冒頭
僕は、来栖 優一 [くるす ゆういち] 28歳、
日本のどこにでもあるソフトウェアメーカーのブラック企業で、
開発課の主任として、上司と部下の間に挟まれた何とも板挟みで辛い日々を送っている。
辛い日々、そう、まさに今、あるプロジェクトの納期目前に担当していたチームの部下数名が、
示し合わせて退職代行を使って辞めてしまい、その穴埋めのために毎晩徹夜で、一人取り戻しを図っているのである。
「・・・これ、西本君に作ってもらった関数がバグってるじゃん、呼び出し元全部検証し直しじゃない。」
一人、キーボードをたたく音だけが響くオフィスで、独り言を零しながらプログラムを続ける。
プログラム?何それおいしいの?という方の為に、簡単に関数というものを説明しておくと、
条件を渡してあげると、それに沿った結果を返してくれる箱のようなもの、共通の処理をさせるためのもの。
ファンタジーな例えで、[火の魔法]という関数があるならば、
目の前という位置情報と、ライター程度という威力情報を引き渡してあげると、
[火の魔法]の関数の中で、適量のマナを消費したり、精霊や悪魔と交信するなどして、
目の前に小さな火を出力してくれる、という具合である。
「あれ、おかしいぞ、プログラムを書いているはずなのに頭が変な方向に・・・ダメだ集中しなきゃ。」
一人、キーボードを押下し続ける。
── 一時間後、深夜3時、それは起きた
急に優一を眩暈が襲う。
─ ガタン
静かなオフィス内に一つの大きな音が響く。
視界が回り、気付いた時には椅子とともに倒れ、世界が横倒しになっていた。
(・・・あ、これはダメかもしれない、携帯で・れんら・・・)
── 意識が遠のき、眼前の世界は泡のように消えた。