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語り部はバッドエンドを繰り返す ──ユミルの物語  作者: 浅白深也
五章 繰り返されるバッドエンド
34/38

固く誓う

【??巡目】

 ハッピーエンドの条件とか今までの経緯とか関係なしに、ひたすらユミルのことだけを見る。


 森民と接する時の、憂いを帯びた彼女の表情を。


 死地(しち)を見つめる時の、悲しみながらも決心を宿した彼女の瞳を。


 彼女が何を考え、何を想い、何を願うのかを今度こそ知るために。


 俺はユミルの一つ一つの言動を深く見据えた。


 そうして二日目の就寝時間がくる。


 借り部屋を訪れてきたユミルと雑談を交わす中で。


「──話は変わるけど。キヨツグさ、昨日からやたらとわたしに視線を向けてたよね?」

「気のせいだろ」

(けむ)に巻こうとしても無駄だよ。実際に何回も目が合ったじゃん」

「それを言うならユミルも俺のことを見てたことになるぞ」

「わたしはキヨツグの体調や迷子を心配して見てただけです。何のやましいこともありません」

「そうだったのか。見守ってくれてありがとうな」

「普通そこは子供扱いに怒るとこでしょうが。感謝するふりを装って話を逸らそうとしないで、なんでわたしを見てたのか答えなさい」

「ユミルの容姿が可愛すぎて見惚れてたんだ」

「褒めてくれてありがとう。で、本当は?」

「……もっとユミルのことが知りたかったんだ」


 彼女の強い関心からは逃れられないと悟って本心を言う。


「森で迷う見知らぬ男を警戒も対価もなしに助けてくれた子が、どんな人で、どんなことを思いながら日々を過ごしてるのか気になった。彼女は何を望んで何に喜ぶだろうって。そうして目で追ううちにやっと……やっと彼女のことが分かったんだ」

「へ、へぇ。何が分かったのかな……?」

「やっぱりユミルは誰よりも人想いで心根の優しい子だってことが」


 迷いのない声でそう言うと、急にユミルは体操座りをして膝に顔を埋める。


「どうしたんだ?」

「そ、そこまで真剣な顔と声で言われると、さすがのわたしも照れるというか…………キヨツグはわたしのことがその……好きなんですか……?」

「好きだよ」

「〜〜~〜。そ、そうなんだ……」

「まぁ人としてだけど。──()ったぁ! いきなり背中を叩くなよ……」

「乙女心を弄んだ罰です!」

「まさか恋愛的な好きだと思ったのか? 俺たち出会ってからまだ二日も経ってないのにねぇ」

「まだ罰が足りない?」

「ごめんごめん。でもさっき言ったユミルの人柄については嘘じゃないから」

「信じられません!」


 怒りからか恥ずかしさからか、少しだけ頬を紅潮させてプイッと顔を背ける。


 そのユミルの様子を面白おかしく思いながらも。


「……もしさ。俺のこのからかいが照れ隠しで、本当はユミルのことを恋愛的に好きだとしたら、俺の告白を受け取ってくれたか?」


 また茶化してきたと思ったのか最初ユミルは睨んできたが、俺の落ち着いた雰囲気から冗談でないことを察したようで、幾ばくか真面目な顔になり、


「ううん。受け取らなかったよ」


 そう静かな声で答えた。


「キヨツグが傷つかないよう補足するけど、相性の問題じゃなくて、浄化(じょうか)神子(みこ)は短命だから。お父さんがそうであったように、きっといつか悲しませることになる。わたしのことで誰かが心を病ませる姿は……もう見たくないんだ」


 それから少しの間、物思いに(ふけ)るように黙ったあと、


「ねぇ。キヨツグから見て、浄化の神子(わたしたち)はどんなふうに映ってる?」

「…………」


 俺は答えられなかった。


 ユミルの気持ちに沿う言葉は分かっていても、それは自身の想いじゃないから。


 そして自身の想いを口にすれば、きっとユミルの表情を曇らせてしまうから。


 ふたたび訪れた静寂の中、ユミルが「もしわたしが……」と呟いた。耳を澄ませないと分からないほど小さな声音だった。


 しかしその言葉が発展することはなく、ユミルは普段の穏やかな態度に戻った。


「変な質問してごめんね。ふと思っただけで大したことじゃないから気にしないで」

「……ああ」

「よしっ。明日は大忙しだから夜ふかしもここまで! 睡眠大事! ──おやすみ、キヨツグ」


 俺が挨拶を返すと、ユミルは一度にっこりと笑い、立ち上がって部屋のドアに向かう。


 遠退いていくその背が見えなくなるまで、俺が言葉を投げかけることはなかった。


 ()くる三日目の朝。


 挨拶にくる森民の応対をしていると、負傷したカイが運び込まれてくる。


 すぐさまユミルが治療して快方し、その場は収まる。


 入れ替わりでラナフィナがやってきて、ユミルとともに自室へ行く。


 五十分ほど一人で応対をして、森民の来訪が途絶えたところで家に入り、ユミルの自室のドアを無断で開ける。


 そこには彼女がいて、不安な面持ちで南側の床に敷かれた絨毯に視線を落としていた。


 俺に気づくと、慌てた様子を見せる。


「キヨツグ、遅くなってごめんね! 一人で大変だったよね! 思いのほか衣装のサイズに違和感があったから普段着と比べることになって、沢山の服を引っ張り出したからその後片付けに手間取ってたの!」

「気にするな。今のところスムーズに応対ができてるから。……けど、やっぱり慣れない仕事でちょっと疲れたから少しだけ休憩していいか?」

「うん、無理しないで! ここからはわたしが引き継ぐからゆっくり休んでて大丈夫だよ」


 そう言って彼女が家の外に出て行ったのを確認してから、俺はユミルの自室に入った。


 先程、彼女が見つめていた絨毯を退かすと、人ひとりが通れそうな幅の階段が現れる。その傍には紋様が刻まれた石板が置いてあった。


 躊躇(ためら)うことなく、降りていく。


 途中で階段は終わり、そのあとジメジメとした洞穴が続いて────やがて急に視界が開け、御神木(ごしんぼく)の真下の空間に辿り着いた。


「…………」


 俺は黒い瘴気を纏った核の間近で倒れ伏す彼女に近づいていく。


 まるで死地(しち)の樹木のように凄惨な姿。そしてそれは変えられない物語の最期だ。


 彼女との日々が思い起こされる。たくさんの感情を抱いたあの時のすべてが。


 心に募ってくる惑う気持ちを振り払うように、強く拳を握りしめる。


 決心を胸に、固く誓う。 


「……今度こそ、お前の想いを無かったことにはさせない」




     ***




 地下室のベッドで目覚めて横を向くと、ベッドの端に腰掛ける三船(みふね)さんの姿、そしていつもながら机の椅子に座る霧ヶ峰(きりがみね)の姿があった。


 どうやら来訪を勘づかれたか、もしくは罰欲しさに三船(みふね)さんが教えたのだろう。三船(みふね)さんの楽しげで落ち着いた様子を見るかぎり後者か。


 霧ヶ峰(きりがみね)は腕と足を組み、怒りというよりはどこか不貞腐れたような顔で俺を見る。


「ごきげんよう、清次(きよつぐ)先輩。この私に挨拶もせず、こんなところでお眠りとはいい度胸ですね」


 俺は上体を起こしてため息をつく。


「面と向かえば通してくれなかっただろ」

「憶測で決めつけないでください。私は対話できないほど頭が固い人間じゃありません」

「あんなふうに突っぱねておいてよくそんなことが言えるな。頑固そのものだったぞ」

「あれは無謀を極めて醜態を晒した清次(きよつぐ)先輩が悪いんです。私は活を入れただけに過ぎな……」

「ぷふっ」


 会話の途中で三船(みふね)さんが吹き出して笑い、「もー、お嬢様ったら素直じゃないんだからー」と言って俺のほうに擦り寄り、内緒話でもするかのように小声を出す。


「お嬢様ね、実はこの五日間ずっと清次(きよつぐ)くんの心配をしてたんだよ。これで清次(きよつぐ)先輩に何かあったらどうしようってすごく落ち込んでて、さっき私が清次(きよつぐ)くんの来訪を教えた時も地下室(ここ)まですっ飛んで行って……」

(ゆき)ぃ! 余計なこと言わないでください! ペナルティを加算しますよ!」

「わー、たいへんだー、だまっておかなくちゃー」

清次(きよつぐ)先輩! ち、違いますからね! 私はただ清次(きよつぐ)先輩が病んで廃人になられでもしたら私の責任になって面倒だなって思ってただけで誰もあなたのことを心配してなんかないです!」

「絵に描いたようなツンデレぶりだな」

「つんで……! 私をあんな情緒不安定なキャラと一緒にしないでください!」

「かわいいぞ」

「ふざけないで! どこまで私を愚弄すれば気が済むんですか!」

霧ヶ峰(きりがみね)

「なんですか! まだ何かからかってき……」

「ありがとな」


 冗談のない真剣な声で伝えると、霧ヶ峰(きりがみね)は少しだけ驚きに目を瞠って言葉を止める。


「お前がしっかりと俺のことを見て考えてくれたから、道を外れずにここまで来れたよ」

「…………最初からそう言えばいいんですよ。清次(きよつぐ)先輩のばか」


 拗ねた表情でそう言ってから、空気を入れ替えるように一度コホンっと咳払いをする。


「どうやらようやく物語の全貌を把握できたようですね。時間が掛かりすぎですよ」


 その憎まれ口からして、おそらく霧ヶ峰(きりがみね)は六日前の書斎で推理した時には、すでに真相へと辿り着いていたのだろう。


 わざと包み隠したことを恨んでいない。むしろ感謝している。もしあの早い段階で物語の核心を聞かされていれば、きっとあの時の俺は自ら歩みを止めていたから。


「仮に私が清次(きよつぐ)先輩の立ち位置であれば(たちま)ちに真相を暴けていたでしょう。……ですが、そこまでです。ヒロインをハッピーエンドに導くことはできなかった。ヒロインのことを一途に想い、自身を(かえり)みずに幾度も物語を繰り返した清次(きよつぐ)先輩だからこそ、できることです」


 そしてベッドに置いたアンフィニシュトの書を手に取り、見送りの言葉とともに渡してくる。


「ヒロインのハッピーエンドを目指してください」

「ああ、必ず」


 俺は固く頷いてその本を受け取った。

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