第十二話 監督の杞憂 〜山梨国際大学編⑤〜
「この国には未だに外国人への偏見があり、
ジョン(オツオリ)が箱根駅伝に出ることを
快く思わない人間がいる。」
山梨国際大学陸上部・監督の植木は、
覚悟を決めてこのことを伝えることにした。
井之上にせよ、まだ20歳を過ぎたばかりだ。
今回の異常なバッシングで受けた心の傷を
ケアする必要がある。
植木は、二人に監督室にくるよう命じた。
第十二話 監督の杞憂 〜山梨国際大学編⑤〜
監督室。
「じっくり話をしよう。」
植木はソファにゆっくり腰を落とす。
井之上とオツオリも対面のソファに座った。
植木は、ダンボールにいっぱいになった
クレームの手紙やメールを二人の前に置いた。
そして、
「今まで黙っていて、本当にすまない。」と、
頭を下げた。
井之上とオツオリは、二人で目を合わせると、
大声で笑った。
植木が驚きながら顔を上げる。
オツオリは、覚えたての甲州弁で答えた。
「先生。ほんなこん気にしちょ?」
そんなこと気にしてるんですか、と言う意味である。
「辛くないのか?」と植木は問う。
井之上が広島弁で応える。
「先生。わしら、何も悪いことしとらんのじゃけぇ、こんな紙切れ大したことないわい。」
オツオリも、自分の半生を語りながら応えた。
出身地のケニアでは、いつも白人から差別を受けていたということ。
同じ黒人であっても部族間での争いがあり、差別は
日常的なものだということ。
だから、日本に来ても、そうゆう目で
見られることは覚悟していたということ。
どれも、植木が今まで
知らなかったことばかりだった。
そして、思っていた以上に二人が
精神的に大人であることを理解した。
続けて、オツオリは、ヤマガクにきて
本当に良かったと語った。
ロード練習で町を走っていたら、近所のおばちゃんがリンゴを差し入れしてくれたこと。
練習が終わったら、レギュラーも補欠も分け隔てなく仲良く銭湯にいけること。
いつも、調理場のおばちゃんがご飯を作ってくれること。
他人のために、心からで怒って泣いてくれる人が
いること。
これで十分です、と。
井之上は、
「いや、もうちょいなんかいるじゃろ。」と
笑いながらツッコんだ。
オツオリも植木も笑っていた。