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白色の闇へ

作者: 当麻 入

 電飾された暗い部屋はプラネタリウムのようだった。僕は彼女の白く細い体を無遠慮に見ながら、手元に置いてあった煙草に火をつけた。体を循環した煙は新鮮な空気を求めるように僕の口から飛び出した。アーバンギャルドの『平成死亡遊戯』がCDプレイヤーから流れていた。「あの娘みたくきっと死ねないね私」と流れた歌詞に彼女が肩を震わせた。缶酎ハイを飲み、半分以上が灰になった煙草を再び吸い始め、フッと息を吐き、笑った。

「話半分に聞いて欲しいんだけどね」

と朗らかに口角をあげた。煙を吸い込み、吐き出す。

「私さ、人殺したことあるんだ」


 最初はSNSで話題になっているダンスを踊って、ネット上にあげるだけで満足していた。可愛い自分がネットの海に漂流している状況に酔っていた。十八の頃だった。SNSでの活動がスカウトの目に留まり、駆け出し中の地下アイドルに新メンバーという形で参加するとこになった。地方から東京に来て一番に感じたことは孤独だった。どんな時間に外に出ても『独り』ということが身に染みた。幸せが隠し切れない親子、笑みが絶えない集団、痴話喧嘩をするカップル。全てが誰かと関わっている街だった。アイドル活動にも慣れた頃、地元から一人の友人が上京してきた。成り行きで彼女と同居することになった。何が目的でどんな仕事をしているかよく分からなかったが最初はとても幸せそうだった。アイドル活動での相談も気軽に聞いてくれ、一番欲しい言葉をかけてくれた彼女は、私にとってかけがえのない存在になっていた。一年ほど経ったあるとき、彼女は睡眠薬を大量に摂取し始めた。辛いことが忘れられるらしいその行為は素晴らしいもので、彼女と私は何度も、何度も、何度も繰り返した。回数が増える度に希死念慮も増していった。もう消えようと二人で誓った日、初めて喧嘩をした。薬物による中毒か飛び降りか、それの方法について随分と話し合った。彼女は薬物で自死することを頑として譲らなかった。コンクリートにできた水溜りが炎天の日に蒸発するように、誰にも知られずゆっくり消えたいとそう言った。しかし、私は飛び降りに強い執念があった。


 アイドル活動に希望を見出せず、ふとやめようと思った日、事務所のビルを屋上から甲州街道を見下ろした。靴を脱ぎ、遺書を置き、そして再度見下ろした。その時、大量のアドレナリンが身体中から放出されたのを感じた。死を実感したとき、初めて生への執着が生まれた。しかしそれも長くは続かなかった。あの異常なアドレナリン放出を体が、脳が忘れる筈がなかった。

 

 そんな時に彼女に一緒に消えたい、と言われた。しかし、飛び降りだけは譲れなかった。散々話した挙句、最期は自分の好きなようにという結論に至った。彼女は笑顔で遺書を書き、睡眠薬を大量に摂取した。生が途絶えず、再度この世界で息をするのは嫌だからと、私に窒息させるように言ってきた。息はなかったが、私はそれに従った。静かに眠っているようだった。そして私は屋上に向かった。いつの日かと同じように準備をした。アドレナリンは身体中を駆け巡り、脳を刺激した。白の闇が永遠と広がる夢の中にいるようだった。体が妙に軽く、何処にでも行けると思い、一歩踏み出そうとしたときだった。夢から覚めた。酷い現実に少女が立っていた。妹だった。私は笑っていた。


 警察のよく分からない施設に入って二週間ほど経っていたと思う。彼女の両親に問い詰められたが、なんて返答したのか覚えていない。激昂した母親の顔が酷く滑稽だったのは記憶にあるが、父親の顔はもう思い出せない。嘱託殺人という罪に問われる筈だった。難しい話は理解できなかったが、遺書とその他SNSの投稿から自殺ということで解決したらしかった。二〇日間の勾留の末、私は地元である栃木の佐野に帰郷した。父はなんだか気まずそうに私の帰りを待っていた。妹は東京で暮らしているらしく、父、母、ペットの犬と暮らしていた。私はこの地が大嫌いだった。しょうもない伝統やしきたりをまるで呪われているかのように聢と守っているこの街は何処か気味が悪かった。朝になっても犬小屋から出ずに寝ている犬。昼の日差しを受けても濡れたままの洗濯物。児童が寄り道せずに下校する夕暮れ。稼ぎ時にも関わらずシャッターが下ろされたままの商店街。夜の虫の音。早く抜け出すために、私は努めて明るく過ごした。彼女を思い出し、消えたいと思う夜も手首を切り、声を押し殺した。一年後だった。親が支援するという約束のもと、再び東京に出ることが許されたのだ。四ツ谷に向かった。甲州街道を眺めることのできる部屋を借りた。いつでも夢を見れるように。


 小一時間ほど話した後に彼女は僕の方を向いた。煙草に火をつけた。

「君の妹さんはなんであのとき、屋上にいたの?」

「妹とはすごく仲良くてさ、死ぬ前にメール送ったんだ」

そっか、と声にならない声でつぶやいた。

「ねぇ、なんで死にたいの?」

話を聞いても理解できなかったことを尋ねてみた。

「私はさ、自分のことが大好きなの。だから自分が美しいとき、自分が自分を愛せているうちに消えたい。このままのんびり生きていてもくだらない病気にかかって死ぬのがオチでしょ? そんな醜い姿で死ぬことなんて死んでも嫌なんだ」

彼女は笑った。夢から覚めたときはこんな顔をしていたのだろうか。

「今日、僕と死んでみる?」

「死なないよ。親に迷惑かけちゃうし」

彼女は意外にも成熟していた。冗談でもこんな提案したことを反省した。


「死にたいと思ってない私は美しくないから。もっとこの世界に絶望しないと。人殺しがお咎めなしで生きていける世界で夢を見てから消えるよ」


一回も吸わずに手に持っていた煙草は灰になり、ゴミや服が散乱した部屋に落ちた。僕はその刹那に見惚れた。妙に綺麗だった 。

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