に及んでまだ私たちを怪しんでいるんですか。恩知らずにも程がありますね」

「なんとでも言え。大体こんな物騒な地下に案内されて何も感じないってほうが無理がある」

「まさか私たちが監禁するとでも?」

「端的に言えばそうだ」

「はぁ。だったら私と一緒であればいいでしょう」


 霧ヶ峰(きりがみね)が俺の手を掴んで部屋の中に足を踏み入れる。


 そしてものの数秒、背後で扉が勢いよく閉まり、続けてカチリと施錠音が聞こえた。


「……おい。これはどういうことだ……?」


 霧ヶ峰(きりがみね)は眉を(ひそ)める。


「私のような美少女と閉じ込められて何の不満が?」

「閉じ込められた事実だよ! 言った側から予期した展開になってるだろうが!」

「誰も閉じ込めないとは言ってませんよ。隙を見せた清次(きよつぐ)先輩がいけないんです」

「責任転嫁も甚だしいな!」

「まぁまぁ。私も一緒ですし、事が済めばちゃんと出させてあげますので。────それよりも、そこの引き出しに入っている物を取り出してください」


 悠々とした態度で机を指差す。


 まさか拉致監禁されるなんて思ってもみなかった。不測の事態に備えてバッグからポケットに携帯を移していたが、助けを呼ぼうにも地下では圏外で連絡できない。かといって俺のひ弱な体では扉を破壊する強行突破も無理。


 霧ヶ峰(きりがみね)を人質に取って三船(みふね)さんに開けるよう訴えかける手もあるが…………このお嬢様の狼狽(うろた)える姿が想像できないし、なぜだろう、負かされるビジョンしか浮かばない。


 どうやらここは大人しく従うしかないようだ。生きてここから出れることを祈ろう。


 言われた通りに引き出しを開けると、意外にも中には一冊の本が入っているだけだった。


 まずは手に取って観察してみる。深緑の装丁をしており、表紙だけでなく背や裏にも何も書かれていない。よく文具店などにあるインテリア用のダミー本っぽい見た目だ。


「これをどうすればいいんだ?」

「読んでください」

「それだけか?」

「はい。私はその本の感想が聞きたいんです」


 地下に来てまで頼むことが本読みか、と(いぶか)しみながらも、従うほかないので椅子に腰を下ろして本を開く。


 最初の見開きには文章があった。



 大樹がひしめく森の中心。

 青白い輝きを放つ花々に囲まれながら(そび)え立つようにして生えた巨大樹。

 御神木(ごしんぼく)と呼ばれたそれを、〝浄化(じょうか)神子(みこ)〟である少女ユミルは静かに見上げていた。

 このまま時間が経つにつれて瘴気(しょうき)が増え、枯れ地は広がっていく。

 もう、生まれ育ったこの大切な森が死にゆく姿を見たくない。

 もう、みんなの穏やかな時間を失いたくない。

 だからわたしがやるんだ。

 大丈夫、きっと上手くいく。

 だってわたしは、わたしたちは────



 文字の背景には見開きの絵が付随している。


 大きさを表現するようにページから見切れた樹木と、その下の地面を覆い尽くす白光した青の花。そして、その樹木を見上げながら祈るように胸の前で手を握りしめている銀髪の少女────と見るからにファンタジーっぽい。


 てっきり文字ばかりの小説かと思いきや、絵本か。想定よりも楽に読み終わりそうだな。


 さっさと次のページを捲ると、何やらそこは白紙だった。


 印刷ミスか珍しいなと思いつつ、先に進むと、またもや白紙。


 次も、次も、その次も……。


 結局すべて開いてみたが、最初のページ以外は白紙だった。と言って、それが意図的な何かの表現には見えない。


「冒頭しかないんじゃ何の感想も湧かない」


 本を閉じ、素直に言う。この短い文章とイラストで何を感じろというのか。


「はい。それもそうでしょう。まだ清次(きよつぐ)先輩は物語の全てを見ていないのですから」


 まるで俺の反応を予期していたかのような泰然とした態度が引っ掛かり、見落としがあったのかと再確認したが、やっぱり物語は序盤も序盤で途切れている。意味が分からない。


「結論を言ってくれ」

(じき)に分かります。まぁ事前のアドバイスとしては、恐れず、慌てず、流れに身を任せろといったところでしょうか」

「急に何を言ってるんだよ。さっきからやりたいことが分から……な…………い……?」


 文句は歯切れ悪く終わった。


 突如、全身麻酔を打たれたように思考がぼやけ、だんだんと瞼が重くなってくる。


「この、眠気は……なん……」


 尋常じゃないことが起きていると悟りながらも抗えず────。


 微睡みに沈んでいく中、霧ヶ峰(きりがみね)の声が聞こえた気がした。


「ヒロインのハッピーエンドを目指してください」

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