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友情の復活

 どきどきしながらピアノの陰で様子をうかがっているとレジーが答える。


「残念ですが、見ていません」


「そうか。邪魔して悪かった」


 謝罪の言葉のすぐ後に扉が閉まる音がして、廊下を歩き去って行く足音がする。

 クリストファーはいなくなったみたいだった。


「エリス、もう出てきて大丈夫だよ」


 ほっと胸を撫で下ろし、立ち上がって顔を出す。


「ありがとう、レジー」


「なんでネイト様じゃなかったのに出て来なかったの?」


 レジーの質問にエリスは素直に答える。


「だって、ネイト様が来るかもしれない生徒会室に連れて行かれたくないもの」

 

「二人きりでお昼を食べようって意味だったかもよ? 一昨日見た感じでは、皇太子殿下はエリスに気があるみたいだし」


「まさか、そんなわけないわ。クリストファー殿下にはどちらかと言うと嫌われてるし、私も苦手だもの」


「へぇ、本当に? 女子なら誰でも憧れるような優しい美形なのに?」


 疑いの目を向けられたエリスは強めに否定する。


「少なくとも私は憧れたことないから!」


「そうか、エリスはネイト様みたいな見た目が好みなんだっけ」


「止めてよ、レジー!」


 しかし、レジーは止めなかった。

 

「確か、初めて姿を見た時、はしゃいでいたもんね」


「お願いだから、傷口を抉らないで!」


 エリスの抗議に、


「――そうだね。悪かった。婚約破棄されたばかりのエリスに対し、残酷だった」


 レジーは反省したように言ってから、「つい……嫉妬して言い過ぎた……」ボソッと呟く。


「え?」


「いや……何でも……とにかく、ごめん。もう嫌味は言わないから」


「ええ、もう、勘弁してね」


 涙目で言いながら席に戻ったエリスが椅子を引くと、ランチが入った籠が座面に乗っていた。

 レジーが気をきかせて移動してくれたらしい。


(一昨日も庇うように前に立ってくれたし、意地悪ばかり言う癖にレジーは優しい)


 でも、そんなことは遠い昔から知っていた。

 エリスは座らずにお弁当を持ってお別れを言う。


「それじゃあ、またね」


「待って、エリス、どこへ行くの?」


「もっと人が来なさそうな場所」


「それなら、いい場所がある。案内してあげようか?」


 エリスは一昨日ネイトがレジーに掴みかかろうとしたことを思って断る。


「ううん、いらない。私といると、レジーがとばっちりを食うと思うし」


 行きかけたエリスの手をレジーが掴んで引き止める。


「エリスはわかってないな」


「何が?」


「とばっちりをくらうより、距離を置かれる方がずっと辛いってことをさ」


 振り返ったエリスは長い睫毛を伏せて寂しそうに言うレジーにはっとする。


「レジー……」


「それぐらいならネイト様に殴られたほうがずっとましだと思えるほどにね。

 だから、エリス。ネイト様が怖いなら僕の後ろに隠れていればいい。

 僕はネイト様に比べて軟弱かもしれないけど、エリスの盾ぐらいにはなれる」


 思いがけない言葉にエリスの胸はジーンと熱くなる。


「……どうして? そこまで言ってくれるの? 私はレジーとの友情を裏切ったのに」


 思わず泣きそうなって訊くと、レジーは顔を上げ、灰色の瞳を切なげに揺らしてエリスを見つめた。


「別に裏切られたとは思っていない。言葉にできないほど寂しかったけどね。

 そういう意味では恨んでいるかもしれない。エリスは僕がいなくても全然平気そうだったから」


「そんなことない。私だって、ずっとレジーと話したかった!」


 否定しながらエリスの瞳から涙がこぼれだす。


「だったら、話そう。もうエリスを縛る婚約者の心得はないんだから」


 優しく言いながらレジーがハンカチを差し出してくる。

 エリスは受け取って、涙を拭き、「うん」と頷いた。




 レジーが案内してくれたのは音楽室からほど近い美術準備室だった。

 中には画材の収納されている棚が並んでいて、生徒達の描いた絵やモデルの石膏像などが保管されている。

 美術室にある鉄扉からしか入れない構造で、教室というより倉庫だった。

 窓は高い場所に一つあるだけで日当たりが悪く、薄暗い。

 

「美術室でよく一人で絵を描いている関係で、ここの出入りの許可を先生に貰っているんだ。

 この部屋なら滅多に人は来ないし、中から鍵がかけられる」


 レジーは説明しながら机を二つくっつけた。

 向かい合わせに座った二人は、さっそく疎遠になっていた間に起こった出来事を報告し合う。

 いくら語っても話題は尽きず、お昼休みは驚くほど早く終わってしまった。


 教室に戻る時、レジーは送ると言ってくれたけど、エリスは遠慮した。


「一緒にいるところを見られたらクリストファー殿下に嘘をついたのがバレてしまうわ。

 大丈夫よ。授業開始直前に教室に戻ればネイト様に会わないと思うから」


 念の為、階段から教室前を覗いてネイトがいないことを確認してから教室に入る。

 席につくと親切なクラスメイトが教えてくれた。


「エリスさん。昼休み中、ネイト様を始め、クリストファー殿下や他の生徒会の人達があなたを探していたわよ」


(ネイト様はわかるけど、なぜ生徒会総出で私を探しているの?)


 先刻のレジーとのやり取りから、クリストファーは特にエリスに用事があるわけではなさそうだった。


(そこまで役員揃ってお昼を食べたいの?)

 

 この二年間空気扱いされてきた恨みから、今更仲間扱いされても不愉快とすら思えたが――結局その後エリスはクリストファーに頼ることになる。


 その理由は5限目の休み時間。

 トイレに行こうと、ふっと教室の入り口に目を向けると、出入りするクラスメイト達の陰から廊下に立っているネイトが見えたからだ。

 ネイトの教室まで走れば2分だが、普通に歩くと5分以上かかる。

 だから今まで休み時間に来たことなんてなかったのに。


 しかも、無言でじっとエリスを見つめ続けるその眼差しからは、とてもつもない暗い情念が伝わってきた。

 あきらかに逆恨みされている!

 震え上がったエリスは、


「ねぇ、どうしたらいいと思う?」


 放課後、トイレに寄ってから美術準備室に行き、現れたレジーに相談した。


「大丈夫、僕がいつも傍についていてあげるから」


「でも、レジーも一緒に殺されてしまうかも!」


 ネイトは上背もあるし、細身に見えてかなり鍛え抜かれたがっしりした身体をしている。

 比べて、レジーは身長こそ高いけどいかにも優男。

 とても勝ち目がありそうには思えない。


「心配し過ぎだと思うけど、エリスの為なら別に死んでもいいよ」


「レジー! そこまで……」


 深い友情に感動しつつ、やはりレジーは巻き込みたくないと思った。

 そうなると不本意だけど頼れる存在はクリストファーしかいない。

 明日相談してみよう。

 心に決め、とりあえず今日は馬車が迎えに来る時間までレジーと美術準備室で過ごすことにした。

 幸い、ネイトに会わずに馬車まで辿り着き、フロラの家に帰宅することができた。


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★完結済み連載→【近々番外編更新予定】なんでよろしくお願いします★「侯爵令嬢は破滅を前に笑う~婚約破棄から始まる復讐劇~」
― 新着の感想 ―
[良い点] 私は割とクリス推しなので、最近の回にてものすごくイライラする(ほめてます)ことが多かったところ、今回レジーにも思い入れができましたので、少し落ち着きました。 エリスの無自覚は虐待を生き抜…
[一言] いやおっかねえ男しかいないのほんと草
[良い点] エリスの無自覚系が凄まじい(*´艸`*) これは果たして収拾がつくのだろうか?
感想一覧
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