番外編 パフェ
ヒロインの友達視点です
誤字脱字報告、ありがとうございます
「なんで私があなたと座らなきゃいけないのよ」
私は目の前に座る男に噛み付いた。
今日は彼女と街に出ていた。小物が見たいと彼女が言っていたから二人で街をブラブラとショッピング。といっても貴族専用の店ばかりが並ぶ安全なところで。
で、ちょっと休憩と人気のカフェに入ろうとしたら会ってしまった、彼女の婚約者シェイダ様と。
満員に近い店内。四人掛けのテーブルに空きはなく、空いている二人掛けのテーブルは離れていた。当たり前のようにシェイダ様は彼女と眺めの良いテーブルの方へ。
ちょっと待って! 今日の彼女の相手は私なのよ!
「まあまあ、そう怒るなよ」
私の向かいの席にはシェイダ様の友達で騎士であるトニー様が座っている。彼は頬杖をついて、空いてる方の手をヒラヒラ振りながら鼻息荒い私を宥めようとしていた。
怒りたくもなるわよ。絶対に店の前で待ち伏せしてたでしょ。
「ほらほら、いい雰囲気だぜ」
一冊のメニューを覗き合う二人の距離は近い。
綺麗系の美人だったターナ様とは対照的な可愛い系の彼女もシェイダ様と釣り合う美人さんだ。シェイダ様とターナ様だと物語に出てくる作られたカップルだとすると、彼女だと生きているカップルだと思う。それはシェイダ様の視線に籠る熱の違いと彼女の柔らかな感じだと私は思っている。
「で、俺らもどうする?」
どうするって、彼女と食べる予定だったジャンボパフェ(二人以上でご飲食下さいと注意書きあり)は頼めないし…。
「シェイダの奢りだからさー、好きなの食べれば?」
言われなくてもそうさせて貰うわよ。一番の高い料理を食べてやる。確かむっちゃ高い季節限定のフルーツを使ったパフェがあったはず。うん、食べる予定だったジャンボパフェよりは絶対に値段が高いものにしよう。
私の横をジャンボパフェが通っていく。そして、彼女たちが座るテーブルへ。
「ちっ」
「女の子が舌打ちなんかしないほうがいいぜ」
だって、私と食べる予定だったんだよ!
それなのにシェイダ様と…。
「あいつも無理して…。そんなに甘いモノ、得意じゃないくせに」
いい格好したいのは分かるけどなー。
トニー様は心配そうに呟くけど、自業自得だ。本格的に付き合いだして日が浅いのにポテトやピザなんか分けて食べられるものならともかく一つパフェを一緒に食べるなんて高等なコト、止めておくべき。
ほぉら、彼女も食べていいか迷ってスプーンを彷徨わせている。まだ距離がそんなに近くないのよ。慣れるまでは別々な物を頼んで交換したほうがいい。初心者だから知らないか。
ハラハラと向こうを見ているトニー様を置いといて、私の前に置かれた季節限定スペシャルパフェにスプーンを入れる。一ヶ月分のお小遣いを注ぎ込んでも食べられないこのパフェ。さあ、どんなお味なのかしら?
うん、美味しい。次いつ食べられるか分からないからしっかり味わわないと♪
「はー、強がって。まったくもう」
顔色が悪くなってきたシェイダ様を見てトニー様が頭を抱えそうになっていた。
トニー様、あなた様はシェイダ様のお母様ですか? いたせりつくせりではシェイダ様は親離れ出来ませんよ。自分で努力させるのです。
私は最後の一口を口にほうりこむ。
はい、完食。ご馳走さま~。とてもおいしゅうございました。
「よし、空いた。移動するぞ」
シェイダ様と彼女が座るテーブルの横が空いてスタッフがテーブルを動かしている。
テーブルのジャンボパフェは半分近く残ってアイスが溶け出している。アイスのパフェにしたんだ。ここのは間にフレークとかが入っていなくて濃厚バニラアイスのみ、上にフルーツと生クリームが乗っていただけなのね。
私は彼女の隣に座るとそっと耳打ちした。
彼女は顔色の悪いシェイダ様を見ると力強く頷いてから席を立って店の奥へ歩いていく。
頑張れー。スタッフさんにちゃんと伝えるのよ。
「彼女に何を?」
シェイダ様、睨まないで下さいます?
彼女のために動いてもらったのだから。
「答えろ、彼女に何かあったらどうするんだ!」
はいはい、大丈夫、大丈夫。そんなに必死にならなくても。
あっ! 声、掛けられてる。可愛いからねー、モテるのも当たり前。けど、ここ、高級店だから店員さんの質もいいんだよー。ほら、注意されている。
「シェイダ、トイレかもしれないんだしさ」
「なら、私が護衛を…」
いくら婚約者でもトイレには付いてきてほしくないなー。
「彼女に何かあったら…、拐われたりしたら…」
立ち上がって追いかけて行く気? すぐ戻ってくるよー。
「大丈夫です。妄想しすぎですよ」
あ、妄想じゃない、心配だ。まっいっかと思って溶け掛けたアイスをパクっ。スペシャルとは違うバニラアイスだね。こっちも美味しい。
ガタと音がしてシェイダ様を見たら、さっきより真っ青な顔をして目を見開いたまま固まっていた。隣のトニー様も。
「?」
そんなに彼女が心配? ちゃんと護衛がついてるよ。あそこの一人がけの席に座っているの騎士団にいる私の姉だから。
あっ、戻ってきた。
うんうん、ちゃんと貰ってきたね。
「シェイダ様、白湯です」
彼女は両手でコップを持ってそっとシェイダ様の前に置く。反応のないシェイダ様に彼女があたふた慌てている。
「シェイダ様、大丈夫ですか?」
あっ! ゆっくりとシェイダ様が動く。目が焦点を結んでいくのを初めて見たよ。
「…ああ、…これを?」
「はい、冷たい水よりは宜しいかと思いまして」
コトンと首を傾げる彼女はすごく可愛い。シェイダ様なんかに見せるのがもったいない。
「あ、ありがとう」
シェイダ様は一気にゴクゴクと飲み干した。口の中が甘くて堪らなかったんだろうねー。無理するから。
「白湯?」
「…はい、ダメでしたか?」
あざとい。わざとじゃないのは分かっているけど上目遣いで不安そうにシェイダ様を見つめるのはあざとすぎる。この表情にクラっとこない男性はいないだろうと思うくらい可愛すぎる。
「いや、ありがとう」
シェイダ様もそんな満面の笑みするんですね。学園では冷たい表情か愛想笑いしか見たことがなかったから。
あっ、こっちは可愛すぎる。彼女が真っ赤になって俯いている。可愛い、そっちの人たち、見るな、減る、もったいない。
「お待たせしました」
スタッフがやってきて、小ぶりなボール皿とスプーンとコーヒーポットを持ってきた。
私がボール皿とスプーンを一組取り、彼女に二組、トニー様の前に一組置く。彼女は何故二組と首を傾げている。シェイダ様は自分の前に何も無いのにホッとしているけど、彼女に二組あるのが不思議そうにしている。奢ってもらうからね、その分はサービスしましょう。
「アイスもコーヒーはお好みの量で」
「俺は自分でするの?」
「当たり前です」
意図を察したトニー様が言ってきたけど、私はそこまでサービスする気はないし、彼女にさせたら彼女の前が怖い。
「どれくらい食べられるか聞くといいよ」
こそっと彼女に囁くと意味が分かったのか彼女がコクっと頷いてスプーンを手に取った。
「シェイダ様、どれくらい食べられますか?」
やっとシェイダ様も意図が分かったみたいで口元を手で押さえてからふわりと笑った。
「(お皿の)半分くらいで。危ないからコーヒーは私が淹れるよ」
シェイダ様、それは彼女の分だけということですよね? 私の分は?
ニヤリと笑うトニー様が見えた。
「コーヒー淹れてやるから、頼むわ。大盛で」
私の方に出されたボール皿をため息と共に引き取った。
仕方がないなー。けど、今回だけだから。けど、大盛は助かる。美味しいものは美味しいうちに食べないとね。
まだ買い物がある彼女たちと別れて。
「なあ、心配するのは妄想になるのか?」
シェイダがボソッと呟いた。
彼女が何も言わずに席を立ったことを心配したシェイダの気持ちはよく分かる。彼女はつい最近誘拐されて監禁されていた。影が付いているとはいえ、理由が分からず姿が見えなくなった。不安になっても仕方がない。
「過度な心配は妄想かもなー」
取り敢えずこう言っておく。心配が過ぎると彼女の行動を制限しかねないからなー。シェイダとしか出掛けられないとか。彼女も素直に従いそうだからなー。彼女もやっと自由に(安全な場所だけ)動けるようになったんだ。友達とも遊べるようになったんだ。お前とばっかりじゃなくて遊ばせてやれよ。
「そ、そうか...。気を付ける」
そうしてくれ。そして、独り身の俺にも気を配ってほしい。なんで彼女に会う度に呼び出されるんだ?