第14話
マルクスは協会へ依頼を確認しに行きながら、例の3人のことを考える。
どう考えてもあの試験結果は異常だ。あの場では言わなかったがあの魔獣たちは初心者が簡単に狩れるものではない。
特にシルバーホーンに関しては一歩間違えれば中級だ。それを1日で発見から討伐まで可能だろうか?マルクスほどの実力があり出発前にそれなりの準備を整えれば可能かもしれない。
しかしあの3人なら可能だろうということは何となくだが納得する。
リリアンにもこの話をしたところ「でしょうね」の一言だった。彼女もマルクスと同じようにオーラが見れるわけではないが彼女たちの異常性には気付いていた。
アリアとアルトも十分に素質があるだろうがオーラがなぜか見えないので力の底は見えない。そんな2人よりもやはりシアという少女の方が問題だ。
普通の人間のオーラには色がある。赤や青、緑などその人間の本質を表すような色に染まる。
しかしあの少女のオーラは黒だった。いや、黒と簡単に片付けられるようなものではい。全てを呑み込んでしまうような、それに触れた瞬間に生気を吸い尽くしそうなものだった。
少女だけではない。あの常に背負っていた長物。中身は武器だろうか?どちらにせよそれからもオーラとは違う何かを感じた。
マルクスの見立てでは、少女が背負っているあれはアーティファクトだ。しかし、あの3人は田舎の村の出身であり風習から逃げてきたと言っていた。
そんな3人が、それも少女がどこでアーティファクトを手に入れたのだろう。疑問が多すぎる。
そんなことを考えながら組合へ向かっていると、正面口からラベンダーの様な紫色の髪を持った女が出てきた。
その女はこちらに気付くなり悪戯っぽい笑みを浮かべこちらに歩いてくる。
「マルクス!久しぶりじゃなーい!」
久しぶりに聞くその女の声はマルクスにとっては面倒な印象を与えるのは今も変わらない。
流星団副団長、フレーナだ。
彼女とは数年前に出会った仲だが知り合って以来、ひたすら流星団への勧誘を受けている。
マルクスはもちろん断っている。そもそもどこかに所属するつもりは毛頭ない。
流星団は組合に認められている傭兵団の中では2番目に大きな組織だ。
ちなみに一番大きな傭兵団は”月の兎”という組織だ。カールライト王国の首都に本拠地を置いており、団員はこの街に滞在している者含めて200人を超える。
もちろん何回か勧誘を受けているがどちらにしろマルクスには興味はない。
「フレーナか。悪いが俺の気持ちは変わらないぜ?流星団に入るどころか、どこかに所属するつもりすらない。」
あらかじめ釘を刺しておくが、目の前の女には余り意味は無いということは想定内だ。しかしこうしておけばいくらかマシになるのも事実だ。
開口一番に断られたフレーナは「ふふっ」と笑みをこぼしながら、不敵な笑みを浮かべる。
「私も毎回あなたを勧誘するわけではないわ。」
マルクスはそんなフレーナを見つめながらため息をつく。
「こうでもしないと、お前ら流星団はしつこいからな。だからお前のとこの連中と喋る時にはいつもこうしてるんだよ。」
いくら組合に管理されているからと言っても実力や実績のある傭兵団はある程度の権力を持ってしまう。
それも机上での論争よりも戦場でこそ力を発揮する者たちの集まりだ。組合側としてはそんな集団の恨みを買って暴れられるのも困るので穏便に済ませるように努めるのだ。
それは国も同じだった。
国としては、首都や領土の街にそれなりの傭兵団がいれば抑止力になると考えている。
傭兵はいわば金さえ払えば立派な兵士なのだ。普段は組合が仲介して仕事を受けているが、その依頼主が国家だったとしても例外は無い。
いざ他国と戦争になった際に、自国に実力のある傭兵団がいれば敵国も迂闊に攻めにくくなるのが現実である。
しかし、いくら国からの依頼とはいえ傭兵団はあくまで組合に管理されているところから見ても分かる通り断ることも可能だ。
なので国としてはいざという時のために貸を作ろうとするので、ある程度の要求は呑もうとする。
そして国の発展にも貢献しているのが大きい。
質の良い魔力核を数多く納品しているために無下に扱えないのだ。
そういった様々な背景もあり、流星団も今より更に力を付けようと才能ある傭兵には勧誘を欠かさずに行っているのだ。
マルクスにとって権力は何も魅力には感じない。
もともとマルクスが傭兵をしている理由は敵討ちの為だった。
マルクスは元々しがない商人の両親の一人息子だった。どこか街に店を構えているような大きい物ではなく、国や街を馬車で渡り歩いて売買を繰り返していた。
決して贅沢ができるわけではなかったが、マルクスは幸せだった。
商人とは思えないほど温厚な父と母はマルクスに商人として生きるための知識を与えながらも愛情を注いでいた。
しかしそんな生活もある日突然に終わりを告げる。
何の変哲もない林道を馬車で進んでいる時、マルクスは馬車の荷台で売り物の中にあった本を読んでいた。
すると両親のいる御者台から悲鳴に近い声が聞こえてきた。
「あ、あれは!なぜこんなところに?!」
その声を聴いた瞬間、馬車にとてつもない衝撃が襲った。
マルクスは荷台に積んでいた衣類が奇跡的にクッション変わりとなり助かったが、御者台にいた両親はそうはいかない。
ボロボロになった馬車から抜け出し周囲を見渡すと、数メートル離れた場所に投げ出され横たわっている両親がいた。
何が起きたかマルクスにはわからなかった。
両親の元へ駆け寄ろうとした瞬間、倒れている父親の元へ大きな影が落ちてきた。
その影はゆっくりと父親の元へ降りてくる。
それが何なのかマルクスにはわからなかったが魔獣ということはわかる。
4本足だが前足は鷲の鉤爪のような形をしているが後ろは獅子のような形を持っている。
頭は鳥のようだが角が生えている。今ならそれがどんな魔獣かわかる。グリフォンだ。
今のマルクスにとってグリフォンは中級魔獣として厄介な相手だが、倒せないわけではない。
翼をもった獰猛な魔獣は単純に厄介なのだ。
しかし当時の幼かったマルクスにとっては絶望そのものだった。
グリフォンは父親の背中に容赦なく前足の鉤爪を突き立てる。マルクスの目の前で父親を捕食しようとしているのだ。
マルクスは父親の死よりも、父親が捕食されそうになっている事よりも恐怖で動けなかった。
しかし、母親から声がかかる。
「マルクス!逃げなさい!」
母親のそれは最早悲鳴だった。
そんな母親の声に我を取り戻し、母親の方へ駆け寄ろうとしたところでまたしても母親から声がかかる。
「逃げなさい!」
その悲鳴にも似た声とは裏腹に母親の表情はいつものように優しく、しかしどこか悲しいそんなような表情だった。
マルクスは葛藤する。父親は既に手遅れだが母親ならまだ間に合うかもしれない。しかし今の自分にはこの状況を打破するような力は無い。
この時に感じた無力感ほど悔しい思いをしたことは無かった。
「で、でも!お母さん!」
マルクスはその場から母親に向け叫ぶ。
しかし、マルクスはあることに気付く。
母親の足は普通なら曲がってはいけない方向に曲がっている。あれではマルクスが助け起こしたところで逃げ切れるわけがない。
「良いのよ。マルクス。あなたは生き残りなさい。そして私たちのために生きなさい!」
マルクスの瞳から大粒の涙が溢れる。マルクスが諦めた瞬間だった。
父親を喰い終わったであろうグリフォンがゆっくりと倒れている母親に近づく。
母親はマルクスを見据えながら力強く頷く。
マルクスはその場からグリフォンとは逆方向へと走り出す。
涙と鼻水でで顔をぐしゃぐしゃにしながら走る。生き残るために。
その後、赤級の傭兵に拾われ剣を習い始めた。あの時の無力感を味わないために剣を振り続けた。
支障となった傭兵からあの時の魔獣はグリフォンだと聞かされた。しかも通常は中級に区分されているグリフォンだが、その個体はどうも違ったらしい。
”二つ名持”通称”ネームド”。
ネームドとなったそのグリフォンは上級魔獣として組合からも認知されており魔力核の納品とは別に報償金が設けられている個体だった。
マルクスはそのネームドグリフォンを倒すために現在まで傭兵を続けている。
忌まわしい記憶が残るあの林道に何度も足を運び、グリフォンの巣に飛び込んだこともある。しかし未だに発見にすら至っていない。
そんな事情があるのでマルクスは傭兵団に興味が無いのだ。
しかしマルクスの事情など知ったことではない流星団は勧誘し続けてくる。いい加減あきらめろと言いたい。
「あら残念。でも私たちの団長はあなたのことを気に入っているわ。簡単には引いてもらえないことは承知しといてもらうと助かるわ?」
マルクスは再び溜息をつく。
流星団団長はマルクスと同じ赤級傭兵だ。何故かわからないが非常に気に入られているため顔を合わせるたびにフレーナと同じように勧誘してくるのだ。
「そろそろ諦めて欲しいんだけどな。」
仕事中だろうが食事中だろうがお構いなしにマルクスのことを見かけでもしたらぐいぐい来るのだ。
どんなお人好しでも一度断った営業に頻繁に来られると嫌気がさす。
「まあ、私の方はもう無理強いはしないわ。最近入った若い子で将来有望そうな子たちを見つけたの」
フレーナのその発言にマルクスは嫌な予感を覚える。
最近傭兵になった若い子という言葉に心当たりがありすぎる。
ちょうどあの3人は傭兵証を貰いに来ていたはずだ。フレーナの目に入る可能性は高い。
フレーナがこの話を自分の組織に持ち帰れば、間違いなく流星団とその団長は興味を惹かれるに違いない。
そしてマルクスと同じようにしつこく勧誘されたらあの3人はどういった対応を取るだろう。
しかしまだ決まったわけではない。
マルクスはフレーナに一応その傭兵の特徴を聞いてみることにした。
「そうね。3人とも子供だったわ。1人は10歳くらいだったわね。アリアとアルトとシアって名乗ったかしら。」
マルクスはその名前を聞いたとたんに寒気がした。




