失恋の夏
突発短編です。
甘酸っぱいやつです。
どうぞお楽しみください。
「翔、いる?」
「……何だよ志津乃」
明らかに拒絶を孕んだ声に、志津乃は構わず翔の部屋の扉を開けた。
エアコンの効いた部屋の中、カビでも生えそうな落ち込み具合でベッドの上に体育座りしている翔に、志津乃は呆れた息を吐く。
「夏休み初日だったのに、なーに凹んでるのよ」
「……うるせぇ。お前に関係ねぇだろ……」
「日向にフラれたの、そんなにショックだった?」
「な、何でそれを……!」
顔色を変える翔に、志津乃はもう一度溜息をついた。
「ばっかねぇ。今の時代、そんなのすぐ共有されるに決まってるじゃない。しかもほとんど接点ないのに、勢いでされた告白なんか特にね」
「うぐ……」
「そんな状態で夏休み前の告白なんて、水着目当てにしか見られないし。日向、ちょっと引いてたわよ?」
「そ、そんな……。俺は一学期からずっと葵さんの事好きだったのに……」
闇を濃くする翔の肩を、志津乃はバシバシと叩く。
「まー、安心しなよ。幼馴染の私がフォロー入れといたからさ」
「……でも、もう無理だよな……」
「そりゃあねー。とっとと切り替えて夏休みを楽しみなさいよ」
「……そんなの無理だろ……」
「そんな事言ったってさ、落ち込んでたら日向が慰めに来てくれるわけでもないし、いつまでも引きずってないで」
「失恋してないお前には、この胸の痛みはわからねぇよ!」
苛立ちから放った大声。
しんと静まり返る室内。
我に返った翔は、顔を上げる。
「わ、悪い、八つ当たりを」
「したよ」
「え?」
「失恋、したよ……」
志津乃の寂しそうな笑顔から、翔は自分と同じかそれ以上の痛みを感じた。
「そ、そうか……。い、いつだ?」
「……昨日」
「そ、そうか、へ、変なところでお揃いだな、俺ら……」
「そうだね……」
「……」
陰りを増す志津乃の表情に、翔は焦りを隠せない。
テンパった翔は、日向を誘おうと思って壁に貼っていたポスターを指差す。
「じゃ、じゃあこれ行こうぜ! 夏祭り!」
「え……」
「フラれたもん同士でさ! こう、それでも夏祭りくらい楽しもうぜ!」
「……」
俯く志津乃。
どうして良いかわからず、生唾を飲み込むしかできない翔。
やがて、
「……やだ」
「えっ」
志津乃から放たれた言葉に、翔は真っ白になった。
しかし続く言葉で、翔は色を取り戻す。
「夏祭りだけなんてケチくさい事言わないでさ! プールとか、海とか、かき氷屋巡りとか、色々行こうよ!」
「お、おう! そうだな! そうしよう!」
元気になった志津乃の言葉に、安堵の声で答える翔。
「んじゃ夏祭りは確定として、他の遊びの予定はまた連絡するね!」
「お、おう! とりあえず暇だから、日はいつでも良いからな!」
「日向とデートする気満々だったんだもんねー」
「んぎ……! お前、そういうのは……!」
「ごめんごめーん。じゃ、まったねー」
来た時と同じ、むしろ元気になったかのような志津乃を見送り、翔は大きく溜息をつく。
「ったく、あのガサツさじゃ、フラれても当たり前だよなぁ……。それにしてもあいつが好きな奴って誰なんだろ……?」
外では翔を責めるように、蝉が大音量で叫んでいた。
二人の夏が、始まる。
読了ありがとうございます。
さて、今回の名前紹介ですが、
波景翔……vacation
砂磨志津乃……summer season
葵日向……向日葵の逆読み
相変わらずのまんまでございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。