表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霄の先には  作者: 理玖
1/5

1話 玄い時間(1)

 

 何かのスポーツの試合ができそうな程に広い大広間。

 壁を幾つものライトで照らされているせいで、広間全体に(もや)がかかった様に薄暗い。

 そこで、彼らは話し合いをしていた。

 何人か固まりあい、そこかしこで話し合う。

 賄賂、脱税、裏金、口止め――。

 様々な事を話し合う。

 噂、自慢、相談、世間話――。

 

 好きに話をしていた彼らは、一人が発した言葉に動きを止める。 

 「諸君、多忙の身でよく集まってくれた。礼を言う」

 皆その言葉を聞き、当然だ、と思った。 今日は彼の後継者が決まる日なのだから、とも。

 「それでは、さっそく後継者を決めよう。候補はもう決まっている。」

 全員目を閉じ、続く言葉を聞き逃さないように耳を澄ませた。

 その場がシン、と静まりかえった。

 

 

 ――だが、静寂を打ち破るはずの声は、彼らの耳には届かなかった

 

 

 不審に思い、一様に目を開く。そして、目に入った光景に瞠目する。

 一人が驚愕から這い出せぬまま、口を開いた。

 「い、一体何が…!」

 それきり、絶句する。

 

 先ほど、談笑しながら酒を飲んでいた彼はいなかった。

 

 威厳に満ちた言葉を発していた口は開きっぱなしで、閉じる気配はない。

 瞳孔は見開き、冷酷とも取れるほどの苛烈さはもう宿っていなかった。 四肢は胴から切り離され、1メートルほど離れたところに転がっていた。

 胴は、触れればまだ暖かい血とともに、もといた場所で漂っている。

 

 ――そう、彼は死んでいた。

 

 それを彼らが悟ると同時に、どこからか一つの影が現れた。

 おそらく人だろうが、体を覆っている服が闇に溶け込んで体格がわからない。

 「だ、誰だ?」

 先ほどの一人が少し怯えながら影に向かって問い掛けた。

 だが影は答えず、足を一歩踏み出した。


 「な、なんとか言え――」

 一閃。

 白刃がきらめき、ぼんやりと開かれた口から血が溢れだす。

 それを見て、部屋にいた者たちに恐怖が押し寄せた。

 影が彼を殺したのだと、彼だけではなくここにいる者たち全員を殺す気だと悟ったからだ。

 始めてみる『死』に怯えて硬直していた彼らは、次の瞬間に一斉に逃げだした。

 ある者は扉へ向かい、ある者は他の人を盾にし、ある者はひたすら走り回る。

 「う、うわぁああああ!」

 「け、警察を呼べ!」

 「は、早く鍵を開けろ!殺される!」

 彼らは口々に叫ぶ。そうとう大きな声だが、誰もこない。

 “後継者を決める”という大事な話し合いのために完全防音の部屋でやっていたのが裏目に出た。

 

 鍵を開けようとする間にも、次々と殺されていく。

 

 影は、扉の近くにいた何人かを一閃のもとに斬り捨てる。 恐怖で理性が狂ったのか、殴りかかっていった者もいたが、返り討ちにされた。

 命乞いをする者もいたが、何の意味もなさなかった。

 影は周りを見回し、離れたところに固まっていた者達をみつけた。そして、常人とは思えないスピードで走り出す。

 当然彼らはそれに反応して逃げようとしたが、恐怖で竦んでいたせいで転がるようにしか動けない。もたもたしているうちに、影は近づき、機械的な動作で刃を振るう。 

 「ひっ、ひぃいいいっ!た、助けてくれぇえええええ!」

 最後に残った者が必死になって叫んだが、無駄だった。

 彼の目の前にいる殺戮者は、ただ刃を振りかざした。

 

 残る鼓動がただ一つになるまでに、そう長くはかからなかった。

 

 影は血肉を死体の布でふき取り、刃を鞘に収める。

 「終わったか――」

 かすかに呟かれた声は、くぐもっていた。

 

 

 どこからか、光が差してきた。

 一拍ののちにあげられた悲鳴は廊下に響き渡る。

 慌ただしく集まってきた人々は気がつかない。

 いつの間にか消え去った人間に。

 

 温もりあふれる、穏やかな、暖かな光が辺りを照らしだした。

 一面に転がった死屍を天国へと送り出すように。

 死者の絶望を浮き彫りにするかのように。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 『臨時ニュースです。佐上財閥会長、佐上啓太さかみ けいたさん等重役、およびその親族が遺体で発見されました。繰り返します。佐上財閥会長佐上啓太さん等重役、およびその親族が―――』

 

 無機質な黒い箱から流れてくるかたい声。

 アナウンサーは、およそ尋常でない現実を突きつけられた者特有の無表情で、日本経済を牛耳っていた人間の最期を語っている。

 

 つまらなさそうに画面を見ていた少女は小さく息を吐いた。

 そのまま憂鬱そうに窓に目をむける。

 蒼い空は穏やかに晴れ渡っていて、少女には部屋の空気が暗く濁っているように思えた。

 少女はまた溜息をつき、殺人現場からの中継が始まったと叫ぶニュースに目を戻した。

 

 『発見された死体はどれも損壊の具合がひどく、個人の判別ができないものもあるという話です』

 豪華絢爛、巨大というしかない趣味の悪い屋敷の前でアナウンサーが怯えたように話をする。

 少女は不機嫌そうに鼻を鳴らし、表情を暗くした。

 沢山のパトカーが散乱した敷地を後ろに、カメラに向かってまくしたてるように話す彼の様子は、誰が見ても不思議だろう。

 恐怖が全面に押し出され、冷静さを欠くなど、あまりない事だと、誰もが考えているからだ。

 

 報道関係者を必死に押し出そうとしている警察官たちもまた、何故か一様に暗い顔をしている。中には顔色を紫のまだら色にしている者たちもいて、やはり視聴者達は疑問に思っただろう。

 そのうちに、うずくまる者や隅に走り去るものが何人もでてきた。

 

 唐突に部屋に風が吹き抜けて、酷く濁った空気が押し出されてゆく。

 翻った栗色の髪が、新たな風を運びこんでくるよう。優しげな面立ちは、母親のように慈愛にあふれている。

 口許だけで微笑み、瞳に大地を宿した少女は体に染み渡るような声で自らの存在を主張した。

 「おはよう、飛鳥あすか。朝からこんなニュースを見るのは悪趣味だと思うよ?」

 

 飛鳥と呼ばれた少女は黒髪を揺らし、部屋の入り口を振り返る。

 その表情は、不機嫌さを隠さずに顔のパーツ全てに込めていた。

 「沙耶さや、お前がそれを言うのか」

 そうして沙耶を軽く睨みつける。

 

 「いいじゃない。これを見たら誰だって同じことを思うんだけど?」

 沙耶の、まっすぐにのばされた指はテレビに向いていた。

 近づきすぎたカメラが、警察官たちが運んでいた、少しめくれた大きなビニールシートを映し出していた。

 強い風が吹き、中のたくさんの死体をほんの一時あらわにする。

 

 「あーあ、これだと幾つか学級閉鎖でもあるんじゃない? ねぇ飛鳥、どう思う?」

 五体がバラバラになった死体が全国ネットで放送された。

 平日の朝のこの時間ならば、登校前の子供たちが親に交じってニュースを見る可能性もあるだろう。 もしかしたら登校拒否をする子供がでてくるかもしれない。 

 沙耶の言葉は冗談ではあるが、飛鳥は時々真面目にそういう事を考えてしまう。

 けれど、

 「さあな。別にないんじゃないか。どうせ一週間もすれば皆忘れるしな」

 沙耶の様子に気圧された風もなく、何処か遠くを見るように飛鳥は呟いた。

 

 沈黙がおりる。

 

 二人とも、お互いから目をそらしてあらぬ方向に視線を漂わせていた。

 片方は不満そうに。もう片方は、心ここにあらずといった様子で。 

 沙耶の登場でかき回された、濁った空気がまた停滞し始めた。

 窓から差している光が、その役目を果たせない様な暗い雰囲気へと変わっていく。

 「そういえば、何か用があったんじゃないか?」

 それを壊したのは、飛鳥だった。

 あまり変わらない表情を気まずげなものへと変えて、沙耶が部屋に入ってきてから最初に抱いた疑問をぶつける。

 沙耶は、狐狸妖怪の類が現れたかの様な、自分の持ちうる恐怖と嫌悪の感情をうっかり全て吐き出してしまった様な表情になる。

 

 「あのむかつく馬鹿に呼んで来いって言われたのよ」

 

 ちっ、という舌打ちの音がやたらに響いた。

 「……わかった。着替えてから行く」

 

 限りなく嫌そうな顔を沙耶に向け、先に行け、とドアにあごを向ける。

 

 「なるべく早くしてね」

 面倒なの、嫌だから。

 そう言って廊下に消えていく栗毛の少女に、飛鳥は何の言葉も返さなかった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ