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オリジナル短編集

詳細不明

作者: のなめ

「――急げ急げ急げ。これは本当にヤバい」


(ピンポーン)


そんな音と共に、インターホンに人影が写った。


(うわ、最悪だ......間に合わなかったか......)


彼は丁度手に持っていたものを強引におしいれの奥へと押しやり、急いでインターホンに出る。


「はい、今行きます」


出来る限り落ち着いた調子を意識しながら彼は応答し、玄関の扉を開いた――。


――***――


"慶太の電話番号です。×××-〇〇〇-△△△ よろしくお願いします"


「え……?」


平日朝7時30分。そんなメールが母親からなんの脈絡もなしに送られてきた。


そんな彼の名前は大平慶太。年齢は22歳で、今年の4月から会社に就職し社会人デビューすることになっている。また地方の大学に通っていることもあり、現在はアパートで一人暮らしをしている。そのため両親と会話をする時は基本的にメールか電話が主な手段だ。彼と両親の会話の内容は様々だが、近況や生活費関係などが大半で特段変わった話をするわけでもなく、やり取りが終わった次の瞬間にはもう別の事や会話の内容を半分近く忘れているくらいには薄くありふれたものと言っていいだろう。直近では久しぶりに高校時代の、自分と同じく一人暮らしをしている友達の家に遊びに行っただの、逆に家に来て一緒に朝まで飲んだだの、大学生らしさかつ一人暮らしならではの話をした記憶がある。今まではバイトや学業、それから就活で遊ぶ暇はほぼなかったが、ようやくそれも最近になって一段落し、こうして遊べるようになったからこそのエピソードだ。


そして今回もそういった上記関連のメールが母親から送られてきたのだろうと思い、いつものように後回しにしようと考えていたが、今回のこのメールから醸し出される妙な違和感からそれが出来ずにいた。


「いや、確かに俺の母親は過去にもこんなよく分からないメールをしてきて、それが間違いメールだったことは何回かあったからその類だとは思うんだけど......。ただ今回のはなんとなく嫌な予感がする......」


息子にこんなメールをよこす時点で、はいはいいつものね。と流すことも出来たが、それは内容が大抵母親の仕事関連で自分とは無関係だったからだ。しかし今回の内容は仕事関連としても自分の名前が出てくること。


そして――、


「何で、俺の電話番号......?」


これはつまり、自分に電話が掛かってくるということか。ならばそれはいったい誰からなのか。もっと言えば、それはいつ、どんな時に、どんな内容で――。


そこまで考えたところで、彼は自分があまりにものそのメールの内容にのめり込みすぎていることに気づいた。


「おいおい、ちょっと待て。一旦落ち着こう。一旦......」


彼は調子を整えるため、暫し深呼吸を行った。


「――ふう......。よし」


それから、再びメールの文全体を眺め、改めて考える。


「......何かやらかしたか?大学はもう卒業まで授業は無いし単位も問題なく取ってるし、SNS関係でトラブった覚えもないし......。どこかに俺が引き渡されるのか?この年齢で......?それとも就職関係か?だとしたら流石に"慶太"とは書かないだろうし......」


考え得る可能性をあれこれと考えてはみたが、正直言って全く分からない。


「......取り敢えずメールしてみるか」


”何このメール?”


「――送信っと。いや、それにしても何だよこれ怖すぎるわ......。早く返信してこないかな」


しかし、それから10分が経過しても返信が戻ってくることはなかった。問題のメールが来てから、考え返信するまでの間はわずか5分。だが5分とはいえ、母親がメールをして次の瞬間にでも携帯を置いてしまえばその後再び手に取るのはいつになるか分からない。


「あークソッ、遅いな......。じれったいから電話してみるか」


母親の返信の遅さが彼の不安に拍車をかけ、通話を試みる。


しかし――、


「え、通話中......!?」


耳に当てた携帯から普段と違った無機質な効果音が聞こえたため画面を見ると、通話中と表示されておりその後すぐに切れてしまった。


「おいおいこのタイミングで一体誰と話してんだよ......」


今までにない、誰に宛てたのかも、その背景すらも予想が付かないメール内容に対する不安。そしてそれを加速させるかのように確認メールを送っても返信が戻ってこないどころか、この状況で誰かと電話をしているという事実。これら一連のまるで嫌なことが起こる前兆のような雰囲気に、嫌でも過去にあった、もはやすっかり忘れていた後ろめたい出来事やほんの些細なトラブルまで鮮明に蘇りそれと照らし合わせて考えてしまう。


「......もしかして、あの事が原因だったりしないよな?」


そんな彼の頭に思い浮かんだのは、某動画のコメント欄で起きた出来事。


「やっぱりあんなところでレスバしたのがまずかったか......?でもあの時訴えると言われたのはもう半年前だし、そもそもボロクソ言ったのはお互い様だしな......。というかあれはただのよくある脅しじゃないのか?でも万が一そうじゃなかったとしたら――」


一度思考が不安により沼にはまってしまえば、前向きな考えがどうしてもできなくなってしまう。


「あー......。この待ってる時間が一番怖いんだよな。この地に足がついていない感じ」


おそらくあと30分もすれば折り返しメールか電話が掛かってくるとは思うが、それまでの時間はあまりにも生きた心地がしない。


「警察、の可能性は流石にないだろうけど......。そういえば家宅捜索ってまさに今みたいな時間にインターホンが鳴って、いきなり家に来るんじゃなかったっけ......」


彼はインターホンの方をチラリと見て背中に嫌な汗が伝うのを感じる。しかし現実的に考えてそういった警察沙汰になるようなことは余程のことがない限りまず有り得ない話であるため、考えることすら馬鹿らしいと思いこの線は無いとすぐに頭を切り替えようとしたのだが――。


”SNS 警察 家宅捜査”


しかし不安とは厄介なもので、馬鹿らしいと思う考えとは裏腹に指先はまるで吸い寄せられるかのように躊躇うことなく検索バーをタップしており、そこに不安材料となるキーワードを打ち込みいち早くそれらの解決を図ろうとしていた。


そうして調べれば調べるほどその不安は大きく膨れ上がっていき、それが頂点に達した頃合いでトドメと言わんばかりに彼を絶望させる決定的な情報が視界に飛び込んできたのだ。


「――え、いやこれマジで言ってる......?ここに、”家宅捜索の前に、先に警察から電話が掛かってくることがあります。”って書いてあるじゃん......。しかも警察間で共有している携帯電話からって......。え?まてまて、それは流石にヤバいって」


その記事をタップし詳しく読むと、どうやら筆者は自分の経験を語っているようで、彼と同じく一人暮らしをしていた大学生の時にそれが起きたらしい。その記事の主要文は概ね以下の通りだ。


”朝私が寝ていると、突然携帯に見知らぬ番号から電話が掛かってきて、それに出ると○○県警の者だと言われた。こうして電話することになった経緯について、以下は私が覚えている限りの警察の言葉である。


「最初君の電話番号から住所を調べ我々は直接君の実家へ行ったが、そこに住んでいる両親に君は今一人暮らしをしていると言われ、その場で事情を説明し君の家の住所を聞いて、こうして今そちらへ向かいながらその旨を伝えるために電話している」


と記憶している限りではこのように語った。その後は罪名を伝えられ、今日学校があれば欠席連絡を入れるようにも言われた。これが家宅捜索を行う前の警察とのやり取りである。つまりもしこれが実家住まいであれば、何の前触れもなしにいきなり家宅捜索から入るところだったのだろう。”


他にも細かな内容が書かれてあったが、自分にとって大事なのはこの部分だ。


「つまり、やっぱり家宅捜索はある日突然行われるんだけど、こんな風に例外みたいなこともあると......。ていうかこの人未来の俺じゃないよな?大丈夫だよな?なんか本気で嫌な予感してきたな......。だって警察とのやり取りが朝に電話から始まってる時点で、俺が今からそうなっても無理ないってことだもんな......。電話番号の件だって残るようにメールで警察の携帯に送ろうとしたのかもしれないし。となると警察に伝えるために息子の名前を書くのも別に変じゃないよな......。マジで本当にこれだけはやめてくれよ......」


その後も彼は胃が痛くなる思いで様々な考えを巡らせ、警察ではなく母親による折り返しの連絡を今か今かと待った。


そしてそれは、何の前触れもなく訪れる――。


「――うわっ!?掛かってきた!だ、誰だ......」


ただでさえ心臓に悪い着信音がいきなり部屋中に鳴り響き、比喩抜きで寿命が縮んだことだろう。そしてこの後の展開で寿命は更に縮むか、それとも回復に向かうかが決まってくる。


彼は恐る恐る携帯の画面を見た。そしてそこに書かれている文字を見て――、


「け......警察じゃなくて母さんか、よかった......」


一瞬安堵感が芽生えたが、それもすぐに消え失せる。何故ならこの30分近くの通話先が警察で、自分に何があったのか、息子の口からも直接話を聞きたいと思い、警察との通話が終わった瞬間に折り返し掛けてきた可能性もあるからだ。


「あ、もしもし......?」


彼は緊張しながら母親の言葉を待つ。


「もしもし~。電話くれたでしょ?出れなくてごめんね~」


母親は笑いながら少し申し訳なさそうに言った。その雰囲気だけでも彼には救いだった。母親の調子から嫌な予感のする空気は感じなかったからだ。しかし、だとしたらあのメールは一体何だったのかが気になる。


「あ、あぁ、うん。ていうかそんなことより、あのメール何?」


「何って、お母さんあるあるの間違いメールよ。ほら、前にお母さんが叔父さんに慶太の近況を話したら、今度そっちへ遊びに行きたいって言ってたって話したでしょ?その叔父さんに送るつもりだったのよ」


「あー......そういえばそんなことあったような......。電話番号交換してなかったの忘れてたわ」


「だから叔父さんが来る前にちゃんと掃除しといてね。散らかってるものとか片付けるのよ?」


それから後は少しばかり雑談をして、電話を切った。


「――ふー......。ま、そんなもんだよな。まったく心配して損した!つかどんだけ不安になってたんだ俺。こんな調子じゃ詐欺かなんかにもコロっと騙されそうだな......。あー、トイレ行こ」


彼は安堵感からかトイレに立ち上がり自分の部屋を後にする。


その数分後、警察を名乗る人物から電話が掛かってくるとも知らずに――。


















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