恋の道化師
「――今宵もちびの道化師が舞台で高く飛びあがる――」
始まったのは哀しきちびの道化師の恋の物語詩。
幼き頃より美しい娘役に恋するも、子供のような背丈と醜い顔の道化師は、まるで異性として意識されない。
せめて道化師は精一杯高く飛びあがっておどけてみせる。
愛する彼女を笑わせるために。
やがて一座の美形の男役と結婚した娘役は、道化師の自分への恋心を茶化して笑う。
それでも道化師は派手に跳ね回っておどけてみせる。
愛する彼女を笑わせるために。
そんなある日、悲劇が起こる。
愛する娘役が突然亡くなってしまったのだ。
皆は夫である男役に同情し、舞台を休ませる。
その晩も舞台に立たされた道化師は、誰よりも悲しみながら、いつもよりいっそう高く飛び上がる。
愛する彼女を笑わせるためにーー。
エリスは聞いているうちについ道化師に感情移入してしまう。
朗読が終了し、拍手が巻き起こる。
先代テイラー侯爵未亡人が、
「いつにも増して胸に迫る素晴らしい詩でした。特に――」
と、さっそく良かった点をあげてゆく。
周囲の紳士淑女も同意し、順々に感想を口にする。
そうして先代テイラー侯爵未亡人の視線がついに侯爵夫人に向けられる。
「エステルさんの感想は?」
「――お義母様、感想なら私よりぜひエリスさんに訊いてあげて下さい。詩を書いた本人の朗読が聞けることを楽しみにしていましたから」
「では、エリスさん」
予定通り話を振られたエリスは、思ったままの感想を口にする。
「実にブレイン様らしい哀感に満ちた素晴らしい詩だったと思います。
冒頭と締めが同じ舞台の下りだったので、効果的に道化師の心情の変化が伝わってきました。
特に、最後の天国の娘役に届くように高く飛んだ部分に感銘を受けました……」
そこまで言ったところでエリスは涙が溢れて言葉に詰まってしまう。
隣の椅子に座る青年が、ハンカチを差し出しながら心配げに声をかけてくる。
「大丈夫ですか?」
「……すみません。個人的に道化師が、自分と重なって悲しくなったものですから」
そう『まるで異性として意識されない』というところが胸に刺さりまくっていた。
やはり婚約破棄された昨日の今日なので、簡単に傷口が開いてしまう。
ボロボロと涙を流していると、さらに深く突っ込まれてしまう。
「つまり、失恋なさったと、そういうことですか?」
エリスはハンカチを借りて目元を拭った。
「いえ、失恋ではなく……すぐに噂が広まるでしょうし、隠しても仕方がないので自ら申し上げますが……昨日婚約破棄されてしまったのです」
答えたとたん周囲がいっせいにざわめき、斜め前方のソファ-に座っていた若い男性が弾かれたように立ち上がる。
「つまり、あなたには現在決まった相手がいないということですか!」
叫んでから、補足する。
「失礼、私はミュラー伯爵家嫡男、アルフレッドと申します。ちょうど結婚相手を探しておりまして」
その発言を聞いて焦ったようにその後ろから別の男性が進み出てくる。
「それなら私も独身です! あなたを一目見た瞬間からその天使のような美しさに魂を掴まれてしまいました。もし良ければお話を――」
「私も未婚です! 実は先刻よりあなたの美貌に目を奪われておりました。ぜひお話を」
一人また一人と声が上がり、ぞくぞくと男性が集まってくる。
そうして気がつくとエリスは複数の男性に囲まれていた。
たちまち世界がひっくり返ったような状態にエリスは純粋に驚いた。
フロラやレジーの母の話では、エリスの母は学生時代、婚約者がいるにも関わらず男性にモテてモテてモテまくっていたらしい。
だから母にそっくりだと言われるエリスも密かに期待していた。
もちろん、ネイトがいるからどうにもならないけど、少しぐらいは男性から好意を寄せられるのではないかと。
でも帝立学院に入学してみても、全然そんなことはなく、自分の魅力の無さにがっかりした記憶がある。
そんなわけでこんなに多くの男性に囲まれるのも話しかけられるのも生まれて初めの経験だった。
(これが、ルイーズさんに借りたドレス効果!?)
とにかく、どうしていいかわからなく、エリスがとまどっていると、後ろから手を叩く音がした。
「はい、はい。一度に大勢に話しかけられてエリスが驚いているわ。
話したいなら順番に並んで、一人ずつにしてちょうだい」
言いながらフロラがエリスの前に回り込んでくる。
その時、
「フロラさん!」
ブレインの横の椅子に座っていた侯爵未亡人が遅まきながら声をあげる。
てっきりマナー的なことも含め、朗読会から脱線したことを注意されるのかと思いきや、
「今の話は本当ですか? エリスさんも婚約破棄されてしまったの?」
単なる確認だった。
フロラはエリスの名誉を守るためか、あえて大声で説明し始めた。
「はい、本当です。不幸なことに昨日、婚約破棄されてしまいました。
ただし、エリスにはいっさい非はございません。
相手の公爵令息の人格に著しく問題があったのです!
なにしろ、およそ七年間に渡ってエリスを『言うことを聞かないと婚約破棄するぞ』と脅し続けてきたのですから。
それに対し、私と違って素直で真面目な性格のエリスはひたすら従ってきました。
言いなりになってあらゆる要求を受け入れてきたのです!」
「まあっ!」
侯爵未亡人が口元を扇子で覆った。
フロラは鎮痛な面持ちで言葉を続ける。
「しかし、エリスにもどうしても受け入れがたいことがあります。
それで今回初めて勇気を出して命令を拒んだところ、容赦なく婚約破棄されてしまったのです!」
「……それは、酷いお話ね……」
侯爵未亡人の呟きに、フロラは深く頷き返す。
「とはいえ理由が何であろうと、婚約破棄された女性の立場は非常に不利になります。
実際に私もあなた様のご子息に婚約破棄されたあと、問題のある人物との縁談しか来ませんでしたから。
そうわかっているからこそ、私は、エリスが良い縁に巡り会えるよう、出来る限りの協力をしてあげたいのです。
正直に言うと、今回の朗読会にも、誰かいい人がいないかと期待して参加しました。
エリスに私のような生涯独り身の寂しい人生を送って欲しくないから!」
「フロラさん……!」
侯爵未亡人は心が痛んだように胸を押さえた。
元婚約者の母親として罪悪感を感じたのかもしれない。
「そういうわけで、エリスに興味を持って下さった殿方がこんなにいるのが嬉しくてたまらないのです。
せっかくなのでエリスと話してみて欲しいと思うのですが……移動した方がいいでしょうか?」
「いいえ、いいえ、いいのよ。続けてちょうだい」
侯爵未亡人は扇子で顔を隠しながら頭を振った。
「ありがとうございます!」
許可を得たフロラは満面の笑みを浮かべ、張り切って列整理を再開する。
そうして急遽、エリスと独身男性達との交流会が開かれることになった。