その七
私はその扉に近づき開けた。そして、彼女の手を取りゆっくりとエスコートする。彼女の後ろからは憲兵たちが続き壁に沿って立ち並んでいく。
「「「「「!!」」」」」
「し、しんだんじゃあ…」
一番最初に声をあげたのはルヒィだった。
「王家の影がすぐに助け出した。ただ、隣国の残党が関与しているのなら炙り出したいため、身代わりが立てられた」
「お亡くなりになられたのはその方です。私の代わりに…」
彼女は顔を伏せ肩を震わせた。
「じゃあ、じゃあ生きていたのなら!」
「そ、そうだよ、無事だったのなら…」
「わ、わたしたちの…」
「つ、つみがすこしでも…」
学友たちがまたうるさく騒ぎ出す。
「軽くなるわけないだろ。妄想に酔ってバカをやった。それで一人死んでるのにその態度か?」
トニーが冷たく切り捨てる。
「お前ら、またターナのためとか言うなよ」
「君たちは自分でターナに協力することを決め動いた。それはターナのためではなく己自身のためだ」
ちがう、そうじゃない、そんなつもりじゃなかった、とまだ口にする。
「すまなかった」
一人、ルヒィは彼女の前に立ち頭を深く下げていた。彼女はルヒィを驚いた目で見ていた。一歩後ろに下がった彼女の様子からルヒィとの関係が分かる。こんなヤツに私は彼女を任せていたのか。
「謝ってすむことじゃないのは分かっている。母を苦しめている相手(の子)だと思って酷いことをしてきた。本当にすまなかった」
ルヒィは頭を上げると言葉を探す彼女の返事を待たずにそのまま壁沿いに立っている憲兵の所へ行き、隣室に連れられていった。
「ご、ごめんなさい。ターナの恋を応援したくて…」
「シェイダとターナがお似合いだったから…」
「そ、そう、そんな身分だとは知らなかったから…」
「だ、だって、ターナを苦しめてると思って…」
「不義の子だと思っていたから…」
我先に謝罪とも取れない言葉を叫びながら学友たちが彼女の元に突撃してこようとしたが、憲兵がさっと動いて拘束して連れ出していく。残ったのはターナだけだった。
「ターナ、君には彼女を襲うように頼んだ者たちが誰か吐いてもらわなければいけない」
「し、しらないわ、お金で雇っただけだから」
残っていた憲兵たちがターナの両肩を掴み立たせた。
「シェイダ、私、本当にあなたのことが…」
「ありがとう。だが、君が好きなのは君の妄想の私だろう、ここにいる私ではない」
違うわと力なくターナは笑った。
「…、ともかく、とても残念だ。君と論議するのは楽しかったから」
ターナは目を見開いて驚いた顔をして何か口にしようとしたが、それが声になることはなかった。そして引き摺られるように憲兵たちに連れ出されていった。
「じゃ、俺も行くわ」
こっそり私に二人でよく話せよと言ってトニーも部屋から出て行ってしまった。
よく話せ? 何を? まずは…。
「怖い思いをさせて申し訳なった」
私がもっとターナに学友たちに違うとはっきり告げていたら、納得させていたら、今回のことは防げていた。ルヒィにも真実を伝えておけば…。
「あ、いえ…、仕方がなかったのですから…」
それでも悪いのは私だ。彼女をきちんと守れなかった。卒業記念パーティーの控え室でも。
「それでも私は君を守るべきだった」
私は彼女をソファーにエスコートする。もちろんターナが座っていなかったソファーへ。
「守っていただきました。控室でも。あれ以上言われないように帰してくださったのでしょう?」
違う。学友たちに悪く言われる彼女を、会場に入ったら学友たちが撒き散らした悪意にさらされる彼女を私が見たくなかったからだ。彼女を助けるためではない。だが、その判断が夜の街に放逐されることになってしまった。
「私はこれからどうしたらよろしいのでしょうか?」
「学園は楽しいかい?」
まだ隣国は混乱の中にある。彼女の家族からも戻ってくるようにとの連絡も届いていない。
「はい。友達ができました」
知っている。よく一緒にいる女性だろう。二人で笑いあっているのを一年生の校舎前を通る時によく見かけた。ターナが仕掛けた冤罪に彼女の代わりに怒っていたのも知っている。
「では、迎えがくるまで学園に通うといいよ」
楽しい思い出をたくさん作ってほしい。
「あの…、シェイダ様との婚約は…」
「君に王家の影を付けるための婚約だ。君が国に戻るまでは続けることになっている」
お互いに情を持たないよう接触が制限されていた。国益のために彼女の保護は必要であったが、彼女の国は不安定過ぎて婚姻による繋がりを持つのが危険だったからだ。だが、これからは違う。
「シェイダ様は、それでよろしいのですか?」
私? 何故、私の心配を?
「良い人がいらっしゃるのなら待たせてしまうことになります」
「いや、そんな人はいないから気にしないでくれ」
ターナみたいに秋波を送ってくる者はいるが私がその者たちに興味がない。
ふと、シャツの袖につけたカフスボタンに目が行った。彼女に会えるからと今日初めて着けた物だ。
「卒業記念、ありがとう」
カフスボタンが彼女によく見えるようにする。それを見た彼女の顔が目を見開いて嬉しそうに笑う。
この笑顔が見たかった。
私の視線に気が付いた彼女は真っ赤になって俯いてしまった。
もっと見ていたかったのに。
「あ、ありがとうございます。着けてくださるなんて」
「こちらこそ。嬉しいよ。花は…、無事なのは飾ったから」
あの時、学友に叩き落とされて床に散らばった花。綺麗なのは拾って部屋に飾ってあった。
ますます赤くなる彼女が可愛い。
ああ、トニー。今分かったよ。何故遠回りしていたのか。
彼女がどうしているか知りたかったからだ。会いに行くことは出来ない。だが、教室移動でなら会いに行ったことにならないから。許可を取らずに彼女を見ることが出来たから。
「こ、これからは婚約者らしいことをしてもよいだろうか?」
赤くなった彼女の熱が移ったのか私まで顔が火照ってくる。
「…、婚約者らしい…こと、ですか?」
「ああ、手紙を書いたり、贈り物をしたり、二人で出かけたり。普通の婚約者たちがすることを」
「…、お願いします」
真っ赤な顔を私の方に向けて彼女は花が咲いたような笑みを見せてくれた。
「すっげー杜撰だった」
トニーが盛大なため息を吐いた。
「あいつら、顔も隠してねぇの」
あの卒業記念パーティーの日、彼女は激怒したルヒィの母親の命で夜の街中に放逐されてしまった。
母親の性格が分かっていたルヒィは学園に戻ると言って屋敷を出て、彼女を乗せた馬車が出発するのを待っていた。放逐された彼女を拾い学友の親が所有する倉庫、監禁場所に連れていった。
学友たちは順番に彼女の見張りをすることになっていた。その時、顔も隠さず彼女と会っていたらしい。そこで、どれだけ私とターナがお似合いか、どれだけ彼女が邪魔者かコンコンと話していた(迷惑な妄想だ。おかげで彼女が『やはり私では』といって私と距離を取ろうとするから大変だった)。
学友たちはルヒィの家の問題としてそれが明るみになることがないと思っていた。もし問題となっても私とターナが婚約すれば揉み消せるとも。
どれだけ彼らはお花畑思考をしていたのか。
学友たちのほとんどが廃嫡され、強制労働者となったり修道院に送られたりした。彼らは裁判では最後まで私とターナのために善意で行ったと情状酌量を求め、私は保身のためにターナを捨てた極悪非道人だと訴えていた。トニーや教師、他の学友たちの証言で私がターナとの関係を否定し適度な距離を取っていたことが証言されたが。
ルヒィは浮気した父親への腹いせで父親の失脚を狙っていた。母親には離縁して実家に戻るように勧めていた。廃嫡はされなかったが、今は強制労働者として罪を償っている。
ターナは戒律の厳しい修道院の下働き(修道女たちがしない過酷な仕事係)として送られた。学園一の才女が学問など必要としない下働きとして一生を過ごさなければならない。その心境はどうなのだろう? まあ、そこでどう生きるかは彼女次第だ。
「妄想もあそこまでいくと...」
「ああ...」
恐怖でしかない。
「で、話って何?」
「今度、彼女と出かけるのだが、何処かいい場所を」
「それ、フラれたばかりの俺に聞く?」
「いや、トニーならいい場所知っていそうだから」
「ったく、学園近くの公園の花が見頃だってさ」
「ありがとう」
「今度、奢れよ」
「ああ、分かっている」
花を見に行くのに花の贈り物は可笑しいだろうか?
いや、何か残る物を送りたい
「出店が出ているから、二人で食べてこいよ。小物も売っているぜ」
頼りになる奴だ。
後書き
短編として書いてました。長くなりすぎたので分けた作品です。
お楽しみいただけたのなら幸いですm(__)m