第15話
シアたち一行は刃無草を採取するためにシルヴァリスヴェール森林地帯に来ていた。
組合を出たところでマルクスとフレーナ名乗った女が何か話し込んでいたが関わると無駄な時間を取られそうで2人に見つからないように街を出た。
「この間のキャンプ地を拠点にしましょうか」
先日傭兵試験の際に使ったキャンプ地がそのままだったため、今回もそこを使うことにした。
今回の依頼は期間が制限されていないため、刃無草の採取はゆっくりやるとして他の魔獣の観察と討伐も視野に入れている。大体1週間弱滞在する予定だ。
傭兵試験の際に納品した魔力核と素材の報酬がそれなりに出ていたので、今回は街で馬を2頭借りて来ていたため日が沈む前には到着していた。
「じゃあ、さっき話した通り、私とアルトでこの辺り一帯を見てくるわ」
アリアが馬を拠点の直ぐ脇に生えている木に馬を結びつけながら腰に携えている剣を状態を確認する。
アルトもアリアとは別の木に馬を預けながら弓の準備を始める。
「ええ。お願いするわ。1人で対処可能なら倒してしまっていいわよ。私はここで待ってるわ」
シアはアリアの馬に乗ってきたので自分の馬は無いので馬から降りて先日も使っていた椅子代わりの丸太に腰を掛ける。
今回もシアは何も手は出さない予定だ。
「早速行ってくるよ。危険を感じた時は戻ってくるけど、シアも一応気を付けてね」
2人の準備が整い、早速森の中へと飛び込んでいく。
1人でも十分だとは思ったが、万が一を考えて2人は一緒に行動することにした。
シアは2人の背中を見送った後、溜息をつきながら背中に背負っていた布に包まれた刀を自分のすぐ隣に立てかける。
基本的に寝るとき以外は背負うようにしているのだが、本人の希望もあって自由の身にしてあげることにした。
「そうね。そろそろあなたにしたみたいにあの子たちに印を挙げてもいいかもしれないわね」
ひとり空を見上げながら呟く。
アリアとアルトはシアが待っている拠点から10分ほど北へ離れた付近にいた。
10分と言っても長い間山や森の中、況してや黒の森の中でも逃走生活をしていた2人だ。同じ白級や黄級の傭兵なら今2人がいる地点まで30分はかかる。
基本的に2人は木の上や幹、岩場など環境を利用して駆け抜ける。狩る価値のない魔獣には目もくれない。
2人が送ってきた生活は、魔獣と遭遇するたびに立ち止まっていては余りにも非効率だった。
まだ幼かったころは食料とするために魔獣を狩っていたこともあった。しかし追われるようになってからは1週間に一度ある程度の大きさの魔獣を狩り、保存食を作りながら生活していた。
狩の基本は獲物の生態や特徴、弱点などを把握したうえで行う。初めて見るような魔獣に対しては数日使い狩の準備をする時もある。
2人にはそんな準備をする時間も道具もなかった。なので今持っている装備や時間の中で狩れる範囲なのかどうかを瞬時に見分ける必要があった。
いつしか2人には近くにいる魔獣の気配を鋭敏に察知できるようになっていた。その第三の眼と言っても過言ではない能力はこういった森や山などの視界が悪い場所ではその力を発揮する。
そしてその能力が一際強いのがアリアだ。
スタートからアルトの前を走り続けているが、立ち止まるほどの気配を感じない。
元々この偵察はどの程度のレベルの魔獣がいるかの調査を目的としている。なので前回狩った様な魔獣は対象ではない。
「この森はホント平和ね」
アリアが急に立ち止まり周囲を見渡しながらそんなことを口にする。
「そうだね。いくらこの森が駆け出しの鍛錬の場だからと言ってもこの程度じゃ練習にもならないんじゃないかな」
マルクスがこの森は駆け出しの傭兵や傭兵になるための鍛錬の場として使われることが多いと言っていた。
この森に入ってから数十分ほど進んできたが戦闘訓練になるほどの相手と遭遇していない。むしろ今まで立ち止まるほどの魔獣の気配も感じていない。
「まだ日が落ちるまで時間はあるからもう少し進んでみよう」
アルトがそう提案するとアリアもそれに同意する。
「そうね。こっち方面は比較的安全なのかもしれないわね。どちらにしても何かしらの収穫は得たいわね」
そういうアリアにアルトは呆れた笑顔を見せる。
今回は飽くまで調査だ。収穫が無ければ無いでそれが調査結果になるのでアリアのように焦ることは無いのだ。
しかしアルトも若干楽しみにしていた節はあるので肩透かしを食らっているのは確かだ。
2人は更に北へ1時間程度進んでみたが、結局めぼしい物は見つからなかった。
シアは2人の帰りを待ちながら神殿にいた時のように歌いながら寛いでいた。
あの神殿でこうして歌っていると、どこからともなく魔獣たちが集まってきていたので誰かと話したいときによく歌っていた。
今回もそういったことを期待していたのだが魔獣たちの気配は近づいてこない。
残念に思いながらも歌い続ける。
この歌は誰かに聞いたとか教わったわけではない。
ある日神殿で目覚めた時からすでに歌えていたし、知っていた。
この歌がどういった意味があるのかは知りもしないが、ただ歌いたいときに歌うのだ。
そう言えばあの子と知り合ったのもこうして自分の歌に導かれてきた時だった。
あの時も今のように気ままに歌いながら集まってきた魔獣たちと戯れていた。
するとどこから出てきたかわからないが神殿の目の前にあの子がいた。
他の魔獣たちにしたみたいに話しかけてみた。
シアは自分と同じ言葉で話せる魔獣と会話がしてみたかった。なので初めて見る魔獣には手当たり次第に話しかけていた。
しかしそのほとんどはシアの言葉は理解できるが会話はできない魔獣がほとんどだった。
その子が現れた時も期待しながらも期待していなかった。
「あなた初めて見る子ね。何しに来たの?」
その魔獣はシアの顔をじっと見つめたまま近づいてきた。
シアが「やっぱりお話はできないか」と諦め手を伸ばそうとした時だった。
「お前の歌声は美しいな」
驚いた。喋ったのだ。自分と同じ言語で。
ようやく会話ができる存在と出会えたことにシアは感動した。
その日からその魔獣はシアの元へ歌わなくても訪れるようになった。
そしていろんな話をした。人間のこと、魔獣のこと、他にも様々なことを話した。
この森でも同じことを期待していないわけではないが、あの日以降同じような子には出会えなかったことを考えると望みは薄いだろう。
それでもしばらく歌っていると目の前に広がる森から何か近づいてきた。
姿は見えないがあの2人ではないことはわかる。ということは魔獣か、あるいは他の傭兵か。
歌うのを中断して気配のする方を見つめる。
すると木々の間からこちらを見据えながら近づいてくる存在が見え始めた。
それの全身がようやく見えるようになる。
先日狩ったサンライトウルフと似ているが、明らかにそれよりも上位の魔獣だろう。
灰色の短い体毛とその皮膚の下にある筋肉で引き締まった体躯、額から2本の湾曲した角が伸びているのが印象的だった。
それだけで今目の前にいる魔獣が好戦的だとわかる。
体長は3m程だろうか。
先ほどからシアに向けられている視線は恐らく獲物を見据えているのと同じ意味を持ちそうなほど鋭い。
しかし、シアはそんな魔獣を目の前にしても神殿でしてきた対応と全く同じ対応をした。
「あなたは私とお話しできるかしら?」
そう言いながらシアは手を伸ばす。
シアにとって魔獣は友達候補だ。それがどんな悍ましい見た目をしていても変わらない。
しかし目の前にいる魔獣は何の反応も示さない。そればかりか先ほどよりも牙をむき出しにして唸り声を上げ始めた。
(やっぱりこの森にはいないみたいね)
シアは少しがっかりしながら伸ばした手を引っ込めようとした瞬間、魔獣が右前足を振り上げ、シアの腕目掛けて振り下ろしてきた。
そのまま腕に爪がめり込んでいき引き裂かれる。ボトリ。
右腕が落ちる音がした。
シアは自分の肘から先が無くなった右腕を不思議そうに見つめる。
その断面から自分の体内を流れ続けている血液が漏れていく感覚が伝わってくる。
「そう。あなたは私の敵なのね」
シアは俯きながら呟く。
その表情はまるでシアの可愛らしく美しい見た目からは想像もできないほどに不気味で獰猛な笑みを浮かべていた。
感覚が大分空いてしまい申し訳ありません。
カードショップが忙しいです。




