第十三話 無言の檄
舞台は再び城西拓翼大学に戻る。
大学が夏休みに入ると、蒼太たちジョーダイ駅伝部は、熊本県の阿蘇にて20日間の強化合宿に入った。
ジョーダイの夏合宿は、どの大学よりも
とにかく距離を走り込むことから、
全大学中、もっとも過酷であると言われている。
ジョーダイ駅伝部内でも、
「地獄の阿蘇合宿」と呼ばれており、
練習についていけないものは、容赦なく、
東京の寮に強制送還される。
彼らは、この20日間の合宿で
トータル800キロメートル走ることを
課せられる。
1日で換算すると、40から50キロメートルを
走らなければならない。
これは、マラソンランナー並みの練習量に匹敵する。
三年生エースの竹村は、合宿所へ向かうバスの中で、
全日本予選会で、圧倒的な走りを見せたヤマガクのことを思い出していた。
「このまま終わってたまるか!」
そう強く心に誓った。
第十三話 無言の檄
この合宿は、全体の走力強化が目的であるが、
一方で、来たるべき箱根駅伝予選会のメンバーを
選出するための振るいがけという側面もある。
当然、部員全員がそのことを理解しており、
初日からピリピリした緊張感の中で
練習がスタートした。
上級生も下級生も関係ない。
毎日が実力主義のサバイバルレースだ。
監督の平林は、
「誰よりも距離をこなせば、
実績がなくとも箱根で勝てるチャンスがある。」
という持論をもっている。
事実、ジョーダイでは、高校時代に無名でも、
三年生や四年生になってから、
実力を発揮する選手が多い。
そんな先輩たちの背中は、
困難を乗り越えてきた男特有の風格があり、
蒼太たち一年生にとっても
憧れの的である。
しかし、今。
その背中は、箱根のメンバー入りを目指す上で、
最大の壁となって立ちはだかっている。
蒼太たち一年生は、練習中に何度も倒れこんだ。
吐いてはまた走り出す。
何度も上級生に勝負を挑むが、
その度に返り討ちにあう。
また、倒れこむ。
自分の無力さを思い知らされ、
涙が止まらない。
そんなことの繰り返しだった。
いつもは優しく励ましてくれる上級生だが、
合宿中は敢えて、他人を構うことをしない。
「悔しかったら、俺らの背中を越えてこい!」
先頭を走り続ける上級生の姿が、
蒼太たちに無言の檄を飛ばしていた。