三巡目(二日目)
二日目。
森の環境保全の仕事で朝からラナフィナの家に行く。
簡単な自己紹介を終えたあと、ラナフィナは腕を組んで俺を見据える。
「──キヨツグと言ったか。その顔はまだ我のことを疑っているな?」
「言葉だけで魔女だって紹介されてもな。実際に魔法やらを見てみないと信じられない」
「まったく物分りの悪いやつだ。……しかたない、ひとつ披露してやるか」
「手から火とか出せるって言うのか?」
「そんなものお安い御用だ」
コテコテな詠唱をし始めて十五秒後、手のひらに蝋燭ほどの小さな火が出現する。
「どうだ? これで我が崇高なる魔女だと理解したか?」
「それ熱くないのか?」
「そうだったらマヌケすぎるだろう。術者本人には効かないようになっている」
「へぇ……でも意外と地味だな。もっとこう身を仰け反るほどの火力だと思ってたけど」
「やれるわ!」
「危ないからやめなさい!」
ぶわぁっと火柱が上がるほど威力が増した瞬間、ユミルがラナフィナの頭にチョップをかまし、怒られて嘆くように火の大きさが収まっていく。
「……何も頭を叩くことないだろう」
「すぐに調子に乗る人が悪いんです。周りに燃え移ったらどうするのっ」
「その時は水の魔法で鎮火すればいいではないか」
「焼けた樹木は元通りにならないんだよ、可哀想でしょ。キヨツグも煽らない」
「わるかった。この見た目で生意気だと、ついからかいたくなってな」
ラナフィナがキッとこちらを睨みつけてくる。
明らかに友好度が下がったか。このせいで物語の流れが悪い方向に進んでしまったら面倒だが、代わりに新たな情報を得られたからよしとしよう。
それから家でミーティングを開いたあと死地に赴き、侵食具合を調査した。その間、ラナフィナの俺に対しての態度がやや冷たいだけで特に物語に変化はなく、御神木のところへ。
俺は立ち止まって御神木を見上げる。
息を呑むほどの荘厳さに圧倒されることはなかった。それは三度と目にして慣れたからではなく、【二巡目】の火に包まれた光景が残像のようにちらつき、その不自然な現象に大半の思考を持っていかれたためだ。
やっぱりこんな巨大な木が炎上するなんて変だ。であれば考えつくことは一つしか……。
「──キヨツグ、どう? 御神木は?」
「ああ。想像よりも遥かに大きくて驚いたよ」
「でしょでしょ〜。これで昨日言ってた火事の懸念も晴れたかな?」
「……そうだな。このあとは儀式の段取りを確認するんだっけか?」
「うん。ちょっと時間がかかっちゃうかもしれないから、キヨツグはその間どうする?」
「俺はその辺をぶらついてるよ。御神木に近づいても大丈夫なんだろ?」
「そうだけど、危ないから登ったりしちゃダメだよ」
「俺は子供か。ただ近くで眺めるだけだよ」
そこで会話を終え、御神木のほうに歩みを進めながら思考に戻る。
【一巡目】と【二巡目】の相違はこのあとの行動だ。【一巡目】はユミルとラナフィナの話し合いが終わるのを待っていて、【二巡目】はメインストリートに行ってカイたちの遊び相手をした。
正直それの何が火事を誘発したのか検討もつかないが、今回はこの場に残り、明日火事が起きなければここが分岐点だと判明して条件のヒントが隠されていると思っていい。逆に火事になったら他の相違があるということになってお手上げだが。
何にせよ、より細かな調査は次回からだ。
地面の青花を踏み荒らさないよう注意して御神木との距離を詰めていく。
前は御神木のデカさにビビって遠巻きから眺めることしかできなかったため、まだこの付近を調べきれていない。時間に余裕がある今がチャンスだ。
数分かけて根本に到着。全体を見てしまうと恐怖に呑まれてしまうから顔は上げない。
「まずはぐるっと一周してみるか……って、そう簡単にはいかないよな」
地面を縦横無尽に走る根は、まるで丘のように隆起していて普通に歩けない。かといって、跨げる細さのところまで行けばかなり遠回りになって距離が数倍だ。……よじ登るほうがまだマシか。登山かよ。
体力が持つか分からないが、行かない選択肢はないのだから迷うだけロスタイムだ。頑張ろう。
────そうして四十分後。
「──ぜぇ……ぜぇ……」
俺は絶え絶えの呼吸の中、木の根を背にして尻もちをつく。
完全にバテた。まるでプールで一頻り遊んだあとみたいな気怠い疲労感がやってくる。
千年という長い年月を経た老木は不思議なことに樹皮が腐朽しておらず頑丈で、剥がしてしまう心配をせずに手足を掛けて登れたものの、とにかく根の数が多すぎる。ここまで何度登り下りを繰り返したことか。アスレチックじゃないんだぞ。
今でたぶん半分くらいか。はたして俺は無事にユミルたちの元に戻れるだろうか。
「ラナフィナが魔法でどうにかしてくれないかな…………ん? あれは……テントか?」
ふと前方に目を向けると、ぽつんと設置されたグリーンのパップテントを見つけた。
よれよれの足取りで近づいてみると、テントの中には一人の寝袋やランタン、持ち運び用の木箱などがあり、誰かがここで野営していることが窺える。
そしてそのすぐ側の地面には、人ひとりが横になれそうな大きさの石板が埋まっており、表面に描かれた紋様が赤い光を放っている。
もしかしてこれが御神木の核がある地下に続く扉か。こんなところにあったのか。
危険を承知で表面に手を触れさせてみるが特に変化は見られず、横にずらそうと端っこから押してみても微動だにしない。どこにも取っ手らしきものは見当たらないから、おそらくラナフィナが魔法を解かないと開かないみたいだ。
核から出る瘴気は普通の人にとって有害なものらしいし、そりゃ厳重にもするか。
それにしてもこのテントは超絶に怪しい。扉の見張りでもしているのか。一体誰が……。
「キヨツグー! どこ行ったのー!」
その時、御神木の向こう側からユミルの大声が聞こえてきた。
どうやらもう儀式の段取りは終わってしまったようだ。まだまだ調べ足りないが、また迷子になったと心配を掛けるのはよくないか。
俺は同じように大声で返事をして、疲れた体に鞭を打って歩みを再開させた。
運が良いのか悪いのか、帰りの半周は行きと比べて根の数が少なく、半分以下の時間で戻れた。
テントについては迷った末、訊かないことにした。下手に訊いたことで物語の流れが変わっては、火事の分岐点を見極めるという今回の目的に反する。
その場でラナフィナに見送られ、俺とユミルは昼食をとるため街へと帰った。
***
窓から射し込む陽の光が橙色に染まった頃。
「──ねぇ、どっちが似合うと思う? こっち? それとも、こっち?」
ユミルが棚に置いてある上着を手に取って自分の上半身に当てながら聞いてくる。片方は華やかなボタニカル柄で、もう片方は妖精さんのワンポイント刺繍が入っているものだ。
俺たちは今、街で一軒のブティックに来ている。
現実の洋服店と変わらず、店内には木製のオープンシェルフが幾つも並んでおり、そこに様々な種類とデザインの洋服が綺麗に畳まれて置かれている。何でも、ここにある全ての服は店長一人で作ったというのだから驚きだ。代々続く老舗らしいが、元々服作りは趣味の範疇でまったく苦ではないそうだ。
もう日暮れの時間帯だからか、店内には俺たち以外に客はいない。
店内のベンチに座って待機する俺の前で、ユミルが「どっちどっち」と嬉々として催促してくる。……えーっと、たしか【一巡目】では結局どっちも選ばずに他の服を選んだんだよな。
あの時よりも時間が押しているし、早いところお眼鏡に適うものを指し示したほうがいいか。
「その二つよりも、そこにあるホワイトカラーのシンプルなやつがいいと思うぞ」
「それはどっちも似合わないって言いたいの……?」
「ちがう。これは予言だ。ユミルは最終的にあの服を選ぶことになる」
「そんな分かりきった嘘をついて、考えるのが面倒なだけでしょ」
「もしそうなら、その二つのどっちかを挙げてる。わざわざ選択肢を増やさない」
「つまりキヨツグはあの白のワンピースがわたしに似合うって思ってるんだ」
「いや、べつに」
「やっぱりテキトーに済まそうとしてるでしょっ」
「そういうわけじゃなくて……」
あれはユミル自身が選んだもので俺が勧めたわけじゃないからな……説明が難しい。
「はぁ。せっかく客観的な意見がもらえると思ったのに」
「わるい。正直疲れて頭が回ってないんだ」
御神木を一周した余波が体に押し寄せてくる。物語の順序を変えないよう頑張っているが、へとへとの鈍間な動きのせいで徐々に時間がズレてきている。
ユミルは服を畳んで棚に戻しながら、呆れたように言う。
「も〜、だから昼食あとに今日はお家に帰って休もうって提案したでしょ」
「だけど『街の店を見て回りたい!』っていう期待の眼差しを向けれられて断るわけにも……」
「む、向けてないもん!」
「いや明らかに向けてた。玩具を見に来た子供の目をしてたぞ」
「いーえ、してません。これは単なる暇つぶしです」
「そのわりにはずっと上機嫌な態度だったけどな。さっき行った雑貨屋の時なんて、一つの品を手に取るたびに俺に感想を求めてくるほどテンションが上がってたご様子でしたが?」
「た、楽しいのは楽しいからいいじゃん! キヨツグのいじわる!」
「全部事実だからな」
ユミルをからかっていた時、不意に店のドアについた来店客を告げるベルが鳴った。
入ってきたのはアリウスさんだった。
「よぉー、二人とも。服を貰いに来たのか?」
「ああ、兄さんか」
「その邪魔者が来たみたいな顔しないでくれよ……」
「被害妄想だよ。わたしたちは暇つぶしに寄って気に入ったのがあれば貰おうかなって。兄さんも? 他に替えがないの?」
「その端からオシャレに興味ないでしょって決めつけはよくないぞー。オレは家に帰る途中で、通りから二人の姿が見えたから寄ったんだ」
今回はメインストリートの表に出ていないからすれ違いになる可能性もあると思っていたが、どうやらこの時間はどこにいてもアリウスさんと出会うのが決定事項のようだ。
「そうだ、聞いてよ兄さん! キヨツグが真剣に服選びに付き合ってくれないし、挙げ句にわたしのことを茶化してくるの、ひどいと思わない!?」
「そうか。あまりキヨツグ君を困らせちゃダメだぞ」
「なんでわたしがわるい前提なのよ!」
「疲れたキヨツグ君の様子からして、どう見てもユミルが連れ回してるようにしか見えないからな」
「……はい。今日は朝から相当な距離を歩かされました」
「語弊のある言い方するなぁ! ほとんどは仕事での移動だし! キヨツグがくたくたになってるのは自業自得だし!」
「そうだな。俺の体力の無さが原因だから、ユミルは何も悪くないよ。俺が悪いんだ」
「急に素直にならないで! いかにもわたしが言わせてるみたいじゃない!」
アリウスさんはどこか嬉しそうに「はははっ」と声を上げて笑う。
「二人とも、昨日出会ったばかりとは思えないほど仲が良いな」
「兄さん、目がおかしいんじゃない。治してあげようか?」
「いやいや、至って真面目な感想だ。こんなに面白おかしく冗談を言い合える人なんて人生でそうそう出会えるものじゃないぞ。ユミルとキヨツグ君は良いパートナーになれそうだな」
「へんな推察で勝手に話を進めないで。キヨツグが迷い人だってこと忘れてないよね?」
「あぁ、ついにユミルがお兄ちゃん離れする時が来たかぁ。キヨツグ君が来る前の、オレにべったりだったあの頃のユミルが懐かしいなぁ」
「人の話を聞けぇ! それに逆で兄さんがわたしにべったりなんじゃない!」
「ああ、オレはユミルを愛してるからな。生き甲斐といっても過言じゃない」
「……もういい。兄さんが喋るとロクなことにならないから一生黙ってて。そしてキヨツグはどっちの服がいいか意見を出しなさい!」
それからアリウスさんは「それじゃ、お邪魔者は退散するよ。楽しんでな」と逃げるように去り、俺はユミルが心行くまで服選びに付き合うことになった。
辺りの夕闇が深まった頃に家に帰りつき、夕食など済ませて時刻は就寝前になる。
はたして、ユミルが俺の借り部屋を訪ねてきた。
まだブティックでの件を根に持っていたが他愛のない会話をするうちにそれも静まり、話題はやはり自然と俺の過去話になった。
親身になって聞いてくれたユミルとおやすみの挨拶を交わして別れ、敷物に寝転がる。
会話の細かな違いはあるが、今のところ大筋は【一巡目】をなぞっているはずだ。
さて、これで明日はどういう展開を迎えるのか。
俺は期待と不安を胸に、ランタンの灯りを消して目を閉じた。




