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クリストファーの誤算

 ネイトの来訪を知らされたクリストファーは急いで二階へ飛んで行った。

 すると黒髪を振り乱しながら部屋の扉を順々に開いて中を見て回っているネイトの姿が見えた。

 昨日は死んだようになっていたのにどうやら息を吹き返したらしい。


「エリス、どこだ? どこにいる?」


 などと言いながら必死の形相でエリスを探している。


「ネイト!」


 鋭く呼びかけると、ネイトがびくっと立ち止まった。

 そして驚いたように真っ青な瞳を見開いてこちらを見返す。


「クリス! どうしてここに? そうだ、エリスを知らないか? 

 俺が来たのに出てこないし、部屋にもいないんだ!」


「ネイト、お前っ……!?」


 あきらかに異常な発言に思わず言葉を失っていると、ガーランド公爵夫妻が駆けつけてくる。


「ネイトっ、何をしているっ!?」


「どうして来たの?」


 困惑した様子の両親に対しネイトは質問返しする。


「父さん達こそなぜいるんだ? 俺はいつものようにエリスを迎えに来ただけだ。

 ――今日は本屋に連れて行ってやるんだ。

 エリスは本が好きだから。結婚前にたくさん買って屋敷に用意しておかないと」


 完全に錯乱しているようだ。

 昨日見た時、酷くショックを受けていると思ったが、まさか現実逃避に入るとは。

 クリストファーは頭を抱えた。


 遅れてバレット伯爵がやってくる。


「ネイト様はどうされたんですか?」


「もしやエリスに文句を言いに?」


 バレット伯爵夫人が怯えた表情で訊いてきた。

 興奮しているネイトの様子に、エリスに腹を立てていると思ったらしい。


「そのようですね」


 そのほうがずっとましだと思い、クリストファーは肯定した。


 とにかく、皇族であるネイトのこんな状態を人目に触れさせるわけにはいかない。

 素早く判断した彼は背後に控える親衛隊にさっと手を上げ、指示を下した。


「ネイトを捕まえ、馬車へ閉じ込めておけ!」


「はっ――!」


「なっ、止めろ!」


 休日なので親衛隊を連れて居て良かった。

 心から安堵しながら、複数人に一斉に取り囲まれて連行されていくネイトの姿を見送る。

 それから改めてクリストファーはバレット伯爵夫妻に向き直り、


「これからはネイトを屋敷内に通さないようにして下さい」


 忠告したあと、次にガーランド公爵夫妻に近づき、小さな声でお願いする。


「屋敷に戻して見張りをつけておきます。部屋から出さないようにしておいて貰ってもいいですか? 後で私も様子を見に行きますので」


 とりあえず、ネイトへの対応は後で考えるとして、エリスを探しに行こう。

 そう思い立ち、バレット伯爵夫妻を追うように階下に降りたとき、

 

「クリストファー殿下」


 ちょうど自分を探しにきたらしいマシューと行き合う。


「マシュー、どうした? 何かあったのか?」


 マシューは「はい」と頷き、傍まできてさっと耳打ちしてくる。


「今私の家にエリス嬢がいます。一応お知らせしておこうかと思いまして」


「そうか、よく知らせてくれたマシュー! さっそくエリスの元へ案内してくれ」


 聞くや否や、クリストファーは迷わず向かい出した。




(エリス。

 ようやく待ちに待ったこの時が来た。

 私達の間に横たわっていた障害がなくって、やっと心置きなく気持ちを口にして愛を交わしあえる)


 はやる気持ちを抑えながら、テイラー侯爵邸に駆けつけたクリストファーは、マシューの先導を受けながら一心にエリスを目指す。


「こちらが朗読会の会場の広間です」


 そうして開かれた扉の中に勢い込んでクリストファーが飛び込むと、そこには、驚くべき光景が広がっていた。


「なっ、こっ、これは何事だ!?」


 なぜか部屋の中央に男性の順番待ちの列ができており、その先に愛らしいドレスを着たエリスが座っていた。


「はい、はい。エリスと会話したい男性はこちらに順番に並んでちょうだいね!」

 

 しかも列整理までいる。

 クリストファーは迷わずエリスの元へ直進した。


「エリス!」


 ところが、フロラがさっと前に立ち塞がってくる。


「あっ、横入りは禁止よ!」


 すかさずマシューが声を張り上げる。


「こちらは、皇太子殿下であらせられるぞ!」


「えっ、皇太子殿下っ!?」


 ぎょっとしたような表情でフロラが一瞬動きを止める。

 同時にクリストファーを見たエリスが淡い金髪を揺らし、空色の瞳を見張って立ち上がった。


「クリストファー殿下、なぜここにっ!」


「エリスこそ、これはいったいなんの騒ぎだ?

 今日は朗読会ではないのか、これではまるで求婚パーティーではないか!」


 叫びながら、クリストファーはエリスに蝿のように集っている男達を威圧するように睨み回した。


(なんということだ。やり過ぎだと思っていたがそうではなかった。

 ネイトがエリスに近づく男を片っ端から追い払っていたのは正しかったのだ。

 少し目を離しただけでこんな有様になるとは!)


 クリストファーは急いでエリスをこの場から連れ出す決心をした。


「さあ、エリス、ここから出よう!」


 ぐいっと身を乗り出してエリスの手を掴もうとした瞬間、フロラが再び割り込んでくる。


「お待ち下さい! 皇太子殿下といえども、エリスに触れるのはご遠慮願います! 

 付き添い役の叔母として認めるわけにはいきません」


「フロラ叔母さん!」


 と、エリスも助けを求めるようにフロラに抱きつく。


(なっ、なぜだ、エリス?

 なぜそんな怯えるような瞳で私を見ている?

 まさか、私が怒っているとでも勘違いしているのか?)


「待ってくれ、エリス。私は、君にネイトとの婚約破棄が正式に成立したことを知らせに来たんだ。

 とにかく、ここから出て、二人で話そう」


 声のトーンを落として言うクリストファーに対し、フロラがずいっと顔を突き出してくる。


「お言葉を返すようですが、いくら皇太子殿下であろうとも、未婚のエリスと二人きりになることは認められません。お話があるなら私も同席させて頂きます!」


 きっぱりと言い放ち、芯の強そうなサファイア色の瞳で直視してくる。

 その言葉を受けて、エリスがさらにしっかりとフロラにしがみつく。


「私もフロラ叔母さんと一緒でなければ、どこにも行きません!」


 その瞳はまるで敵でも見るような険しいものだった。

 

(やはり、何か勘違いしている)


 自分がエリスを傷つけるわけがないのに、どうやら感情に任せて叫んだせいで、怖がられせてしまったらしい。

 ともかく、このエリスを狙う野獣のような男共の群れから安全な場所に連れ出すことが先決だ。

 クリストファーは譲歩することにした。


「わかった。では、付き添いも一緒でいいので、ここから移動しよう」


「では、別室にご案内します」


 促すようにマシューが言って、先に立って歩き出す。

 クリストファーも続きながら振り返って確認する。

 相変わらず警戒したような瞳のエリスは、叔母に守られるように肩を抱かれた状態で後ろをついてきていた。

 

 エリスと二人きりになるのにはもうしばらくかかりそうだと、クリストファーは悟った。


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★完結済み連載→【近々番外編更新予定】なんでよろしくお願いします★「侯爵令嬢は破滅を前に笑う~婚約破棄から始まる復讐劇~」
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