困った事態
その後、遅れてやってきたロニーによってネイトはいったん保健室に運ばれてから、意識を取り戻さないまま迎えに来た公爵家の馬車に乗せられていった。
玄関先でエリスは感慨深くそれを見送る。
とにかく、色々あった9年間の婚約生活だったけど、最後にネイトは謝ってくれた。
ネイトに答えた通り、もうそれだけで充分だとエリスは思っていた。
「エリス、帰ろう」
「はい、殿下」
――エリスがその感覚に襲われたのは、皇室専用の馬車へと移動する途中だった――
クリストファーとマシューに前後を挟まれて歩きながら、徐々に全身がぞわぞわしてくる。
(何、これ?)
しかも、その症状は収まるどころか、馬車内に移動して二人と向かい合って座ると、ますます酷くなった。
さらにフロラの家に帰宅し、食事会に参加するために訪れた男性客と握手を交わしたとき、エリスの中で疑惑は確信に変わる。
(もしかしなくても私、クリストファー殿下だけではなく、男性全体が苦手になっている!?)
青冷めたものの、夕食会自体は非常に楽しめた。
五人客が招かれていたが、幸い一人を除いて他は女性。
うち三人が外国人で、3カ国語が飛びかう食事の席になり、基本的にホスト役のフロラと、唯一の男性客であるカルロ・フェリエルが通訳の役目をつとめた。
彼は妻を八年前に亡くしており、連れの女性は妹とのことだ。
やけに階下に詰める護衛の数が多いと思ったら、二人は一つ国を挟んだヴェレンティ共和国の元首の娘と息子だという。
話によるとカルロはかつてディール帝国に留学しており、フロラの学院時代の先輩で、同じ生徒会役員同士だったらしい。
しかも、偶然にもネイトの叔父のキースの親友らしく、今回カルロは久しぶりに帰国する彼に会うために帝国を訪れたという話だ。
そんな会話内容がエリスにも理解できたのは、フロラが食事中、終始隣の席から気を配っていてくれたから。
エリスが知らない話題や名前が出ると、すかさず横から説明してくれる。
加えて、フロラはカルロと熱い政治議論をかわしたり、女性陣と新聞の社交欄や娯楽の話をしたりと、見事に全員に話をあわせてみせた。
その博識ぶりと機転を間近で見せられたエリスは改めて叔母に尊敬の念を抱いた。
かなり実のある夕食会が終わり、訪問客が全員帰った後。
エリスがダイニングルームで今日あった出来事をフロラに報告していると、昨夜に引き続き父が訪問してきた。
そして今日もいきなり本題から入る。
「エリス、驚くな。先ほど、またもや皇太子殿下がわざわざ屋敷に寄って下さったのだが、どうやらその話しぶりから察するに、殿下がおっしゃっていた良縁というのは、殿下ご自身のことだったらしい」
父の期待を裏切って、エリスはさほど驚かなかった。
(やはりレジーの言う通りだった!)
「というわけで、フロラ。エリスは未来の皇太子妃になる大事な身だ。決して男性を近づけないように気をつけろ。守れないようならエリスを即刻家へ連れ戻すからな」
父はフロラに厳命してから、緊張を滲ませた顔でエリスを見やる。
「エリス、お前は明日から、皇宮で勉強することに決まった。はっきりおっしゃらなかったが、間違いなく、皇太子妃教育だと思う。
ついでにお前が受け入れさえすればすぐに婚約したいようなことをおっしゃっていた。ゆえに、そのうち、クリストファー殿下に求婚されると思われる。
いいか、その際は、必ず『はい』と答えるのだぞ?」
エリスは恐る恐る訊いた。
「もし、そう答えなかったらどうなるの?」
それに対し父は迷いなく答える。
「その場合は親子の縁を切る!」
「ええっ!」
エリスが悲鳴をあげ、フロラが抗議する。
「兄さん、それは酷すぎるわ!」
「何を言う、皇太子殿下との結婚を断った娘を、そのまま伯爵家に置いておくわけにいかないだろう! 私の立場だけではなく一族の今後に響いてしまう。当然の選択だ」
(なんだか、大変なことになってしまった)
エリスが青ざめていると、父はまだ言い足りないようでフロラに釘をさす。
「フロラ、お前からもエリスによく言い聞かせておけ。伯爵家に勘当された娘に新しい縁談など望めないことは、お前が一番わかっているだろう?
いくら財産を持っていようと誰にも妻に望まれない、憐れな自分を省みろ。そしてエリスに自分のような惨めで不幸な人生を歩ませないようにしろ」
エリスは父の言いように腹を立てた。
「フロラ叔母さんは、憐れでも不幸でも惨めでもありません!」
「――いいのよ、エリス。わかったわ、兄さん」
フロラはその場ではエリスを止めて頷いてみせたものの、言うだけ言って父がいなくなった後、優しく言ってくれる。
「エリス、兄さんはああ言ったけど、あなたの好きにしていいのよ。自分の人生なんだもの。
どんな選択をしようと、私はあなたの味方をするわ」
「フロラ叔母さん……」
(自分の人生……)
エリスの胸にフロラのその言葉はとても重たく響いた。
帝立学院に通えるのは爵位を持った者の子供か孫のみ。
父に親子の縁を切られるということは、すなわち平民になって退学になるということだ。
そんな事態に陥らない為に、できればクリストファーからの求婚自体を避けたい、とエリスは切実に思った。
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