転移
意識が戻った時、光に溢れたただただ白い空間に立っていた。
─ ひっくひっくと泣くこえが聞こえる。
声を頼りに歩いていくと、
今まで生きてきて見たこともない美しい女性が、
座り込んでそのほほを濡らしていた。
透き通るような白い肌に、同じように色素の薄く艶やかな長髪、
絵画でしか見たことがないような整った容姿の女性が目の前で泣いているのである。
とても日本人には見えない容姿ではあるが、
思わず日本語で声をかける。
「どうなさったのですか?大丈夫ですか?」
女性は、儚げな顔で優一を見上げ、弱弱しくも美しい声でこう言った。
「ごめんなさい。貴方が死んだことが悲しくて、涙が止まりませんでした・・・」
日本語が通じたことに対する驚きも忘れて、優一は女性に問いかけた。
「僕は、あのまま死んでしまったんですね・・・」
「はい、過労による脳疾患によって、あのまま亡くなられました・・・」
「そうなのですね、僕は、どうなるのでしょうか?
それより、なぜ貴方が僕なんかの為に泣いているのですか?」
「貴方の魂は新しい命に宿り、新しい一生を送ります。
でも、また不幸な一生を送ることになるかもしれません。」
そういった後、少し間をおいてこう続けた。
「貴方が理不尽に死んだこと。次の一生もまた不幸のうちに死ぬかもしれない事。
貴方だけではない・・・
そんな世界を私たちが作ってしまった事が悲しくて、
でもそれを変えるにはもう手遅れで、涙を流すしかできないのです・・・」
優一はその言葉を受けて考えた。
(ほぼ実装が終わったソフトに対して、仕様に問題が発覚してしまった感じだろうか・・・でもこれは違う・・・)
「僕も生きる為に沢山の命を頂いてきました、なので、死んでしまう事は仕方ありませんよ。
貴方が神様であるならば、この命が巡る仕組みは決して間違っていないと思います。
理不尽に死んだと思ってらっしゃるのは、きっとあなた方ではなくて、
人が作った仕組みに因るものなので、気に病まないでください。
ただ、できる事ならば僕の命も、火葬で灰になるのではなくて、
他の命に食べてもらって、糧になりたかったでけれど・・・
これだって、人が作ったルールです。」
女性は少し驚いたあと、微笑みながら、小さな声で、
「貴方は優しいですね・・・」
とつぶやいた。
そして、少し考えた素振りを見せた後、優一にこう切り出した。
「貴方にお願いがあります。
世界を作ったあと、人の営みによって世界に悲しみがあふれてしまうのであれば、
人の手で、その悲しみを取り払う事ができないか、見せて頂けないでしょうか?」
「それは・・・どういう事でしょうか?」
「私たちは、この世界の他にも、数多くの世界を生み出してきました。
そうすることが、私たちの存在意義だからです。
そのなかの一つの世界に、あなたの器を作り直します。
その世界に貴方を転移させるので、その世界で可能性を見せてほしいのです。
そこでは、あなたの暮らしていた世界よりも、命に与えられた権限が多く、
より世界に干渉することが出来ます。
いわゆる、魔法と呼ばれるものです。」
「僕は、魔法を使ってその世界をより良くすればいいという事でしょうか?」
「お願いできないでしょうか?
本来ならば、貴方が生きていた世界で新たな命として誕生するのが、
正しい流れになるのですが・・・
私は貴方と少し話をして、貴方という人に私たちにはなしえなかった可能性を感じました。」
次は優一が考えた。
「少し、怖いです・・・
僕は特別自分に自信はありませんし、新しい環境に嬉々として飛び出せる度胸もありません。」
「大丈夫、幸い貴方が生前成就していたお仕事は、
世界の本質、仕組みにに迫るものです。
その知識をもって魔法を学べば、他の方よりもより多く世界へ干渉することができるでしょう。
そして貴方の優しさがあれば、きっと世界はよりよいものになります。」
「・・・わかりました。
何ができるのかはわからないのですが、やってみます。」
─ ガバッ
女性は優一に抱き着き、
「ありがとうございます!」
と、初めて明るい声でこう言った。
「では早速始めます・・・
最低限の言語や知識は脳内に。
年齢は生前より少しだけ若く、筋力は少しだけ増やして。
容姿は私の好みの可愛らしい容姿なのでそのままに。」
─ 光溢れた空間に、より多くの光が溢れる
「それでは、よろしくお願いいたします。」
「がんばってみます。
こんな僕を、見守ってくれてありがとうございます・・・」
─ 世界が暗転する