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霄の先には  作者: 理玖
4/5

1話 玄い時間(4)

この話には残酷な描写があります。

 

 

 飛鳥が今回行くのはどこぞの地方にある小さなビルだ。

 そこで行われる、とある悪徳政治家のパーティー、その場にいる全員を殺せばいい。

 文字にすると、依頼は簡単に思われる。

 けれど、具体的な人数やこういう場所ではしっかりしているセキュリティなど、クリアしなければならない条件は結構あるのだ。

 「はぁ……。疲れるな、これは…」

 ふと、溜息をつけば幸せが逃げる、という言葉が飛鳥の心にうかんだ。

 (幸せ、ね……。不幸だと思ってたら、残ったはずの幸せもなくなるのかな?)

 空は蒼く澄み切っていて、飛鳥が今まで見たなかで一番きれいだった。

 ――美しかった。

 沙耶は、何と言うだろう。

 それしか、考えることができなかった。

 

 「おとなしく、行こうか」

 まずは、着替えるところを探さないと、と呟いた飛鳥の顔には、もう悲しげなものはない。

 けれど、その黒い瞳はいつになく哀しい光を宿していた。

 

 

 * * *

 

 

 気配を一切感じさせず、セキュリティその他を巧妙に潜り抜けた飛鳥は、部屋の隅のほうに真っ黒な染みとして存在していた。

 こんなところがあったのか、というほどに豪奢に飾り立てられたダンスホールを飛鳥は見渡す。

 派手なシャンデリアから広がる光が白い壁に反射し、地下であることを全く感じさせない。

 腰をきつく締め上げる様なドレスを着た女達や、最高級の生地を使って作られたと思われるスーツを着た男達。

 そろっている皆が皆、己を美しく見せようと躍起になった後がうかがえるほど華美な格好をしていた。

 悪趣味だな、と思う。

 まだあの家の方が優しさがあるような気さえした。

 ゴテゴテとした装飾品をむやみやたらに身につけ、ただ派手にすることこそが良いのだと言わんばかりのそのセンスに、飛鳥は吐き気を覚える。

 ――仕方がない。

 頭のスイッチを切り替えた。

 そろそろ始めよう。

 光を反射してきらきらと輝く銀色は、この場の何よりも美しかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 白刃が煌めき、薄い髪が揺れる。

 驚きで見開かれた目が白目をむき、言葉を発そうとした口はだらしなく開いている。だらりと落とされた手足は動く気配がない。支えるべきものを失った首からは生暖かい血が流れ落ち、一着数十万もする高価なスーツに染みていく。

 それを見た者達は恐怖に顔を歪め、叫び声を上げた。

 「化け物!!」

 「人殺し!!」

 だがその叫びも黒い影に何か感傷をあたえることはない。

 影は、悲鳴を上げることもできずに腰をぬかしていた女に近付いた。

 速くもなく、遅くもなく。ただ相手に恐怖を与えるためだけに歩を進める。

 それに気付いた女は急いで逃げようとするが、影が出す威圧感に呑まれて動くことができない。もたもたしている間に影は後一歩というところまで近付いていた。

 「来ないで!!」

 ほとんど悲鳴のような叫びをあげ、女は後退りしようとした。

 が、その望みが叶うことはなかった。影は一瞬で残りの距離を詰め、すでに腕を振りかぶっている。

 「いやぁああああああ!」

 断末魔の悲鳴が鳴り響く。

 散り散りに逃げていた者達はそれを聞いて振り返った。

 そしてすぐにそうした事を後悔した。

 頭上から刃を振り下ろされたらしく、頭がぱっくりと二つに割れている。断面からは脳みそがたれていて、血とともに豪奢なドレスを醜く汚していく。生前、彼女が自慢にしていた髪も、どろどろとしたものに(まみ)れていて、見る影もない。

 振り返った者達は恐怖で腰をぬかしその場にへたりこむか、影を狂気的な目で睨み付けた。

 だが影がそんなことを気にするはずもなく、無関心な眼を向ける。

 「うぁああああ!」

 ただの物のように扱われた者達は皆激しい怒りと恐怖で顔を歪ませる。

 そのうちの一人が狂ったように腕を振り回しながら走り出した。

 影はそれに気付いたが、特に何の反応もせずに虐殺を続けようと歩き始めた。

 けれど、男は最新型のノートパソコンが入ったバックを持ち上げて走りよる。

 その眼には狂気の光が宿り、口からはよだれをたらしていた。

 獣のように襲いかかってくる男に対して、影は何の感情も寄せず、男を見やり小さくため息をつく。

 奇しくも、男はこの場で唯一反応を返してもらえた者となった。

 「うぁああああ!」

 そして、もっとも残忍に殺された者にも。

 先んじて一瞬で間合いを詰めた影は、男の四肢を切り裂いた。浅く、けれどもその機能を果たせぬほどには深く。

 その後腹を裂くように刃をいれ、ぐるりと一回転させる。

 「ぐぁああああ!!」

 内臓に刃を突き刺ささないように、けれど痛みは与えるように。

 男は絶叫を上げた。

 もういくばくもない男に対して、影は追い討ちをかけ始める。

 刃を腹から抜いた。

 たかだかそれだけでも、かなりの痛みを男に与える。

 男はただただ悲鳴をあげるのみだ。もはや影を害そうとしたことすら頭にない。

 腹から抜いたままだった刃を、影は深く握り直す。

 鋭い眼光で男を見やる。それを感じた男は、恐怖で体が竦み、痛みも忘れて一瞬動きを止めた。

 影はその一瞬を見逃さず、無感動に手を動かした。

 

 男は何を言う事も出来なかった。あまりに常軌を逸した事態だったからだ。

 影は開かれたままの腹に刃を入れなおし、内臓を掻き出した。他にも主要な臓器を捻り出し、男の目からは急速に光が消えてゆく。

 が、影が手を緩めることはない。

 もはや息をしても、喘鳴と血しかでない肉体(からだ)に数多の切り込みを入れる。その姿は、鎌鼬が全身を切り裂いたよう。

 さらに全身の機能全てを壊れさせん、という勢いで顔面を踏みつけた。

 そして影は男の髪を掴み、自分の顔の高さまで持ち上げた。

 そのまま男の耳に顔を寄せて、何事かを囁く。

 「   」

 そうして、無造作に手を離した。

 重いものが落ちた時特有の音がする。

 いつの時点でか、男はもう動かなくなっていた。

 それに気付いているはずなのに、影は得物を振りかざした。

 刃は狙いに違わず、男の背――心臓の辺りに突き刺さる。

 

 二人が争っていた場所には、おびただしい量の血が小さな池を作っている。

 逃げ惑っていた者も、争いの様子を見ていた者も、皆恐怖で震えていた。

 反感を抱く者はあれど、先程の男のようになるのではないかと、怯えて行動に移すことが出来ない。

 誰かが代わりにやってくれないかと思っている間に、羊の群れへ影が近付いてきていた。

 

 「や、やめて…。殺さないで!!」

 女が一人、泣きながら命乞いをし始める。

 それを見た他の者達も一斉に同じ行動を起こした。

 両手を合わせ、仏を拝むように膝を着き、頭を下げる。自分達の歳に届いているのかさえ怪しい人間にそんなことをするなど、平時の彼等が見たら目を疑うだろう。もしくは頭の足りなさを嘲笑(わら)うか。

 だが拝まれた方は何も言わずに、刃についた紅い液体を拭き取る。

 その様子をみた彼らは、きっと助けてくれるのだろうと思い、顔を輝かせた。

 影は、何も言わない。

 「…あ、助けて下さるのですね! 有難う御座います!」

 「……」

 歓喜に震えた声にも、ただ無言を返す。

 それは否という意味だったのだが、彼等は自分達に都合のいいようにしか取れないらしい。よく見れば、影が哀れみの籠った眼を向けているのが分かったはずだ。

 そんなことは露知らず。生き残ったと思っている彼等は、手を叩きあって喜んでいる。

 影が再び動き始めた。

 だが彼等は全く気付かずに壊れたように笑っていた。

 音をたてて歩きだした影を振り返り、不審な眼をむける女の首に刃をむける。驚愕の表情のまま、頭が飛んでいった。口は声をあげようとして開いたまま。

 少しずつ薄れていく血の臭いが、急に強くなった。

 それに気付いた者達は、不思議そうな顔をした。

 

 なぜだろう、影はもう誰かを殺してはいないはずなのに。

 

 「いったい……?」

 誰にともなく問うが、答えを返す者はない。

 それも当然、その問いに答えられる者の一方は死に、もう一方に答える気はないからだ。

 彼等が、事態が理解できずに混乱している間に、影は音をたてる事なく一人の人間の後ろに立った。

 気配を断っていたからだろうか、刃は簡単に身体(からだ)にすいこまれた。

 殺されたのは壮年の男性。それなりに名の通った人だ。いや、だった。

 蓄えられたたくさんの髭には口から落ちてくる血がべっとりと付いている。痛みを感じなかったのか、目は笑っている、不思議そうな表情(かお)のまま。 後ろに刺さった刃と、鮮やかな紅がなければ普段と変わらない姿だったろう。

 残った者達は、恐怖と驚愕が入り交じった顔をしている。

 彼らは自分たちの未来を悟った。

 生き残ることはないだろう、と。

 

 銀のきらめきが閃光となって襲いかかるのを見たのが、最期だった。

 

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