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救出者と気づき

 不思議に思っていると、バタバタとフロラが居間に入ってくる。


「エリス、聞いたわよ。あなた婚約破棄されたんですって!」


 言われた拍子にエリスは食後のお茶を吹き出しかけた。


「な、なぜ、その事を?」


「今夜、アンジーの家で夕食をご馳走になった時、息子のレジナルドに聞いたのよ!」


 フロラとレジーの母のメドウズ伯爵夫人、ついでに言うとエリスの母は、同い年の幼馴染で友人同士だった。

 エリスはサーっと血の気が引く思いだった。


(レジーったら、口が軽すぎる!)

 

「まあ、エリス。レジナルドに話したの?」


 母が悲鳴のような声を上げた。


「いいえ、ネイト様に婚約破棄を告げられた時、偶然レジーもその場に居あわせたんです」


「まあ、なんてことなの!

 きっと、明日にはエリスが婚約破棄された事実が、社交界中に知れ渡っているわ。

 もう、恥ずかしくてしばらく集まりに出られない!」


 母が青ざめるのも道理で、メドウズ伯爵夫人は噂好きのスピーカーで有名だった。


「まったく、恥さらしなことだ!」


 父が頭を掻きむしり、ルーカスが苛立ったように親指の爪を噛む。


「姉が皆の噂の的なんて、弟の僕も恥ずかしいよ!」

 

 エリスも涙目だった。

 

「ちょっと、みんな、そんな言い方は酷いんじゃない?

 あまりにも思いやりが無さすぎるわ。

 相手の公爵令息がおかしいのであって、エリスは何も悪くないのに!」


 家族の冷たい反応を非難する妹を父が睨みつける。


「何も悪くないなんてことがあるものか。婚約破棄される方にも問題があるに決まっている。

 フロラ、お前から悪い影響を受けたせいで、エリスはこうなったんだ!」


 聞き捨てならなかったエリスはすかさず立ち上がり叫ぶ。


「フロラ叔母さんは悪くないわ!」


「ああ、エリス!」


 感動した様にエリスの肩に抱きついてきたフロラが、そこで思いついたように言う。


「そうだ。明日休みよね? 久しぶりに泊まりでうちに遊びに来たら?

 なんだったら、そのまましばらくいればいいわ。

 ただでさえ辛い時に、こんな血も涙もない家族に囲まれて過ごすのは、苦痛でしょう?」

 

「はい、フロラ叔母さん。行きます!」


 エリスは即答した。

 ネイトに休みの日に付き合う義理も、一緒に登下校する必要もなくなった。

 心置きなく長期で遊びに行ける。


「何を勝手なことを!」


 父が憤慨したように叫んだところで、エリスはフロラに手を取られ、二人で居間から逃走する。


 そのまま自室に戻り、フロラと侍女の手を借りて、エリスは大急ぎで荷造りした。

 書きかけの小説も忘れずに鞄に入れる。


「フロラ叔母さんがいて良かった」


 無事に乗り込んだ馬車の中、エリスは心から安堵する。


「どうせ、私が行くまで寄ってたかって、家族に責められていたのでしょう?」


 問われたエリスはふっと自嘲の笑みを漏らす。


「でも、父の言う通りなんです。ネイト様に婚約破棄されたのは、私にも問題があるんです」


「どういうこと?」


「だって、私にもう少し女性としての魅力があれば、ネイト様は簡単に切り捨てたりできなかったはず。

 下らない理由で婚約破棄なんてできなかったはずですから……」


 言いながらどっと悲しみが押し寄せてくる。


「……エリス……、ごめんなさいね。私のせいよね。

 私が手紙に権利を手に入れるには『戦い』が必要なんて書いたから、逆らって、婚約破棄されたのよね?」


 エリスは「いいえ」とかぶりを振った。


「9年間も婚約者だったのに、ネイト様にとって、人間としても女性としてもまるで価値がない存在のままだった、私のせいです」


「それは違うわ! あなたは優しく真面目な性格で、成績優秀、手先も器用で裁縫も上手、際立って容姿も美しい。価値がないなんて有り得ないわ。

 あなたの良さをわからない相手が馬鹿なのよ」


 フロラは身を乗り出してエリスの手を握り力説した。


「ありがとう。フロラ叔母さん。

 でも、もう少し、魅力的な女性になりたいです」


 心からの願いを口にしたエリスに、フロラはうんうんと頷き返した。


「今のままでも充分だけど、もっと自分を磨きたいという気持ちはわかるし、協力したいわ。

 そうね、どうせなら、婚約破棄した馬鹿公爵令息が、悔しがるほど魅力的になってやりましょう!」


 そんなことは有り得ないけど、目標は高く設定したほうがいいといいとエリスは思った。


「はい、フロラ叔母さん。頑張ります。

 次は奴隷ではなく、対等な関係を男性と築けるようになります!」


 そこでフロラが思い出したように笑って付け足す。


「それと、あなたにだけ冷たい皇太子殿下が、思わず惚れてプロポーズしてくるぐらいにね」


 想像してエリスは身震いした。


「フロラ叔母さん、クリストファー殿下にプロポーズされるのは、逆に嫌です!」


「あら、どうして?」


「5年間無視されて傷つきましたから。

 そのたびに、氷を飲まされるような嫌な気分になりました。

 ネイト様の婚約者の心得なんかより、ある意味、きつかったです」


「あらら、そこまでだったのね」


「はい、今日、ネイト様に婚約破棄を言い渡された件で、初めて親身になって下さったんですけど。

 もう、手を握られているだけで身体が強張ってしまって、気がついたんです。

 私、どうやら、クリストファー殿下が生理的に駄目になっているみたいなんです」


「それは、末期症状ね」


「はい、この世で一番苦手な男性と言っても過言ではありません。

 学院を卒業したら滅多に会わなくなるはずなので、その点だけはネイト様に婚約破棄されて良かったなって」

 

 改めて言葉にすると心が軽くなってくる。

 自然にエリスが笑顔になったところで、フロラの屋敷に到着した。

 馬車の中で色々吐き出したおかげで、明日から頑張れそうな気がした。

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★完結済み連載→【近々番外編更新予定】なんでよろしくお願いします★「侯爵令嬢は破滅を前に笑う~婚約破棄から始まる復讐劇~」
― 新着の感想 ―
[良い点] 長年、男衆に苦しめられてきたエリスが不憫でなりません。そう思わせてくれるくらいに設定と描写が巧みです。素晴らしいと思います。
[良い点] うわあああ……(゜Д゜;) 思わぬ後遺症が……!! どうなってしまうの~??
感想一覧
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