タングステンの指輪の少女
キラキラと日の光を浴びて静かに流れる小川と、
どこまでも続くような雑草畑がつづく本当に何も無い所だった。
さっきまでうきうきするような陽気な気分だった記者はすぐに最悪の気分につきおとされた。
彼の足が何かに引っかかって転びかけたのだ。
「なんなんだ。片足が動かない。」見えないもので足を掴まれてる
しゃがんで足元を触ってみた。何も見えない。
見えない何かが足に巻きついているみたいだ。。まずい、何かのワナかもしれない。
ここへ来る途中に、マムシやイノシシに注意って立て看板もあったし
(そういえば、ひとつ前に取材した町は熊野とか言う名前だったっけ
クマがでるのかここは。)
彼はおもわずさけんだ。だ、だれかいないか助けてくれ。
そのときだ。山の方角の人の背丈ほどもある雑草のむこうからガサガサという
音がした。うわーークマが出た。彼は腰が抜けて、おもわずしゃがみこんだ。
「あれー こんなとこに座って何してるんですか。」声がした。
よかった、クマじゃなかった。見たことも無いような美少女だった。白い中型犬を連れていた。
たぶん地元の中学生だとおもう。
ニコニコ顔を浮かべた少女に記者は言った。
「君。ニッパーかペンチをもってないか」とそこまで言って、誰に言ってるのか
考えて、いくら気が動転してるといっても、自分の阿呆さにあきれかえって
記者が苦笑してると、少女も笑いながら犬をそのへんにつないでから
想像もしていなかったことを言った。
「おじさんのかかったワナは、パパが作った超硬鋼線で出来てるの
超硬鋼線は将来宇宙エレベーターに使う為に以前そこの50NY研で開発中だったのものなの。ニッパーやペンチじゃ絶対切れないよ。ちょっと待っててね。」
そして少女は胸に光るペンダントに向かってこういった。
「テルル。干渉光で照らして。」するとペンダントから強い揺れる光が放たれて
細いワイヤーが浮かび上がった。
「みいつけた。」
そう言いながら少女は彼の足首をつかんだ。そして自分の左手の指輪を
引っこ抜いて、細いワイヤに向けて指輪の外側のギザギサにあてて
こすりだした。その動き、手際のよさは惚れ惚れするばかりだった。
だが、この子の言う超硬鋼線はなかなか切れなかった。
指輪でこする少女の白い指先は、みるみる赤らんでいく
なのにこの子は「ごめんなさい。ごめんなさい痛かったでしょう」
と謝りだした。彼は少女に指輪を貸してもらい作業を交代した。
ほっとしたのか、彼女は饒舌にしゃべりはじめた。
「タングステンなの、その指輪。重たいでしょ。私の誕生日にパパがつくってくれたんだ。今、こすってる部分は私の名前の刻印部分。レーザーで彫ってくれたの。」
ようやく極細の針金が切れた。自由の身になった記者は指輪を返しながら聞いた。
「ありがとう。そんなに大事なものでたすけてくれて。
何故タングステンでこんな強い針金が切れたの。そして何故君はタングステンの指輪なんかしてるの。」」
すると少女はむくれながら言った。その様子が物凄く可愛い。
「タングステンなんかとは命の恩人に対して失礼ね。
私はオリバーサックスの「タングステンおじさん」を読んでから、タングステンが一番好きになったの。
タングステンは手に入りやすい元素の中で一番硬くて強いんだって。融点は3422゜C 金属のチャンピオンなのよ。
だから超硬鋼線だって切れちゃうのよ。」
「ふーーん、」と、この少女の素材科学の講義を感心してきいてると。講義の最後に先生が言った。
「ところでおじさん、こんなところで何をしているの。」
犬にも聞かれた。「ワン。(誰だお前)」